[2022_02_12_03]政府に問いたい!小泉氏ら元首相5人の書簡は本当に不適切なのか【コメントライナー】(時事通信2022年2月12日)
 
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政府に問いたい!小泉氏ら元首相5人の書簡は本当に不適切なのか【コメントライナー】

 東京電力福島第1原発事故の影響により、多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しんでいる。このような内容を含む、小泉純一郎氏ら元首相5人の書簡に対し、山口壮環境相が2月1日、「誤った情報を広めている」と抗議文を送った。(文 時事総合研究所代表取締役・村田 純一)
 岸田文雄首相も同2日、国会答弁で書簡を「適切ではない」と批判。自民党の高市早苗政調会長らも同様の見解を示すなど、政府・自民党から非難が相次いだ。

 ◆脱原発と脱炭素

 これに対し、書簡を取りまとめた民間団体「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連)や、甲状腺がん患者の訴訟弁護団は「誤った情報ではなく、真実だ」「不当なバッシングだ」などと抗議している。
 この背景には、「脱炭素」を理由に原発推進を図ろうとする国内外の動きと、それに対する反原発派の懸念があり、政権側には、原発のマイナスイメージや反原発世論を拡大したくないという思惑がちらつく。
 小泉氏らの書簡は1月27日付で、欧州連合(EU)欧州委員会の委員長宛てに細川護熙、鳩山由紀夫、菅直人、村山富市各氏との連名で送付された。
 その趣旨は「脱原発と脱炭素の共存は可能」とし、脱炭素化に貢献するエネルギーの投資先として、原発を含まないよう求める内容だ。欧州での原発推進の動きに異を唱えたもので、この中に福島第1原発事故に触れたくだりがある。
 「私たちはこの10年間、福島での未曽有の悲劇と汚染を目の当たりにしてきました。何十万人という人々が故郷を追われ、広大な農地と牧場が汚染されました。貯蔵不可能な汚染水は今も増え続け、多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しみ、莫大(ばくだい)な国富が消え去りました」

 ◆小児甲状腺がん

 問題視されたのは「多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しみ」との表現だ。
 環境相は抗議文で「福島県の子どもに放射線による健康被害が生じているという誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見を助長することが懸念される」と指摘し、表現は「適切でない」と批判した。
 岸田首相は2月2日の衆院予算委員会でこの抗議文と同じ文言を棒読みし、「風評」を払拭(ふっしょく)するという政府の姿勢を示した。
 元首相らの書簡発表と同じ日、福島原発事故の影響で「小児甲状腺がん」を発症したとして、事故発生当時6〜16歳で福島県に在住していた6人が東電に対し計6億1600万円の損害賠償を求め提訴した。
 原発事故の影響とした、このような提訴は初めて。国や東電関係者には衝撃が走ったに違いない。
 福島県の甲状腺がん発症について、国や県は「県や国連などの専門家会議により、現時点では放射線の影響とは考えにくい」とし、原発事故との因果関係を否定している。
 環境相らが元首相らに抗議する根拠もここにある。裏では、原発の再稼働や新増設を目指す「原発ムラ」の意向が働いているのだろう。

 ◆適切でないのは

 「原自連」の幹事長を務める河合弘之弁護士は、環境相の抗議に対し、次のように反論する。
 「小児甲状腺がんは100万人に1、2人しか発症しないような病気だが、福島原発事故後(当時18歳以下の)38万人の中で266人の発病があった。これを多数と言わないで何と言うのか。その子どもたちは手術後に再発したり、他の部位にがんが転移したり、過酷な放射線治療を受けたりしている。これを苦しんでいないと言えるのか。もし因果関係がないと言うなら、なぜ政府は甲状腺がんの原因を究明しないのか。因果関係を認めると、原発をやめなければならなくなるのが怖いのではないか」
 「適切でない」ことは何か。真実をしっかりと見極める必要がある。

 (時事通信社「コメントライナー」より)

 【筆者紹介】
 村田 純一(むらた・じゅんいち) 1986年早大法卒、時事通信社入社。福岡支社、政治部、ワシントン特派員、政治部次長兼編集委員、総合メディア局総務、福岡支社長を経て、2020年7月より現職。政治部では首相官邸、自民党、民社党、公明党、防衛庁、外務省などを担当し、政治部デスク歴は約7年。時事通信「コメントライナー」の編集責任者で政治コラム等も執筆。
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