[2023_08_23_12]持論 議論不十分 禍根は大きい/原発処理水の海洋放出(東奥日報2023年8月23日)
 
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持論 議論不十分 禍根は大きい/原発処理水の海洋放出

 岸田文雄首相は、東京電力福島第1原発事故で発生した放射性物質のトリチウムを含む処理水を巡る関係閣僚会議を開き、海洋放出を24日に開始する方針を決めた。
 原発事故の被害に今も苦しむ漁業者は反対している。「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」というのが2015年の政府と東電の約束だったはずだ。国が自らの約束をこれほどまでに軽んじることで失われる信頼の大きさは計り知れない。一部の関係者の意見だけに耳を傾け、不十分な議論のまま重大な決定をする岸田首相の姿勢も厳しく問われなければならない。
 「海洋放出が最も現実的だ」「廃炉や復興に必要だ」との政府や東電の主張の根拠も不明確だ。大きな過ちは一刻も早く改めるべきだ。
 第1原発のサイト内に流入する地下水などが事故で発生した放射性物質に触れて汚染水となることは、事故発生直後から指摘されてきた。長期間にわたって必要な原子炉冷却水がこれに加わって、大量の汚染水が発生することになった。
 原子炉周辺に遮水壁を設けるなどの根本的な流入対策を求める声は早くからあったのだが、東電も政府も汚染水をタンクに貯留するという安易な対策に逃げ込んだ。
 汚染水対策の一部として、政府や東電は原発の建屋周辺の井戸「サブドレン」からくみ上げた地下水を浄化して海に放出することを決め、漁業者に受け入れを迫る中で、政府や東電がしたのが15年の約束だった。当時の東電の文書には「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わず、多核種除去設備(ALPS)で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留する」とある。
 政府や東電の不誠実な言動はこれだけではない。東電は当時、複数の対策を組み合わせることで「20年には建屋への流入量をほぼゼロにしたい」としていた。
 16年に政府はALPS処理後に残るトリチウムの処分方法について海洋放出が7.3年、34億円で最も短期間、低コストだと試算した。だが、今では処分完了まで30年はかかるとされ、費用は1200億円に上るとの試算もある。
 詳細な科学的、技術的な議論もないまま、345億円もの国費を投じて建設された凍土壁の効果も限定的だ。
 今回、過去の約束をほごにせざるを得なくなった最大の原因は、政府や東電が長期的なビジョンなしに、このようなその場しのぎの言説と弥縫(びほう)策を繰り返すという愚策を続けてきたことにある。
 福島大の教員らが中心になって設置された「復興と廃炉の両立とALPS処理水問題を考える福島円卓会議」は21日、海洋放出スケジュールの凍結などを訴える緊急アピールを発表した。
 アピールは、抜本的な汚染水発生対策の実施や、市民が一方的に政府などの説明を受けるのではなく、政府や東電と対等な発言権を持って復興や廃炉に関する政策を決める場の設置などを求めた。漁業者や農業者らも参加してまとめられた提言は傾聴に値する。
 被災者の声を無視した今回のような事態を目にし、復興や廃炉を進める中で今後なされる政府や東電の主張や約束を誰が信じるだろうか。首相は今回の決断が将来に残す禍根の大きさを思い知るべきだ。
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