[2023_07_07_11]噴出した蒸気から高濃度のヒ素 健康被害は?今後の対策は? (NHK2023年7月7日)
 
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噴出した蒸気から高濃度のヒ素 健康被害は?今後の対策は?

 北海道蘭越町の地熱発電の調査現場で蒸気が噴出している問題。
 現場で採取した水から非常に高い濃度のヒ素が検出され、町内ではこれまでに3人が体調不良を訴えています。
 なぜ、噴出した蒸気からヒ素が検出されたのか?
 さらなる健康被害が心配される中、どのような対策が今後必要になるのか?
 専門家の見立てときょうまでの動きを詳しくお伝えします。

 「環境汚染に直結する深刻な事態」町が会社に抗議

 蘭越町湯里の山中にある地熱発電に向けた資源量調査の掘削現場では、先月29日以降、蒸気が数十メートルの高さまで噴出していて、6日になって、現場で採取した水から国が定める飲料水の基準の1590倍にあたる非常に高い濃度のヒ素が検出されたことがわかりました。
 町内ではこれまでに、硫化水素中毒と診断された女性を含むあわせて3人が体調不良を訴えています。
 掘削工事を行っていた「三井石油開発」によりますと、発生から9日目の7日も噴出は止まっておらず、会社は高濃度のヒ素が検出された水のほとんどを近くにある沼の方向へ放出しているということです。
 7日、蘭越町役場に説明に訪れた会社の担当者に対し、金秀行 町長は「現場で発生した水の適切な処理を再三、要請してきたが、敷地外への放出は地域で生活する住民の健康を害し、環境汚染に直結する深刻な事態だ」と強く抗議しました。
 そのうえで、町側は水の処理対策について道と協議することや、対策を講じるまで沼のほうへの放出を速やかに停止するよう要望しました。
 会社側は、具体的な対応を検討するとともに、引き続き周辺の住民に注意を呼びかけています。

 町長「会社の対応 改善されないまま 解決に向けきちんと対応を」

 蘭越町の金秀行 町長は、NHKの取材に対し「ヒ素が含まれている水について当初から安全が十分確認されるまで外に流すべきではないと強く訴えてきたが、会社の対応は改善されないままで安全対策になっていない」と指摘しました。
 そのうえで「町民の安全な暮らしに障害が生じており、不安を一つ一つ解消して信用を得るとともに、問題の解決に向けてきちんと対応してほしい」と述べました。

 掘削工事会社 取締役「会社として一つ一つ誠実に対応」

 蘭越町から抗議文を受け取った「三井石油開発」の春日毅 取締役は、NHKの取材に対し「現場では水の漏出がおさまっていないので、その対応をしっかり行うことが、われわれの喫緊の課題だ。緊急の案件を順序立てて整理し、会社として一つ一つ誠実に対応していきたい」と述べました。

 蘭越町議会議員 噴出現場や農家などを視察

 7日午後、北海道蘭越町の町議会議員10人が噴出現場や取水制限を受けている農家の状況などを視察しました。
 はじめに、議員たちは噴出現場付近の立ち入りが制限されているエリアを訪れ、高濃度のヒ素が検出された現場を視察したほか、近くの川では水が濁っていないかなどを確認していました。
 また農業用水の取水を控えるよう呼びかけられている地域では、コメ農家から、取水制限の状況や栽培への影響などを聞き取りました。
 聞き取りに応じたコメ農家の林賢治さんは「いつになったら事態が収束するのか不安だ。早く落ちつくためにも、議員のみなさんには対策を考えてもらえるようお願いしたい」と話していました。
 町議会の熊谷雅幸議長は「まずはヒ素の数値が下がるように水質調査をしっかりやるよう求めていきたい。町民には議会からも状況を丁寧に知らせていく」と話していました。
 蒸気噴出からの経緯は

 蒸気の噴出は、先月29日午前11時半ごろ蘭越町湯里の掘削現場で発生しました。
掘削を行っていた「三井石油開発」によりますと、地熱発電に向けた資源量調査のため、地下およそ200メートルまで掘り進めたところ、突然、蒸気が噴出し、地上、数十メートルの高さまで立ちのぼったということです。
 現場では、すぐに水を注入して蒸気を止める作業を行いましたが、発生から8日が経過したいまも噴出は続いています。
 現場の敷地内では、当初から硫化水素の成分が検出されており、近くの川で行った水質調査では農業用水の基準値を上回るヒ素が検出されました。
 周辺では川の水が白く濁る現象が確認され、町は一部の農家に対し、取水を控えるよう呼びかけています。
 こうした事態を受けて、会社は4日夜、住民を対象とした説明会を開きましたが、住民からは農業などへの影響を懸念する声が相次ぎました。
 当初、会社側は体調不良などを訴えている人はいないとしてきましたが、あとになって発生時に現場にいた女性が硫化水素中毒と診断されていたことを明らかにしたうえで「住民の不安をあおることを避けるため公表を控えていた」と説明しました。
 町によりますと7日までに、この女性を含む3人が体調不良を訴えているということです。
 また、6日は現場の敷地内で採取した水から国が定める飲料水の基準の1590倍にあたる非常に高い濃度のヒ素が検出されたこともわかりました。
 会社によりますとヒ素が検出された水のほとんどは現場近くの土の中に流れ出ている状況だということです。

 蒸気噴出のきっかけ 地熱発電の調査とは

 地熱発電の事業化を目的とする調査は、数年かけて行われるのが一般的です。
 文献や現場で採取された水から、対象地域の地質などを確認する事前の調査を経て、熱源となる高温・高圧の地下水がたまる「地熱貯留層」に向け、ドリルなどを使った掘削が行われます。
 掘削の深さは地下2キロから3キロに及ぶことが多く、地下水を地表に噴出させ、蒸気の量などを確認する試験が行われることもあります。
 土壌の中に存在する熱源以外の地下水の量や「ヒ素」などの濃度は、事前の調査で確認できるほか、掘っている途中でも地質や水質を分析することができるということです。
 掘削を行っていた「三井石油開発」によりますと、今回は地下3キロまで掘り進める予定でしたが、地下200メートルまで掘ったところで意図せず蒸気が噴出したということで、詳しい状況を調べています。

 ヒ素はどんな物質?人間の体内に入るとどうなる?

 ヒ素は、地殻内の岩石などに含まれ、火山活動などの自然現象で環境中に放出されて土壌や水中に広く存在しています。また、火力発電や金属の精錬など産業活動に伴って放出されるものもあります。
 国立環境研究所や農林水産省などのホームページによりますと、ヒ素は有機ヒ素と無機ヒ素があります。

 このうち無機ヒ素は、
▽短い期間に大量に体の中に入った場合、発熱や下痢などの症状があらわれるほか、
▽長期間にわたって継続的かつ大量に体の中に入った場合は、皮膚の病気やがんの発生などに影響があると報告されています。

 有機ヒ素が体の中に入ったときの影響は、よく分かっていません。
 木材防腐剤や殺虫剤、半導体製造などに使用されているほか、さまざまな食品や飲料水には微量のヒ素が含まれています。
 飲料水については、厚生労働省が1リットル当たり0.01ミリグラム以下とする基準を定めています。
 ヒ素による健康被害としては、インドやバングラデシュなど海外では、自然由来のヒ素や産業活動で排出されたヒ素が地下水や川の水を汚染し、飲料水として利用した住民に健康被害が発生したケースが報告されています。
 また、日本では1955年に、ヒ素が入った粉ミルクを飲んだおよそ130人の乳児が死亡し、重い後遺症が残るなど西日本を中心に1万3000人余りの被害者が出た事件や、2003年に茨城県で旧日本軍の毒ガス兵器の原料とみられるヒ素に汚染された井戸水を住民が飲み、健康被害が生じたケースなどがあります。

 高濃度ヒ素含む蒸気噴出 専門家はどう見る?

 地質由来の汚染物質に詳しい京都市の総合地球環境学研究所の榊原正幸 教授は「日本列島では自然由来のヒ素が比較的多く、それは火山が多いことに関連している。北海道も火山活動が活発な地域で知られているが、蒸気が噴出したのも火山活動に伴って地熱の高い地域で、温められた地下水に地中のヒ素が溶け込んで水蒸気が発生したと考えられる」と話しています。
 そして、ヒ素の毒性に詳しい大阪公立大学医学部の鰐渕英機教授は「水に直接触れる状況であれば非常にリスクは高い。また噴出物を直接浴びたり、高濃度のヒ素が地下水に流れ込んだものを飲むと、健康被害のリスクがあるが、現場から離れた場所では、大気中のヒ素は大幅に薄まるため、リスクは低いと思われる。農業用水についても、濃度が基準値をわずかに上回る程度であれば、農作物の汚染の懸念は、ほぼないと考えてよい」と話しています。
 また、ヒ素が含まれた水が外に流れ出ないよう隔離することや、蒸気が噴き出している現場に近づけないようにする対策をとるべきだとしたうえで「住民は不安を感じており長期的な暴露や流出を防ぐため、まずは噴出を止めることを最優先に行い、1か月をめどに周辺の水質を基準値以下に下げることが重要だ」と指摘しています。
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