[2021_09_08_06]地方復興か景観維持か、揺れる秋田の洋上風力 [特集]脱炭素、ニッポンの三重苦【1】 中山玲子 日経ビジネス記者(日経ビジネス2021年9月8日)
 
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地方復興か景観維持か、揺れる秋田の洋上風力 [特集]脱炭素、ニッポンの三重苦【1】 中山玲子 日経ビジネス記者

 日本は2050年までに温暖化ガスの排出実質ゼロを目指す。それと整合する形で、国のエネルギー政策の方針であるエネルギー基本計画がこのほど了承された。焦点となる再生可能エネルギーの割合は2019年度実績の18%から36〜38%と倍以上に引き上げる。現在約9%の原子力は20〜22%とするこれまでの計画を維持。両者を合わせた「脱炭素電源」で59%となる。だが、これらは実現可能な数値なのだろうか。
 平地が少ない日本で再エネ発電所の適地は少なく、原発は福島の事故以来、再稼働は思うように進んでいない。地方でつくられることが多いこれらの電力を大消費地に運ぶ送電網も脆弱なままだ。これら「ニッポンの三重苦」が解決される道筋はついているのか、検証する。
 第1回は、再エネ拡大の本丸と期待される風力発電。全国有数の適地といわれる秋田県は、地方復興のきっかけにしたい考えだが、急変する街の景観に市民は不安を募らせている。「地元に恩恵はあるのか」。日本のエネルギー政策の大転換に伴い、何が起きているのかをリポートする。
 8月中旬、秋田県能代市。北へ車を走らせると、日本海の海岸沿いに広大な緑のじゅうたんが南北に伸びているのが見えた。東西の幅が約1q、南北14qにわたって連なる松林「風の松原」だ。面積は東京ドーム163個分。松原として日本最大級だ。
 その「風の松原」に異変が起きている。能代市内に住む60代女性は数年前、ある用事で風の松原内に位置する施設に向かう道中、ところどころで黒松が伐採されているのに気付いた。「何が起こっているのか」。ここは奥まった地域で、地元の人でも頻繁に足を運ぶところではない。1年後、再び同じ道を通った。視界に入ったのは見上げる高さの風車だった。

 森林伐採して陸上風力「これは再エネか」

 年間を通じて安定した偏西風が日本海側に吹き付ける秋田県。豊かな風況を生かすため、能代市の海岸沿いの松原の中に陸上風力が等間隔で立っている。
 緑豊かな「風の松原」は、心を和ませるだけのものではない。約300年前の江戸時代。この地域は見渡す限りの砂丘で、そこから飛んできた砂が民家や農地を埋め尽くしていた。人々の生活を守るためにつくられ、砂防林としての役割を担ってきたのが「風の松原」だ。
 砂に植物を植えるのは困難を極めた。根が浅い苗木はすぐに飛ばされる。ぐみの木やハマナス、さらにネムノキを植えたのち、その風下に松苗を植えた。「地域の先人が諦めずに築いてきたのが砂防林。環境に優しい再生可能エネルギーと言いながら、陸上風力は森林伐採を招いている」。海側を臨むと、視界には必ず陸上風力が入るほど景観は変わった。地元女性は、かつて秋田杉で栄えた能代市の現状を憂う。
 行政上、「保安林」に含まれる砂防林。保安林は国もしくは都道府県が指定し、伐採が規制されているが、風力発電や太陽光発電といった再エネの開発で、近年は指定解除が増えている。「公益上の理由」が生じたときに、国や都道府県は指定の解除が可能だ。林野庁のホームページでは、再エネの開発のための解除事務の迅速化を図るマニュアルを紹介。環境エネルギー政策研究所の山下紀明主任研究員は「当面、指定解除の流れは止まらない」と話す。

 人口減少、産業衰退…「能代ならではの産業が必要」

 能代市が陸上風力など再エネを推進するのは、歯止めが利かない人口減少や産業の衰退が背景にある。
 1990年代に80億円近くあった税収は、近年、60億円を下回ることもある。人口も1980年の約7万6000人(合併前の旧能代市と旧二ツ井町の数値を合計)から減少傾向が続き、現在は約5万人だ。秋田県は人口に占める65歳以上の比率が全国一である。「かつては活気があった、能代市役所からほど近い商店街は、週末でもシャッター街。教科書にも紹介されたことがあるほど」と地元男性は話す。
 都市部へのアクセスの悪さもネックになってきた。東北地方最大の都市である仙台市までは公共交通機関で最低4時間、乗り継いで首都圏まで5時間――。都市部から人を呼び込む観光資源は乏しく、戦後栄えた木材産業も担い手が不足している。木材産業の関連出荷額は30年ほどで7分の1に減少した。「これだけのハンディキャップがある中で、能代ならではの産業をつくらなければいけなかった」と、斉藤滋宣市長は産業が乏しい能代市の現状を説明する。
 そんな能代市が、市の発展のため掲げた将来像が「エネルギーのまち」だった。2003年に初の「能代市新エネルギービジョン」を策定してから、全国でも早い時期に再エネである陸上風力の整備を推進。2000年代前半に第1号を稼働し、今では合計出力が約6万2660KWとなる47基まで増えた。19年にはその後10年間のビジョンを策定。約3倍となる19万5660KW分を整備する計画を打ち出した。
 エネルギーを産業の中核に据えるのは能代市だけではない。秋田県全体に及んでいる。能代市で見られる日本海岸沿いに陸上風力が連なる風景は、秋田市でも同じだ。陸上風力の数は秋田県全体では約70基。陸上風力の多さは全国トップクラスで風況の良さは立証されている。

 厄介者の風を利用、全国有数の適地に

 秋田県が、次に進めるのが洋上風力だ。日本海側の洋上に建てれば、陸上風力と同様、偏西風を生かせる。かつて飛砂を招き、厄介者扱いされてきた強風を生かすことができる。秋田県は全国有数の洋上風力の適地として注目されている。
 2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにする国の目標に向けて、けん引役として期待されるのが洋上風力だ。陸上風力や太陽光発電は新設できる土地が減っているが、海洋国家の日本は洋上風力を立地する余地が大きいと考えられている。
 昨年12月、「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」が出した洋上風力の全国マップでは、2040年までに達成する最大約4500万KWの目標のうち、約8割に当たる約3500万KWを東北、北海道、九州に整備すると示された。30年までに限れば、東北は全体の約半分を占める。前半の10年は東北が日本の洋上風力開発をけん引することになる。
 さらに、東北の中でも特に秋田県で盛り上がっているのには理由がある。昨年8月、洋上風力の工事の拠点となる「基地港湾」に指定された4港のうち2港が、秋田県の能代港と秋田港だったからだ。秋田県の佐竹敬久知事は「政府目標は秋田のためにあるようなもの」と鼻息は荒い。またとないチャンスが秋田県に訪れているのだ。

 日本初となる商用の大規模洋上風力は来年末に稼働

 地元では昨年春から、日本で初となる商用の大規模洋上風力発電の工事が着々と進められている。丸紅や大林組、関西電力などが出資する秋田洋上風力発電(秋田市)が総事業費約1000億円をかけ、能代港沖に20基、秋田港沖に13基、出力約14万KWに相当する洋上風力を建設中だ。
 工事は全工程の中盤に差し掛かり、港から海を臨むと水面から基礎杭と風車の塔をつなぐ黄色の「トランジションピース」と呼ばれる部材が顔を出す。今冬には風車部分の組み立てを始め、欧州から船で順次、大型部品が秋田港に入る予定だ。工事の進捗は、日々の天候に左右されるが、来年末までの稼働開始を目指す。秋田洋上風力発電の岡垣啓司社長は「日本では初めてのことで試行錯誤が多いが、国内の洋上風力のモデルケースとなるよう成功事例を示したい」と意気込む。
 洋上風力に関して国内有数の適地とされる秋田県。秋田洋上風力発電以外にも「能代・三種・男鹿沖」「由利本荘沖」「八峰・能代沖」と3つの案件が予定されている。
 19年4月に施行された再エネ海域利用法に基づき、このうち、「能代・三種・男鹿沖」と「由利本荘沖」の案件は国が開発地と認めた「促進区域」に指定、「八峰・能代沖」も近く指定される見通しだ。先行する2つは今年5月に国が公募を締め切り、今秋にも事業者が決まる。
 年を追うごとに進むのが風車の大型化だ。第1弾となる秋田洋上風力発電の風車は1基当たりの出力が4200KWだが、20年代半ばから順次稼働していく「能代・三種・男鹿沖」など第2弾の風車の出力は1万KW程度と倍になる。高さも約150mから、大きいもので約260mになる。東京でいうと虎ノ門ヒルズ、大阪だと地上55階の大阪府咲洲庁舎と同じくらいだ。
 1基あたりの出力を1万KWで計算すると、「能代・三種・男鹿沖」は約40基、「由利本荘沖」に至っては約70基が必要になる。都会の中でも目を引くような高層タワーが洋上に何十基と建設されるイメージだ。
 風車の大型化に伴って出力も増えており、1案件当たりの規模は100万KWに近づいている。秋田県の複数の案件の公募に応札したJERAの矢島聡執行役員は「洋上風力は原発1基分に相当する巨大プロジェクトになる」と話す。技術革新によって大型化はさらに進む方向で、規模で他の再エネと一線を画す洋上風力の存在感が一段と強まる。

 「過渡期」の石炭火力から再エネにシフト

(後略)
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