[2020_03_27_07]「患者の選別(トリアージ)」は大地震にも(島村英紀2020年3月27日)
 
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「患者の選別(トリアージ)」は大地震にも

 イタリアで、「患者の選別」を行わざるを得なくなっている。同国では新型コロナウイルスによる死者が6000人を超えて世界最多となった。
 最も感染が深刻な北部のロンバルディア州では病院がパンク状態になった。限られた人工呼吸器を誰に装着するか決めねばならないので、80歳以上で呼吸器に問題がある患者なら措置はしない状態だ。つまり死を待つだけの患者が増えているのだ。
 だが、この患者の選別(トリアージ)は日本にとって他人事ではない。大規模地震や航空機事故が起きたときなど、医療現場の手に余るほどの怪我人が出たときに、治療の前に、負傷者をあらかじめ仕分けする仕組みがすでにできているのだ。たとえば東京消防庁では、実際に使用されるトリアージ・タグが用意されている。
 地震で怪我をして病院に運び込まれた自分を想像してほしい。怪我人が、固い床に並べられている。うめき声を上げたり、出血が止まらない者も多い。倒壊した家から救出されたのか、手足が紫色になって壊死しかかっている負傷者も見える。
 そこに係官がやってきて、表情を押し殺したまま、負傷者の右手首に、次々にタグをつけていく。意識が薄れていきながらも、せめて治療の必要があるタグを付けてくれ、黒いタグだけは付けないでくれ、黒いタグを付けられたら死を待つだけだ、と必死に赤や黄色のタグを願っている自分を想像してほしい。
 黒は直ちに処置を行っても明らかに救命が不可能な者。赤は「優先治療群」で生命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置をすべき者。黄は「待機的治療群」で赤ほどではないが、早期に処置をすべき者だ。
 地震の場合には「クラッシュ症候群の項目が加わる。判定の最上位に「2時間以上はさまれていたか?」が入っているのだ。
 クラッシュ症候群や脳挫傷によるクモ膜下出血など外傷性の内出血の場合、数〜数十時間は意識がはっきりしていることが多いので、問題はトリアージのタイミングでは見落とされてしまうことがよくある。
 その他、小規模の災害なら赤になる例でも、大規模な災害では黒になってしまう事例も増える。
 黒タグでも、初期から心肺蘇生法を行えば、救命の可能性は十分にある。しかし心肺蘇生には数人で10分以上が必要だ。その傷病者にそれだけの医療能力を割り当てることが可能ならば赤タグ、不可能ならば黒タグになる。分類は相対的なものだ。
 また、重傷者よりも軽傷者の方が一般的に負傷の苦痛の訴えが激しいため、優先度判定を惑わせる場合がある。
 トリアージとは、もともとは軍隊の仕組みだ。軍事的な必要性で選別するから、重傷者は見捨てられ、兵士として戦線復帰が可能な者に医療資源を投入して早期の戦力回復を図るようにしたのが始まりだ。
 医療の原則はすべての患者を救うことのはずだ。その大原則を破らざるを得なくなったのがイタリア、そして来るべき日本の大規模地震災害なのである。

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