[2019_01_21_03]特集ワイド 原発はもうからない 輸出総崩れでも諦めない安倍政権 安全コストで採算合わず 世界の流れは自然エネ(毎日新聞2019年1月21日)
 
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特集ワイド 原発はもうからない 輸出総崩れでも諦めない安倍政権 安全コストで採算合わず 世界の流れは自然エネ

 安倍政権が成長戦略の柱と位置付けた「原発輸出」が総崩れだ。東京電力福島第1原発事故の後、国内では原発の新増設が困難になり、海外への輸出に活路を見いだそうとしたが、企業は採算が合わないと判断している。かつての「夢のエネルギー」は「もうからないビジネス」となっている。【奥村隆】

 「原子力ルネサンス」。この言葉を覚えているだろうか? 地球温暖化対策の切り札として日本の原発輸出は2000年代から始まった。そして、安倍政権が昨年6月に発表した「インフラシステム輸出戦略(改訂版)」にはこうある。「途上国の経済成長と温室効果ガスの削減に貢献するとともに、我が国が比較優位を有するインフラの海外展開を促進し、地球温暖化対策における国際標準の獲得につなげる」
 12年に政権に復帰した安倍晋三首相は、日本の原発は次世代自動車と並ぶ先進技術だとして諸外国へのトップセールスを繰り返してきた。原発輸出の受注額を10年間で約7倍の2兆円に拡大すると掲げた。しかし、全ての輸出計画が頓挫した。主な撤退案件は次の通りだ。
 日立製作所は17日の取締役会で英国への原発輸出事業の凍結を決定した。東原敏昭社長は同日の記者会見で「民間企業として、これ以上の投資は限界。将来的にリスクを持ち越さないためにも凍結を決断した」と説明した。英国中部の島に2基を新設し、20年代半ばの稼働を目指したが、安全対策費用が想定より高額になり、建設費を回収できる見通しが立たなくなっていた。事業凍結に伴い、約3000億円の損失を計上する。
 三菱重工業もトルコでの原発計画を断念する見通しだ。13年に安倍首相のトップセールスで黒海沿岸に原発4基を建設する計画が決まったが、地震を想定した安全基準の強化で事業費が当初予想の2倍超になると分かり、「事業性」を理由に撤退する方向に転じた。
 リトアニアでは12年、日立が受注した原発建設計画の是非を問う国民投票で6割以上の反対によって事業が失敗。台湾やインドでの計画も進まない。旧民主党政権が進めたベトナムへの輸出も16年に白紙撤回された。
 企業への打撃は撤退だけにとどまらない。米国では三菱重工が販売した原発が欠陥品だったとして廃炉になり、損害賠償を請求されている。東芝が経営危機に陥ったのも米国での原発事業の失敗が原因だった。
 一連の「原発輸出の総崩れ」について安倍首相は口を閉ざしたままだ。今月10日、英国訪問中の記者会見で、日立の凍結方針について問われた際にも「両国にとって戦略的に重要なプロジェクト。日立など関係者による議論が行われており、その検討を待ちたい」と述べるにとどめた。
 原発はもうからないビジネスと断言するのは、飯田哲也・環境エネルギー政策研究所長だ。「原発の安全対策費は福島の事故の前から高くなっていました。そのためフィンランドでは05年に建設が始まった原発が09年にできるはずでしたが今も完成していません。建設費用は4000億円から1兆円規模まで膨れ上がっています。このような状況では、原発事業に投資しても回収の見通しが立たない。もはやビジネスとして成り立たない時代遅れの事業なのです」
 さらに「大事故が起きても原子炉は製造物責任法の対象ではないため、除染や汚染水処理、廃炉作業が必要になったとしても原子炉メーカーは直接の責任を問われません」と説明する。メーカーに有利な条件だが撤退にかじを切っていることについて「投資に見合うだけの収益を得られるかどうかというソロバン勘定からの決定なのでしょう」と見る。つまりメーカーが原発輸出はもうからない、と判断しているわけだ。
 企業の短期的な収益動向に敏感な個人投資家の間でも今月、日立の株価が話題になった。
 「日立が原発事業で巨額の損失を計上すると発表したら、悪材料で株価が下がったところを買おうと狙っていたのに」
 そう悔しがるのは、株式投資歴20年の男性(47)だ。日立が事業断念を発表したタイミングで安く買う算段だった。ところが今月11日、報道各社が「日立が英国の原発建設を中断へ」と報じた瞬間から株価は急騰。2営業日で値上がり率は16%を超えた。
 この男性は「日立は英国の原発事業が暗礁に乗り上げているのに、中止を決断できずに泥沼にはまり込み、赤字が拡大していくのではと懸念されていたのです。それが中断の方針が報じられ、不透明感の解消につながるとして一斉に買われました」と解説する。投資家の間では既に「原発事業=収益のマイナス材料」という図式が浸透しているのだ。
 国内に54基あった原発は、福島事故後の一時期、全て運転を停止した。「原発ゼロ」の状態で産業界が盛んにアピールしたのは「発電コストの安い原発を止めたままでは、企業の負担が大きくなり、国際競争力が低下する」という主張だった。
 これに対し、城南信用金庫(東京都品川区)の吉原毅顧問(元理事長)は反論する。
 「世界一の原発保有国である米国でさえ、自然エネルギーへの転換を図っています。使用済み核燃料の処理費用や、万一の事故後の補償費用までカウントすれば、原子力が最も高コストであることは明らかだからです。世界の潮流は間違いなく脱原発で、低コストでもうかるから自然エネルギーを活用する方向なのです」
 吉原さんは「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」会長として講演で全国を飛び回っている。そこでは、原発メーカーだった米ゼネラル・エレクトリック(GE)の社長が「これからは太陽光など自然エネルギーの時代だ」と宣言して経営方針を転換し、利益を得ている現状について説明している。
 その概要とは−−。GEは1キロワット時当たり6〜7円程度の低コストで発電できるガスタービン発電に注目したが、太陽光パネルの価格低下を受けて太陽光発電を収益の柱に据えた。米マイクロソフトや米アップルも自然エネルギーだけを使うと宣言した。
 「日本企業のトップの多くは、本当は原発に未来がないことに気づいているはず。国民の多数が反対しているものや、ニーズに基づかない製品・サービスを売ってはいけないことは、経済人なら分かっていることです。今回、日立の決断を聞いて、多くの経営者もほっとしているのではないでしょうか」。吉原さんは「原発ゼロ」を公言する経営者が増えていくことに期待している。
 原発事故を起こした東電は今月1日から、千葉県銚子市の沖合で、洋上風力発電の商用運転を始めた。今後、再生可能エネルギーの主力電源化に向け、国内外の洋上風力や海外の水力を中心に開発を進める方針だ。
 企業が見切りをつけ始めている原発事業にこだわる安倍政権に、前出の飯田さんは警告する。「輸出をやめるのが遅すぎます。グローバルなトレンドを無視した安倍政権の口車に乗せられていると、転換が進む世界のエネルギー産業の競争に取り残され、各国が撤退した後に日本企業がババをつかまされることになりかねません」
 それでも安倍政権は諦めない。菅義偉官房長官は18日の記者会見で、原発について「人材、技術、産業基盤の維持・強化は不可欠」と述べた。だが、夢から覚める時期が来ているのではないだろうか。

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