[2019_12_25_06]ロシア原発ビジネスは本当に「儲かる」のか 海外原発はほぼ赤字、発注国とのトラブルも_尾松亮_作家・ジャーナリスト(東洋経済オンライン2019年12月25日)
 
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ロシア原発ビジネスは本当に「儲かる」のか 海外原発はほぼ赤字、発注国とのトラブルも_尾松亮_作家・ジャーナリスト

 世界で「勝ち組」とみなされているロシアの原子力発電ビジネスが、実際は危うい状況にあることが明らかになってきた。
 原発輸出ビジネスを一手に担う大手「ロスアトム」で、発注国との対立や予期せぬトラブルによる建設遅延が多発。計画自体が凍結に追い込まれる事例が出ている。ロスアトムの受注条件を確認したところ、新興国での原発ビジネスが健在であるどころか、ロシアの財政をむしばむギャンブルになりつつあることがわかった。

 世界12カ国で原発計画を進めるロスアトム

 ロスアトムの傘下には子会社や研究機関含めて300以上の組織があり、核燃料の製造から設計、建設、発電、廃炉まで幅広い事業を網羅している。このような垂直統合型のビジネスは世界でも類を見ない。アメリカや日本では、燃料製造や原発建設、発電事業をそれぞれ別の企業が担っており、中国でも垂直統合型の独占企業は存在しない。
 これらを束ねるロスアトムはまさしく「独占原子力事業体」と呼べる存在だ。さらにロスアトムの子会社には原発輸出専業の「アトムストロイエクスポルト」があり、同社を通じて海外での原発受注を進めてきた。
 ロスアトムが受注した海外原発プロジェクトは12カ国で合計36基ある(2019年4月時点)。ハンガリーやフィンランド、中国、インド、バングラデシュ、イラン、エジプトなど欧州から中東、アジアの世界各国で原発計画を進めている。
 しかし、ロスアトムの海外受注案件を個別にみると、堅調とは言えないことがわかる。発注国との対立や予期せぬトラブルで建設遅延が頻発し、計画自体が凍結に追い込まれる事例もある。
 アトムストロイエクスポルトは2018年10月、エジプト原子力発電所監督局との紛争を想定して、国際法律事務所Gowling WLGと法律顧問契約を結んだ。受注したエル・ダバア原発の建設をめぐる法的リスクに備えるためだ。原発建設用地の土壌条件に想定外の問題が見つかり、エジプト側と再交渉が必要になったという。
 2018年10月22日付のロシア現地紙RBKによれば、「現在、建設に向けた準備作業段階で、予想される争議を回避するために法律顧問を雇った」とロスアトムの関係者が説明している。Gowlingへの顧問料は1年契約で45万6000ドルだが、交渉が長引けば追加費用も生じるとされている。

 南アフリカ、ベトナムで計画中止が相次ぐ

 2012年には、ブルガリア政府がロスアトムと結んだベレネ原発建設契約を破棄した。政権が交代して原発政策が変わったこと、当初40億ユーロだった見積もり額が64億ユーロに膨らんだことなどが理由とされる。このケースではロスアトムが賠償請求をし、ブルガリア国営電力会社が6億ユーロの賠償金を支払うことで決着した。国際調停裁判所や欧州委員会も巻き込んだ仲裁手続きは2016年末まで続いた。
 2018年6月にはロスアトムの受注がほぼ確定していた南アフリカ共和国の原発計画も中止となった。2017年に南アフリカの最高裁判所が環境保護団体の訴えを踏まえて中止を命じたためだ。総容量960万キロワットの大規模プロジェクトで、発注総額は約500億ドルと見込まれていた。2016年には、ロシアが優遇条件で80億ドルの融資を約束していたにもかかわらず、ベトナム政府が原発建設計画を中止した。
 このように、政権交代や地元住民の反対で原発プロジェクトが中止、建設遅延を余儀なくされた例は多い。フィンランドでは環境アセスメントでヌマアマガエルの保護が求められ、インドでは地元漁業者の反対に直面している。発注国側からの条件変更や争議が頻発すれば、事業コストの増加や採算悪化につながりかねない。
 とはいえ、トラブルに直面しながらも、ロスアトムが海外受注を増やしてきたことも事実だ。同社の10年先までの海外受注見込み額は2012年時点での665億ドルから、2016年時点では1334億ドルへ倍増している。

 しかし、受注条件を見ると原発輸出がビジネスとして成立しているとは言いがたい。ロスアトムの原発輸出にはほとんどの場合、ロシア政府が融資している。
 2017年にはバングラデシュでの原発建設のために約114億ドルの政府融資が実行された。ハンガリーで建設準備を進めているパクシュ原発2号基でも、総工費125億ユーロのうち100億ユーロをロシア政府が融資する。ベラルーシに対しても原発建設のために100億ドルを政府が融資した。
 ロシアのメドベージェフ首相は2018年4月のロスアトムの経営トップとの会談で、「政府としてロスアトムの海外市場でのポジションを強めるために最大限の協力をする」と約束している。

 政府融資頼みの原発輸出に批判も

 このような政府融資頼みの原発輸出には、ロシアの専門家からも批判が出ている。「融資条件はロシアにとって不利で、債務不履行リスクも極めて高いものばかりだ」と、2018年6月19日付のMoscow Post紙の取材にニグマトゥリン元原子力分野担当副大臣は語っている。
 同紙の試算によれば、トルコ、エジプト、バングラデシュ、フィンランドへの原発輸出で、ロシア政府は総額1000億ドル以上を融資してきた。これは2019年時点の海外受注総額1330億ドルの約75%に相当する。これらの融資の金利はおおむね年3%で設定されており、投資回収が長期に及ぶプロジェクトとしてはかなり低い(2019年9月6日決定のロシア中央銀行の政策金利は7%)。
 融資期間が極めて長い契約もある。例えば、ベラルーシのプロジェクトに対する融資期間は50年(返済期限は2068年)に設定されている。つまり、国民の血税を含む財源を政府融資という形で原発輸出につぎ込んでいるのだ。
 フィンランドのハンヒキビ原発建設には、ロシアの「国家福利厚生基金」からの資金も使われている。これはロシア国民の年金の原資として運用されている基金だ。国民から見れば将来の年金が国外の原発に投じられているに等しい。
 「成功例」であるかのようにみなされているトルコへの原発輸出も前途多難だ。
 2019年7月29日、トルコのアックユ原発の建設現場に「デブリキャッチャー」と呼ばれる大規模な設備が搬入され、同原発本体の建設が本格的に始まった。

 トルコのアックユ原発の建設現場に使われるデブリキャッチャー(撮影:ロスアトム社公式サイト)

 アックユ原発は2010年のロシア・トルコ政府間合意に基づいて、ロスアトムが受注したトルコで初めての原発だ。ロシア製加圧水型原子炉を合計4基(各120万キロワット)建設する大規模事業だ。エジプトのように建設前段階でのトラブルはなく、着工に至った。
 しかしアックユ原発の受注条件はロスアトムにとってきわめて厳しい。設計・建設から発電事業、廃炉まですべてを1社で担当するBOO(Build-Own-Operate)方式で、原発にこのモデルが適用されるのは世界で初めてのことだ。建設を担当するロスアトムの子会社「アックユ・ニュークリアー」社は実質100%ロシア国営で、建設だけでなく、発電事業についてもロシア側がリスクを負う。

 リスクの高いトルコ・アックユ原発事業

 「アックユ原発建設の条件を詳細に分析すると、このプロジェクトに関わるリスクと、数十億ドルともみられる追加コストをロシア側が負担することは明らかだ」。全ロシア原子力機械製造研究所のオストレツォフ教授はこう指摘している。
 送電線の建設費用もロシアが負担する。アックユ原発は電力の消費地から遠く離れている一方、トルコ側は原発建設用地を提供して認可するだけにとどまり、送電線や変電所の建設義務もない。一方、原発建設工事の50%をトルコ企業に発注するという条件も付いている。
 このアックユ原発は、ロスアトムにとって重い十字架となる。リスクやコストの一切合切を背負い込む先例ができてしまったためだ。今後は、ロスアトムが新規に原発輸出を試みるたびに、発注国から「アックユ方式」を求められる可能性が高い。
 実は原発輸出がそれ自体では利益をもたらさないことは、ロスアトム関係者も公に認めている。「ロシア企業や他国の企業が海外で建設した原発はほぼすべて赤字だ。これはロシア企業だけの問題ではなく、原発輸出企業すべてに共通する問題だ」と、ロスアトムの電力・安全センター長を務めるプロコフ氏は述べている(2015年6月29日付Pravda.ruへのインタビュー)。
 では、なぜ赤字とわかっている原発の輸出を進めるのか。

 福島原発事故後に海外受注が活発化

 「当社にとって近年の主な収入源は、核燃料供給とウラン濃縮関連サービス。これらのビジネスが海外売り上げの約40%を占めている」とプロコフ氏は言う。
 つまりロスアトムは最初から赤字覚悟で原発輸出を進めているのだ。通常の営利企業なら受け入れがたい条件でも、税金や社会保障のための基金を原資とした政府融資があるからこそ受注できる。投資回収の可能性があるとすれば、輸出した原発が安定的に稼働して、ロシア産核燃料の需要が長期的に確保できる場合だけだ。
 ロスアトムの年次報告書を見ると、海外での原発受注が急増するのは2011年以降であることがわかる。日本の福島第一原発で過酷事故が起きた後、安全コストが高騰し、採算が悪化するなかで、その流れに逆行するようにロスアトムは海外受注を増やしていった。
 しかし海外受注額は2016年度に1300億ドル台に達して以降、横ばい傾向にある。今後、これまでのようなテンポで原発輸出が伸びることは想定しにくい。
 あまり知られていないが、ロスアトムは中期的に原発事業の縮小を目指している。同社はビジネスの多角化を進めており、風力発電、放射線医療、北極海航路運営などに進出し、非原子力部門の売上比率を2018年の19%から2030年までに30%へ引き上げる計画だ。
 福島原発事故後の貪欲な原発輸出は、世界の原発市場縮小を見越して、核燃料市場シェアを「先食い」する動きであったと読める。しかし反対運動による建設中止や早期稼働停止ともなれば、核燃料事業も破綻しかねない。ビジネスとしては危ない賭けだ。しかも、国民の税金や社会保障のための基金を浪費するリスクのあるギャンブルなのだ。


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