[2020_10_14_07]「核のごみ」問題、北海道で起きる深刻シナリオ(東洋経済オンライン2020年10月14日)
 
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「核のごみ」問題、北海道で起きる深刻シナリオ

 核のごみの最終処分場計画がついに動き出すのか――。
 10月に入り、北海道寿都町と神恵内村は高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定に向けた文献調査に応じるとそれぞれ正式に表明した。
 寿都町の片岡春雄町長は9日、都内にある原子力発電環境整備機構(NUMO)を訪れ、NUMOの近藤駿介理事長に書類を手渡した。その際、「入学手続きに来た」と語った片岡町長だが、その学校生活は波乱に満ちたものになりそうだ。

■年内にも2町村で文献調査を開始

 同日、神恵内村には経済産業省の幹部が出向いて文献調査実施の申し入れを行い、高橋昌幸村長が受け入れを表明した。NUMOは経産省に事業許可を申請し、認められれば年内にも2町村で調査に入ることになる。
 高レベル放射性廃棄物とは、原発から出る使用済み核燃料からプルトニウムとウランを抽出し、残った廃液をガラスとまぜて固めたものだ。各原発に貯蔵されている使用済み核燃料から出る核のごみは今後4万本以上出るとされており、これらを地下300メートル以深の地層に埋めるのが最終処分場だ。
 しかし、その処分場が決まっているのは、世界でもフィンランドとスウェーデンの2カ所しかない。アメリカではオバマ政権時代の2009年に処分地決定が撤回され、現在、再手続きの最中だ。そんな世界でも数少ない取り組みが、北海道の小さな自治体で始まろうとしている。
 国は2017年に最終処分場の適地と不適地を示した「科学的特性マップ」を発表。それ以来、NUMOは適地とされた約900自治体のうち400自治体と接触し、120回に上る勉強会を開いてきた。NUMOの近藤理事長は「その道すがら、今日ここにいたった」と胸を張る。
 北海道では2018年7月の札幌を皮切りに、旭川や函館、北見、帯広などで対話集会が開催されてきた。寿都町や神恵内村で対話集会は開かれていないが、「町からの要請で講師を派遣し、小規模な勉強会は開いた」(NUMO)という。
 かつてニシン漁で栄えた人口2900人あまりの寿都町は、いまでも漁業や水産加工業が主要産業だ。ウニやイクラの返礼品でふるさと納税の人気も高く、2018年度の納税件数は全国16位。一方、財政規模に占める借金の比率を表す実質公債費比率は13.6%(2018年度)と道内179市町村の中でワースト19位だ。
 神恵内村は人口800人余りと、さらに小さい。北海道電力泊原発から半径30`圏内に位置し、原発立地自治体に交付される電源立地地域対策交付金を受けている。実質公債費比率は4.6%(2018年度)と、寿都町とは対照的に道内屈指の健全財政の自治体だ。原発マネーで潤う村ということもあり、住民の核関連施設へのアレルギーは薄い。

■寿都町に存在する地下断層

 もっとも、文献調査に手を上げた片岡町長らに、処分場を本気で誘致する意志があるわけではない。片岡町長は「処分場の議論に一石を投じたい。全国で手が挙がればいい」と繰り返し語っている。9日も記者から誘致の可能性を問われ、「順序を追って議論していくべき。焦る必要はない」と言葉を濁した。
 両町村トップの意思とは別に、物理的に最終処分場の適地かどうかも疑問視される。寿都町には地下断層があり、神恵内村に至っては、ほとんどの地域が火山の半径15`圏で、処分場の立地には不適とされている。「神恵内村の南側はわずかに15`圏から外れていて、そこで可能かどうか検討する」(NUMO広報)としている。
 文献調査に応じれば、寿都町と神恵内村にはそれぞれ20億円が交付される。2年後にボーリング調査などを伴う概要調査に進めば、さらに70億円を受け取ることができる。概要調査に進むには、道知事の同意が必要だが、北海道の鈴木直道知事は「概要調査には同意しない」と明言している。
 電力業界では「道外で本命の自治体がある」(電力会社社員)とささやかれているが、原子力資料情報室の西尾漠共同代表は「北海道東部や東北の2地域を適地とする学者もいる。これまで怖くて声を出せなかった自治体が、寿都町などが手を挙げたことで一気に動き出すかもしれない」と話す。

■文献調査の正体は住民の懐柔

 今回、にわかに注目を集める文献調査だが、文字通りの机上での資料調査は東京のNUMO本部で行われる。では、北海道では何が行われるのか。西尾氏は、「地元住民の懐柔が文献調査の正体だ」と指摘する。
 NUMOの資料には「文献調査の段階から、地域の皆さまに開かれた『対話の場』を設置します」と記されている。「事務所をどこに何カ所つくるのか、これから検討する」(NUMO広報室)というが、数名の職員を現地に常駐させ、住民との対話活動を活発化させるようだ。
 「いままでは地元の議員や有力者に会うことは秘密裏に行ってきたが、これからは活動を全国に堂々と発信できる。(文献調査入りは)NUMOにとってメリットは非常に大きい」(西尾氏)のだ。
 一方、地元の反対派はNUMOの動きに神経をとがらせている。寿都町内で水産加工業を営む吉野寿彦氏は「町長は『肌感覚で賛成が多い』と言って応募を決めてしまったが、自分の肌感覚では8割が反対している。地場の水産品の価値を高めるため、僕らは一生懸命仕事を続けてきた。町長はそうした努力を踏みにじった」と指摘する。
 吉野氏はこれまで市民活動とは無縁だったというが、今後、町内の反対団体と歩調を合わせて反対運動を加速させるという。「来年の町長選挙で反対派の候補を立てるか、住民投票を求めていくか。町の分断を覚悟でリコール(町長の解職請求)をかけていくか。あらゆることで反対の輪を広げていきたい」(吉野氏)。
 いま注目を集めている日本学術会議は、内閣府の旧原子力委員会から審議依頼を受け、2012年と2015年に高レベル放射性廃棄物の処分法や処分場の決め方などについて具体的な提言を出した。その中には、「核のごみ問題国民会議」など中立的な組織の設置も盛りこまれているが、政府はこの提言を黙殺したままだ。
 「学術会議の提言を政府が尊重しなければ、それこそ学術会議を置いている意味がない」と話すのは、元原子力委員会委員長代理で長崎大学核兵器廃絶研究センター副センター長の鈴木達治郎教授だ。

■日本では公平な議論ができない

 鈴木教授は「処分場の議論を進めること=原子力政策を推進すること」という構図になっていると指摘したうえで、「どこの国も、原発推進でも反対でも処分場は必要との認識が進んでいる。ところが日本では、処分場の問題と原子力政策がリンクしているので、廃棄物の処分計画を認めることが原子力政策を認めることになってしまう。これでは脱原発派の人々は絶対に賛成しない」と話す。
 NUMOの定款には、「原子力発電に係る環境の整備を図る」と書かれている。政府の基本方針では、NUMOは「国民の理解の増進」を図る組織とされるが、法律上、原発推進組織に位置づけられている。欧米では処分事業の推進組織の活動をチェックする独立の第三者機関が設けられている。今後、日本でも学術会議が提言するような「核のごみ問題国民会議」のような第三者機関が必要になるだろう。

森創一郎 :東洋経済 記者
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