[2023_04_28_10]六ケ所再処理工場着工30年 サイクルの要 稼働見えず 「国策」地元に経済効果 高コスト「不要論」根強く(東奥日報2023年4月28日)
 
参照元
六ケ所再処理工場着工30年 サイクルの要 稼働見えず 「国策」地元に経済効果 高コスト「不要論」根強く

 原発で使い終えた核燃料を再利用する核燃料サイクル。その中核施設である六ヶ所再処理工場が1993年4月28日の着工から30年を迎えた。立地する六ヶ所村では、原燃や関連企業が雇用面や税収面で村を下支えする一方、人口減少が止まらず、2022年1月には1万人の大台を割り込んだ。人口減を背景に、原燃の地元協力業者では人手不足が慢性化。同社が「24年度上期の早期」と掲げる工場完工後の本格稼働にも不安が見え隠れする。(都築理)

 豊かな村にも人口減の影

 3月下旬、同村の特産品販売所「六旬館」では、県内外から訪れた客が野菜や加工品などを買い求めていた。スタッフの橋本千秋さん(61)は「村内のエネルギー関連施設を視察で訪れるビジネスマンが土産を購入していくことが多い」と話した。施設は地元農漁業者らの要望を受けて村が18年に整備。村によると、建設費約5億6千万円のうち県核燃料物質等取扱税(核燃税)交付金が約5億円を占める。
 県によると、核燃料サイクル施設の立地を受け入れた1985年から現在まで、建設工事などに従事した雇用者は県内全体で延べ約1849万人。核燃税交付金を整備費に充てた六旬館のスタッフなどは、数字に含まれないという。戸田衛村長は「交付金を財源にした村事業で生じた雇用を含めれば、数字はより大きくなる」と指摘する。
 立地に伴い建設業を中心に働く場が増加。青森労働局の統計は法改正に伴い2018年で終了しているものの、93年に1005人だった村内の出稼ぎ労働者は「ほぼいなくなった」(橋本さん)という。村は、税収が多く国から地方交付税を受け取らない県内唯一の「不交付団体」で、企業所得を含む1人当たりの市町村所得は、直近の2019年度の県統計では1124万円で9年連続県内トップ。県民平均の262万円の約4・3倍に当たる。
 村は豊かになったが、人口減少に歯止めがかからない。戸田村長は「サイクル施設が立地したのに、これほど人口が減少するのは想定外」と話す。死亡数が出生数を上回る「自然減」が続いているほか、子どもが進学するタイミングで、通学環境などを理由に村外に転居する家族が多いという。工事車両の増加に対応するため幹線道路の整備が進むと、バスや車で村外から通勤しやすくなり、人口流出につながる皮肉な状況もあるようだ。
 人口減少は人手不足に直結し、原燃を支える協力業者にも影を落とす。種市治雄・村商工会長は「(人手不足は)新規制基準に対応するための安全対策工事が始まってからずっと続いている」と説明する。
 原燃は再処理工場稼働後、メンテナンスや保全業務を行う地元企業を段階的に増やしていく方針を示している。種市会長は「原燃が求める技術レベルは高いが、より多くの地元企業が参入することで、村外に出る人が減るかもしれない」と期待する一方、「そもそも工場が動かなければどうしようもない。30年で完成しないとは想像できなかった」とため息をつく。
 戸田村長は強調する。「水素などの新産業立地、土建業中心の産業構造からの脱却など、村に体力があるうちにさまざまな方策を考える必要がある。この先、核燃料サイクルだけで六ヶ所は大丈夫か1という思いがある」

 「国策」地元に経済効果  高コスト「不要論」根強く

 六ヶ所再処理工場の建設工事は、地元に多大な経済波及効果をもたらした。一方で着工から30年がたってなお完成せず、総事業費は約14兆4千億円に膨れ上がる。国の認可審査は途上にあり、日本原燃は「2024年度上期のできるだけ早期」の完工を目指すものの、操業は見通せない。
 村の工事業者によると、着工当時、大手ゼネコンなどの技術者が大勢訪れ、国内に数台しかない希少な大型クレーンが六ヶ所に集まったという。村には建設会社、商店、宿泊施設がいくつもでき、原子力の関連企業が進出。村は周辺地域から多くの労働者を集めるようになった。
 東京商工リサーチの東北6県売上高ランキングによると、原燃は本県トップの第11位。再処理工場を含む核燃料サイクル施設の建設工事などに関わる地元受注額は、21年度までに9300億円を超える。社員数はいまや3千人超となり、このうち約2千人が本県出身者だ。雇用、産業だけでなく、交付金、県の核燃税、固定資産税と経済効果は多岐にわたる。
 一方で、再処理工場は建設過程でトラブルを繰り返した。特に、最終の試運転(アクティブ試験)で、残った高レベル放射性廃液をガラスと混ぜて固めるガラス固化試験でつまずき、試験が終結したのは東日本大震災後。福島第1原発事故を機に原子力を取り巻く状況は一変していた。
 再処理工場は20年、新たな規制基準の審査にようやく合格した。しかし、検討不足や書類の不備などによって、その後の認可審査もまた長期化している。原燃は昨年末、26回目の完工延期を公表した。
 増田尚宏社長は今月26日の会見で「30年間建設している工場は普通ではあり得ない。地元をはじめ皆さまの期待に応えられず申し訳なく思っている。1日も早く完工させることが恩返しになる」と語った。完工後の本格操業を見据え、運転の未経験者らをフランスの再処理工場に派遣して研修を受けさせるなど、事前の準備に力を入れる。
 原燃会長を務める池辺和弘・電気事業連合会会長は「技術的課題を乗り越え、今は安全性を高めるために時間を要している」と、過去の完工目標延期とは違うと強調、原燃に対し最大限の支援を続けると述べた。
 再処理事業は、エネルギー確保に向け、資源に乏しい日本の「国策」として進められてきた。岸田文雄政権が原発の最大限活用にかじを切り、震災以降「かつてない追い風」(原子力業界関係者)が吹くものの、サイクルの輪はいまだ完成せず、「再処理不要論」は根強く残る。
 工場の事業許可取り消しを求め国と争ってきた市民団体「核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団」代表の浅石紘爾弁護士は「高速増殖炉計画が失敗しプルトニウムの使い道はほとんどない今は、完工を急ぐ必要性は全くない」と指摘。廃液の冷却機能喪失など工場では大小のトラブルが相次いでいるとし「安全性は不十分。高コストで危険な再処理事業から撤退するベきだ」と訴えた。(加藤景子、佐々木大輔)

 六ヶ所再処理工場を巡る主な経緯

1985年4月 県、六ヶ所村と事業者が再処理工場を含む核燃料サイクル3施設の立地協定を締結
1993年4月 工場着工
1999年12月 使用済み核燃料の受け入れ開始
2001年12月 燃料受け入れ・貯蔵施設のプール水漏えいが発覚
2004年4月 ウランを使った試験開始
2006年3月 実際の燃料を使った最終試運転(アクティブ試験)開始
2007年11月 高レベル放射性廃棄物となるガラス固化体を初めて製造
2008年12月 ガラス溶融炉内でレンガ片落下が発覚
2011年3月 東日本大震災・東京電力福島第1原発事故
2012年9月 原子力規制委員会が発足
2013年5月 アクティブ試験のガラス固化体試験終了
2014年1月 規制委に新たな規制基準の適合性審査を申請
2016年10月 再処理事業の実施主体となる「使用済燃料再処理機構」が発足
2020年7月 適合性審査に合格
2021年2月 電気事業連合会が10年ぶりにプルトニウム利用計画を改定
2022年12月 認可審査の初回分が認可、完工目標を「24年度上期のできるだけ早期」に延期

 六ヶ所再処理工場

 原発の使用済み核燃料を化学処理し燃料となるプルトニウムとウランを取り出す国内唯一の商業用施設。処理能力は年間最大800トン。現在進められている認可審査、安全対策工事、検査などの手続きと国の確認が終われば完工となる。1997年の完工を予定していたが、試験トラブルなどにより26回にわたり目標を延期した。2016年には、再処理事業の実施主体となる経済産業省の認可法人「処理機構」が発足。機構が原発を持つ電力会社から拠出金を集め、日本原燃に業務委託する仕組みとなった。
KEY_WORD:再処理_完工26回目延期_:FUKU1_:HIGASHINIHON_:ROKKA_: