[2021_11_01_03]進まぬ原発再稼働 このままでは原子力の火≠ェ消える(Wedge2021年11月1日)
 
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進まぬ原発再稼働 このままでは原子力の火≠ェ消える

 その発電所の内部は、静まり返っていた。
 「稼働している原子炉がない中で、熱や音から異常を見つけるための肌感覚を若手社員へ伝承していくことは、なかなか難しい」
 緊急事態宣言が明けた10月上旬、中部電力・浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)を取材した記者は、中電担当者の声を、マスク越しでも容易に聞き取ることができた。
 東日本大震災から10年。浜岡原発3〜5号機は2011年5月以降、停止したままだ。
 原発の再稼働が遅々として進まない。運転停止の長期化により問題となるのが、現場での技術継承だ。震災以後に入社した若手社員は、稼働中の原発を目の当たりにする機会がない。
 特に深刻なのが、浜岡原発と同じ全国に17基ある「沸騰水型軽水炉(BWR)」の原発だ。震災以後、再稼働に至った例はない。
 16基のうち12基が再稼働済み、あるいは再稼働の目途が立った「加圧水型軽水炉(PWR)」の原発ではどうか。保有するPWRの原発3カ所全てが再稼働、あるいは再稼働の見込みが立っている関西電力でも、暗黙知を中心に現場のノウハウの低下が課題として認識されている。運転員のうち、今年6月に再稼働した美浜原発(福井県美浜町)では約3割が、他の2カ所の原発を合わせた社内全体では約1割が、運転を経験したことがないという(20年12月時点)。
 関電の長谷川宏司原子力企画部長は「PWRを保有する関西、九州、四国、北海道の電力4社で協定を結び、ノウハウの共有を行っていた」と語る。現在では、関電は再稼働を目指す北電の社員を自社に受け入れている。国内のPWRは全て三菱重工業製で、基本的な構造は同じだったことも幸いした。
 BWRでも中部、東京、北陸の保有電力3社で協定を結んではいるが、稼働している原子炉がない中ではPWRのような好循環を期待するのは難しい。原子力規制委員会の安全審査に合格した東北電力の女川原発(宮城県女川町、石巻市)などの再稼働が期待されるが、日程の目途は立っていない。
 一方で、電力会社以外の原子力関連企業でも、問題が表面化しつつある。危惧されるのが、原発の建造計画がストップしたことにより、新設ノウハウが失われることだ。
 日立製作所と米ゼネラル・エレクトリック(GE)の原子力合弁会社、日立GEニュークリア・エナジーの担当者は「エンジニア人生を30年とするならば、3分の1は現場経験がないことになる。英国での原発建設計画に期待していたが、建設段階に進む前に撤退となってしまった」と話す。
 また三菱重工の加藤顕彦原子力セグメント長は「テロ対策の特定重大事故等対処施設の建設は、配管や電装など通常の原発新設と共通する部分も盛り込まれているため、教材としては最適だ」としつつも「問題はサプライチェーンだ。新設が途絶えたことにより、震災以後、三菱重工と日立、東芝合わせて20社近くのサプライヤーが撤退を余儀なくされた」と語る。
 経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課の増田陽洋課長補佐は「原子力関連の製品には、放射線や高温高圧への耐性の他に、高い耐震性や、メンテナンスやトラブル対策のための高度なトレーサビリティー(生産履歴の追跡)が求められる」と、代替の難しさを指摘する。
 旧・住友金属工業と旧・神鋼特殊鋼管(現・ 丸一ステンレス鋼管、山口県下関市)が合弁で設立したジルコプロダクツ(山口県下関市)は、BWR向け原子力燃料の被覆管を製造できる国内唯一のメーカーだったが、BWRの再稼働が見込めない中で、17年に廃業。国内でこの部品を製造できる企業は消失した。こうした原子力事業からの撤退や廃業が相次いでいる。
 メーカーの撤退による技術の散逸を防ぐため、三菱重工は代替メーカーがない機器に関しては、製作図面をもらい受け内製化している。エネ庁も技術伝承支援や代替調達先の選定、一般産業品の活用を試みているが、サプライチェーンの劣化をどこまで防げるかは不透明だ。
 「フランスでは14年、米国では35年、新規建設に間が空き、技術の低下やサプライチェーンの弱体化により四苦八苦している。日本も既にフランスに近い水準の空白期間がある。再稼働や新設・リプレースなど明るい未来が見えなければ、投資もされず、技術の保持は難しくなる一方だろう」と、原子力関連企業がつくる日本原子力産業協会の新井史朗理事長は危機感を示す。
 原発建設が可能なメーカーを保持する国は世界でもわずかだ。日本の原発の国産化率は90%を超えているが、このままではそのアドバンテージが消えてしまうことになる。

海外に仕事を求めるも失敗SMRは救世主になるか?

 「ここまで人材の流動性がないのは日本だけだ」
 日本エネルギー経済研究所の村上朋子研究主幹は、業界の硬直性を指摘する。かつての原子力大国であるドイツやスウェーデンの技術者は、アラブ首長国連邦(UAE)といった原発新設が進む新興国で大量採用されているが、日本ではそういった動きはない。日立が英国から撤退したのを最後に、海外案件もない。海外を含む人材の流動性という観点からは日立GEに期待する声もあるが、同社の担当者は「GEも抱えている案件はなく、日米間で現場を共有しているような動きはない」と語る。
 そうした中で現状を打開しうるものとして一部で期待を集めているのが、小型モジュール炉(SMR)である。9月の自民党総裁選においてもSMRが議題となり、フジテレビ番組での討論会で岸田文雄前政調会長(当時)は「研究する価値が十分ある」と発言している。
 世界で最も先行している米新興企業のニュースケール・パワーのSMRは、実用化に向け手続きが進められており「おそらく今後1年以内に、米原子力規制委員会(NRC)より設計認証(DC)が発給されるのではないか」(鈴木清照・三菱総合研究所主席研究員)という段階だ。
 SMRは小型なため原子炉が冷えやすく、また主に地下に設置されるため、安全性を高めやすいとされている。九州大学大学院工学研究院の出光一哉教授は「従来は既存の大型炉にスケールメリットがあったが、災害やテロ対策のコストが増大する中では、SMRにも経済的メリットが出てきた部分もある」とする。
 前出の新井理事長は、SMRが実績を積んでからの話と断りつつ「もし事故時の避難範囲が発電所敷地内で収まるならば革新的。無論それでも周辺地域の避難計画は必要だろうが、例えば、規制委員会によりいくつかの災害・テロ対策が不要と判断されれば、事業者にとって魅力的であり、何より地域の方の安心も高まる」と語る。

窒息していく原子力希望的観測では進まない

 SMRの建設に日本企業がサプライヤーとして参画できれば、苦境の最中の原子力業界にとっては数少ない朗報となる。だが、そう話は簡単ではない。国土の広大な米国では僻地の分散電源としての需要が想定されているが、日本にそれを当てはめるのは難しい。
 前出の村上研究主幹は「SMRの技術は40年近く前からあるが、商業化に向けた具体的な動きは乏しいと言わざるを得ない。また今の安全基準でSMRを造ればそれはSMRではなくなる。対応した基準も別途必要となる」と語る。そして関係者や専門家は「いずれにせよ、まずは既存の原子炉の再稼働からだ」と口をそろえる。
 真綿で首を締められるように窒息していく日本の原子力。そこに都合のいい特効薬はない。今こそ国が前面に立ち、再稼働と新設・リプレースを推し進めていく必要があるだろう。
 一方で電力会社も再稼働を実現したいのならば、世界一厳しいとされる規制委員会の安全基準を唯唯諾諾と受け入れるだけではなく、規制のあり方も含め再稼働に向けた建設的な議論を提起していくべきではないのか。
 そのためには電力会社自身の信頼を高めていく必要があるが、今年9月に発覚した東電・柏崎刈羽原発(新潟県)でのテロ対策に関する不祥事のような、国民の信頼を損ねる緊張感の欠如を見るにつけ、本気で再稼働を行う気があるのか首をかしげざるを得ない。
 「今のままだと間違いなく、ゼロからの再スタートになる」(村上研究主幹)。日本の原子力の火≠灯し続けるためには国も電力会社も「誰かが何とかしてくれる」という希望的観測を排し、再稼働とその先にある将来の原子力のあり方について、真正面から議論し取り組んでいく必要がある。
木寅雄斗
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