[2023_01_15_01]◆反戦準備 戦争の用意がどこでどうされているのか伝えるべき 田中優子(法政大学名誉教授・前総長)(東京新聞2023年1月15日)
 
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◆反戦準備 戦争の用意がどこでどうされているのか伝えるべき 田中優子(法政大学名誉教授・前総長)

 昨年暮れ、ジョン・レノンの「平和を我等に」を久々に耳にした。
 ベトナム戦争の反戦歌だったのだが、まさに今こそ歌うべき歌だと思った。
 反戦歌といっても決して攻撃的な歌ではない。原題は Give Peace A Chance で、“All we are saying is give Peace a chance”を繰り返す。
 「私たちが言っているのは平和にチャンスを与えてくれということだけなんだ」という意味だ。実に遠慮深い。
 とても戦争が終わりそうもない時に、せめて停戦を、と言い続けたくなる、その気持ちそのままだ。ただし、その後ろではジョンが〜主義だの〜革命だのごちゃごちゃ言うな、と強烈な皮肉を飛ばし続けている。理屈なんていいからとにかく戦争やめろ!
 まさに今叫びたくなる言葉だ。
 ジョン・レノンにはもうーつ、「イマジン」という反戦歌がある。これも思い出しておきたい。
 「そのために殺したり死んだりしなきゃならない、そんな国家なんていうものが無い世界を想像しようよ」というくだりは多くの人が知っていると思うが、それに「宗教も」という言葉が続く。
 今はそれが突き刺さる。

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 反戦とは何か。理屈ではなく、「戦争は嫌だ、やめろ」という叫びである。年が明けた時私は、日本人は今からその「叫び」の準備が必要なのではないか、と思った。「人間から獣がはい出している」。これはノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさんがウクライナ侵攻について間われた時の言葉である。元旦の朝日新聞で目にした。対岸の火事ではない。
 昨年の12月2日、自民党は公明党と「敵基地攻撃能力」保有を正式合意した。やはり「宗教も」なのだ。
 軍事費の倍増、原発の継続新設も決まった。
 そして12月6日、内閣府は「日本学術会議の在り方についての方針」を一方的に決定し公表した。
 学間とは中長期的視点で社会や人類や地球の将来を議論し社会に問うことがその役割だ。
 政治的意思決定とは異なる自律的な価値観と組織が必須である。
 今はそれを、政治的意思に従わせようとしている。
 敵基地攻撃能力保有、軍事費の倍増、原発の継続と新設、そしてこの日本学術会議への介入は全て関連している。そしてこれらは、日本が戦時体制に入りつつある、ということを指し示している。
 さかのぼってみれば森友学園問題は、国有地を与えることによって教育勅語を教える学校を認可する意図であった。学問と教育と家庭を支配するのは、人の心を制御するファシズムの常套(じょうとう)手段である。

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 しかし平穏な正月を迎えた日本人には、戦時体制とは思えないかもしれない。そう思っているうちに、ある日それはやってくる。
 日中戦争が「満州事変」という名で始まり、日米戦争が宣戦布告なしに真珠湾攻撃で始まり、ウクライナ戦争が「特別軍事作戦」という名で始まったように、戦争は突然始まり、その原因は一方的に相手にあるとされる。つまり「防衛のため」と言い続ける。
 だから、反戦の準備をしよう。戦争の用意がどこでどうされているのか伝えるべきだろう。戦争が何をもたらすのか伝えることも必要だ。
 あとは歌で、短い言葉で、行動で、そしてやがて、一揆の日がやってくる。何より心の準備が必要だ。
(1月15日「東京新聞」朝刊5面「時代を読む」より)
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