| [2026_01_14_10]能登地震と珠洲原発計画「過去から学ばぬ国」へ 被災地の静かな警鐘 孤立集落を救った「恨みっこなし」の精神 原発対立を乗り越えた人々の現在 映画が映す高屋の素顔 過疎と高齢化の先に見つける地域の希望 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)(たんぽぽ2026年1月14日) |
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04:00 2026年1月3日の中日新聞の社説が、原発を止めた町、珠洲の今を紹介しています。 2024年1月1日に発生した能登半島地震(マグニチュード7.6)で甚大な被害を受けた珠洲市には、かつて北陸・関西・中部電力が共同で計画した「珠洲原発」。 高屋地区に2基(関西電力)寺家地区に2基(中部電力)各135万kW級(あるいは100万kW級)の原子炉を合計4基建設する計画として、用地買収や反対運動が繰り広げられました。 立地計画があった石川県珠洲市高屋町は、住民による28年もの粘り強い反対運動の末、2003年に計画を断念させた歴史を持ちます。 もし原発が建設されていたら、2024年元日の能登半島地震で深刻な事故が起きていた可能性がありました。 この町では、かつて原発を巡って住民が二分する激しい対立がありましたが、反対派リーダーの塚本真如さんは「人格批判はしない」という姿勢を貫きました。 その結果、現在の住民の間には過去のわだかまりはなく、震災による孤立状態でも互いに助け合い、現在は避難先から帰還して里山里海の恵みとともに、たくましく暮らしを再建させています。 「何げない会話の中に、意見がぶつかっても、恨みっこなしで暮らしてきたコミュニティーの歴史を感じる」と語るのは、珠洲をとり続けるドキュメンタリー監督の森義隆監督です。 国が「原発回帰」へと舵を切る中、意見の相違による「分断」をどう回避し、過疎化が進む地域でいかに共に生きていくか。 高屋の人々の歩みは、困難な時代を生きるための大切な知恵を示唆しています。 詳細は以下のURLをご覧下さい。 「年のはじめに考える 原発をとめた町から」2026年1月3日「中日新聞」より |
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