[2024_06_17_04]なぜ東北の火山分布は「すき間だらけ」なのか…その謎を解く、驚きの「マグマの熱い指」仮説(現代ビジネス2024年6月17日)
 
参照元
なぜ東北の火山分布は「すき間だらけ」なのか…その謎を解く、驚きの「マグマの熱い指」仮説

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 地球の大陸は謎だらけ。

 地球表面を構成する岩石は、海洋底と陸で明確に異なる。火星や金星の表面を覆う岩石は、地球の海洋底の岩石と同じ「玄武岩」。地球の陸地を構成する「安山岩」は、火星や金星には存在しない。ほかの惑星には存在しない安山岩に、地球表面の3割が覆われている。
 地球にはなぜ安山岩があるのか? 
 岩石学者の田村芳彦氏がその謎に挑んだ書籍『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』が講談社ブルーバックスから刊行された。刊行を記念して、本書の読みどころを厳選してお届けする。
 ※本記事は、『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。

 プレートの沈み込み帯に火山ができる理由

 日本列島には火山が多く存在しますが、それは、この場所がプレートの沈み込み帯だからです。列島の下には、太平洋とフィリピン海プレートが沈み込んでいます。
 前の記事でみたとおり、プレートの沈み込み帯では、上盤プレート上に火山を形成するマグマの発生が誘発されます。上盤プレートのマントル内(マントルウェッジ)で加水と減圧の2条件が同時に満たされ、岩石が溶けるのです。
 沈み込むプレートが地下に水を持ち込み、ある程度以上の深さでそれをマントルウェッジに放出します。これが加水に相当します。
 また、沈み込むプレートに引きずられ、上盤プレートの下側(プレート境界周辺)には下向きの動きが生じます。その反動として、マントルウェッジの中ほどでは上向きの流れが生まれます。岩石が深いところから浅いところへ移動するので、減圧を受けることになります。
 水が加わり、上昇流(減圧)が生じたマントルウェッジでは、岩石が溶けやすくなります。同じ沈み込み帯であれば、加水と減圧という2つの条件が満たされる深さは一定です。マントルウェッジ内の同じ深さで、マグマが発生するということです。
そのため、沈み込み帯には特徴的な地形が形成されます。

 火山フロント

図1 火山フロントの形成 伊豆小笠原弧の例

 日本列島の火山列は、海溝と平行に並んでいます。東北日本では、日本海溝から200〜300kmほど離れたところに火山列があり、それよりも海溝に近い領域にはまったく火山がありません。この領域の地下では、マグマ活動が起きていないのです。
 このように沈み込み帯では、海溝から一定の距離を置いて、つまり海溝と平行な火山列が形成されます。これを指して、1960年に神戸大学(当時)の杉村新教授が「火山フロント(火山前線)」と呼びました。
 少々わき道にそれますが、新しい用語を2つ導入しておきます。海溝と火山フロントの間の(火山がない)領域を「前弧(ぜんこ)」といい、火山フロントから見て海溝とは反対側の領域を「背弧(はいこ)」といいます。定義上、前弧と背弧は必ずセットで形成されます。それぞれに特徴的な地形などが知られていることもあり、頻出する地学用語です。
 火山フロントの話に戻ります。沈み込み帯の火山フロントの場所を決めているのは、海溝からの距離ではなく、その下に沈み込んだスラブ(上面)の深さです。どの沈み込み帯でもスラブが地下100km付近まで沈み込んだところの直上に火山フロントができる、というのが正しい理解です(図1)。
 この深さ以上で、岩石の融解をうながす2つの条件(加水と減圧)がそろいます。スラブの(蛇紋石の)脱水反応とマントルウェッジへの水の供給に関しては、前弧領域(つまり100kmより浅部)でも起こっていることが知られています。その証拠に、前弧の海底に蛇紋岩海山が形成されていることがあります。これは、スラブから水を受け取った上盤側のマントル(かんらん岩)が蛇紋岩化してできた地形です。この領域では、マントルに水が加わっても、マントルの温度が低すぎて溶けることはなく、蛇紋岩となってしまうのです。

 沈み込み帯の火山列はすき間だらけ

図2 東北日本の火山分布(Tamura et al., 2002より)

 ここまで、もっともらしい説明をしてきましたが、火山フロントである東北地方の火山列をよく見ると、不思議なことに気づきます。おおざっぱに見れば、たしかに海溝と平行に火山が並んでいるのですが、ところどころに火山のない領域があります。また、火山がある領域自体も、やや東西に広がりをもっています。
 日本の東北地方の火山分布をくわしく観察してみましょう。
 以前は、東北地方には那須火山帯と鳥海火山帯という2つの火山列があるとされていました(すくなくとも私が子どものころには、そう教えられたものです)。2つの大きな火山列が南北にのびていて、どの火山もいずれかの火山列に属している、というのが従来の考えでした。
 しかしよく見ると、火山が多く分布している領域とそうでもない領域とが混在しています。南北に(日本海溝と平行に)のびているはずの火山列はすき間だらけです。「2つの火山列」という見方を忘れて東北地方の火山分布を眺めると、異なる特徴に気づきます。火山の「空白域」と「密集域」が見えてくるのです。
 距離にして30km以上、火山のない空白域が9ヵ所あり、それらを境にして10個の火山グループが形成されています(図2)。隣り合う火山グループ間の距離はほぼ均等です。空白域は東西にのびています。この領域は、東北地方の太平洋側と日本海側をつなぐ交通の要衝になっています。
 まとめると、東北地方の火山は南北方向に分布しているというより、東西に分布しているととらえるべきでしょう。東西にのびる火山列が10本、一定の間隔を空けて南北に並んでいるのです。東北日本の火山は、海溝と平行な2つの列をつくっているのではなく、海溝と平行な大きな列の中にそれと直交する小規模な列がいくつもある、ととらえられます。
 つまり、沈み込み帯の火山列をよく見ると、海溝からの距離(つまりプレート上面の深さ)が等しいのに、火山がある場所とない場所があるというわけです。北米のカスケードやアリューシャンの火山においても火山の分布に空白域が存在しているので、沈み込み帯で共通の現象と考えられます。

 マントルウェッジ内の上昇流

図3 マントルウェッジの上昇流

 沈み込み帯の火山を形成するには、高温のマントルを深部から持ち上げる上昇流が不可欠です。東北日本の不思議な火山分布の鍵を握るのは、この上昇流(マントルウェッジ内の対流)にちがいありません。
 先に述べたとおり、プレートの沈み込みにともなってマントルウェッジの下部が下向きに引きずられ、その反動としてマントルウェッジ内部で上昇流が生じます。プレートの上面はおおよそ均質で極端な凸凹はないと考えられるので、上昇流はその面に沿って一様に発生するとされていました。すなわち、マントルウェッジ内の上昇流は面状に生じるというイメージです。
 しかしこの考えは、東北日本の火山フロントがすき間だらけで、むしろ東西に広がっている事実と合いません。この点を重視したわれわれは、沈み込み帯の火山をつくるマントル上昇流について、新しい仮説を提案しました。
 われわれは、上昇流が面状ではなく、分岐して柱状になっていると考えました(図3)。その様子が人間の手の指のように見えることから、この考えを「ホットフィンガー仮説」と名づけました。
 マントルウェッジ内で10本の指状の上昇流が生じており、それらと東北日本の10個の火山グループとが対応しているというわけです。この仮説を採用すると、なぜ上昇流が柱(指)状になるのかという新たな謎が出てきますが、もっとも直感的な説明は、次のとおりです。
 面状に沈み込むプレートはリソスフェアで、上昇する上盤側の物質はアセノスフェアです。また上昇流は、比較的低温のマントルウェッジに高温のアセノスフェアを無理矢理貫入させるイメージです。アセノスフェアはリソスフェアに比べて高温でやわらかい岩石ですから、リソスフェアのように面状で上昇してくることができません。部分的に上昇した結果、抵抗を減らすために指状になるのです。
 また、それぞれの指が小規模な対流に対応しているという考えも提案されています。冷たい物質の中に熱い物質が挟まれるという構造自体が不安定で、対流を起こしているというわけです。上昇する熱いアセノスフェア(ホットフィンガー)の内部で、二次的に小規模な対流が生じているのかもしれません。

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『大陸の誕生 地球進化の謎を解くマグマ研究最前線』
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田村芳彦(海洋研究開発機構(JAMSTEC))
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