[2023_07_04_02]「風評被害はもう起きている」 処理水放出計画に水産業者は「漁業の未来を考えて」と訴える(東京新聞2023年7月4日)
 
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「風評被害はもう起きている」 処理水放出計画に水産業者は「漁業の未来を考えて」と訴える

 東京電力福島第一原発の汚染水を処理した水の海洋放出計画にIAEAが4日、包括報告書を公表したことで、夏ごろとされる放出開始が現実味を帯びる。政府は風評被害対策に力を入れるというが、漁業の現場では既に影響に苦しむケースも出ている。宮城県で水産業を営む男性は「風評被害はもう起きている。10年かけようやく落ちついたのに、また先の見えない状態に戻すのか」と強く反対する。

 ◆取引先から「水を流す前のもので」と注文

 6月23日、牡鹿半島・寄磯浜(宮城県石巻市)の目の前にある海産物の養殖加工販売「マルキ遠藤商店」の工場では、米国への今年の輸出40トン分のホヤの殻むき作業を終えていた。遠藤仁志社長(60)は従業員らに「来年はどれだけ注文が取れるか分からない…」と苦悩の表情を見せた。
 実は4月、米国の取引先から「今年の注文は、水を流す前のものでお願いします」と言い渡された。例年の出荷は6月半ば〜8月半ばごろだが、時期を早め五月から出荷した。今年の注文は例年と同じ40トンだが、来年以降は見えない。
 宮城県漁業協同組合によると、ホヤは2011年の東日本大震災前は、推計で年間約1万2000トンが水揚げされ、輸出の大半の7000トン超が韓国に出荷されていた。だが原発事故後、韓国などが輸入停止。やむを得ず大量廃棄した年もあった。寄磯浜のホヤの生産者は震災後、6割まで減少。津波で船や工場を失ったことや高齢化や後継者問題に加え、原発事故の影響で販売先を失い、事業を立て直せないまま去った人もいた。
 遠藤さんは大震災の大津波に流され、奇跡的に命が助かったものの、養殖棚だけではなく、船も工場も失った。一からやる決意をし、2億円の借金を抱え事業を再開した。輸出先を失ったホヤの新たな販路を開拓しようと渡米。16年に大型スーパーに出荷したが「産地が理由で大量に残った」と言われ、1年で終わった。米国への輸出再開は原発事故から11年がたった昨年。ようやく軌道に乗ったところだった。
 影響はホタテにも出ている。香港に1日約1トンを毎日のように航空便で送っていたが、昨年9月ごろ、取引先から「年内の出荷量を増やしてほしい」と注文された。通常の2〜4倍を出荷した後、今年に入り注文はぴたりとやんだ。「輸出先を失ったホタテが国内にあふれ、値段が暴落している。放出前からこれでは放出後はどうなるのか」。
 10年かかって震災前の売り上げ以上に盛り返したが、海洋放出で再び先行きは見えなくなった。「10年かけて輸出が再開し、日本全国に営業をかけて販売先が広がり、値段にも影響しなくなった。ようやくという今、なぜ流すのか」と悔しさがにじむ。海洋放出が始まれば、放出は30年以上続く見通し。「今だけ乗り切ればいいことじゃない。後継者はどうなる。漁業の未来を考えてほしい」(片山夏子)

 ◆放出反対署名3万3000筆を追加、25万筆超に

 宮城県漁業協同組合と福島、岩手、宮城の3県の生活協同組合連合会は4日、処理水の海洋放出に反対する約3万3000人分の署名を7日に東電と経済産業省に提出すると明らかにした。既に提出済みの分と合わせ、計約25万4000人分となる見通し。
 署名では、処理水が海洋放出されれば東日本大震災からの復興の努力が水泡に帰すとして「海洋放出をせず、国民の理解が得られる別の方法で処理を」と求めた。
 全国漁業協同組合連合会(全漁連)は6月22日の総会で「処理水の海洋放出に反対であることにはいささかも変わらない」とする特別決議をしており、反対の姿勢を崩していない。(小野沢健太)
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