[2023_03_20_03]WEB特集 現地ルポ フィンランドで見た「原発」との向き合い方(NHK2023年3月20日)
 
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WEB特集 現地ルポ フィンランドで見た「原発」との向き合い方

 「原子力の安全に対する取り組みで見るべき国がある」。
 福島第一原発事故の検証の取材を続ける中で専門家たちから名前が挙がった国は、人口およそ550万人の小さな国だった。

 北欧・フィンランド。
 “原子力大国”として知られるアメリカやフランスに先駆けて新型炉「EPR」の建設にも着手した。
 サンタクロースやオーロラで知られるこの国は「原発」とどのように向き合ってきたのか。現地取材とキーマンたちへのインタビューで迫った。
(プロジェクトセンター 笹川陽一朗)

 福島第一原発事故から12年 「原発」をめぐる流れは変わった

 12年前に起きた、東京電力福島第一原発事故。
 1号機が爆発したとの一報を耳にしたとき、私はNHK仙台放送局に所属、市内で東日本大震災直後の緊急報道に当たっていた。
 「福島第一原発の状況がわかるまでいったん屋内に退避すること」
 原発から100kmも離れていない仙台で感じたあの時の焦りや不安を覚えている。 福島第一での事故の後、世界中で原発への依存を減らしていく動きが加速した。
 しかし現在、ウクライナ情勢に端を発したエネルギー危機や温暖化対策を背景に原発の役割を再評価する国が増えてきている。
 日本でも、昨年、原子力を巡る流れは変わった。8月、岸田総理大臣は「再稼働」「運転期間の延長」に加え、事故後初めて「次世代の原子炉の開発や建設」を検討することを表明した。
 世界に目を向ければ、日本に先駆けて、「新型炉」と言われる原発の建設が各国で行われている。
 その一つが「EPR(ヨーロッパ加圧水型原子炉)」と呼ばれる原子炉。最初に着工したのは2005年のフィンランドだった。
 いったいどんな原発なのか。
 また国民はどう原発を受け止めているのか。
 取材に向かった。

 ヘルシンキ空港で目にした“原発広告”

 フィンランドの玄関口ヘルシンキ空港。空港内を歩くと目立つ広告が目に入る。
 「Our nuclear power plants=私たちの原子力発電所」
 国の玄関口での「原発広告」に驚く。
 原子力だけではない。ヘルシンキ中央駅から3kmの場所には火力発電所もある。
 この国では日常の風景に「エネルギー」が身近な話題になっていると感じた。
 トラムが町中を行き交い、公共バスも一部電気で走るヘルシンキで原発に対する考えや、福島原発事故について聞いてみた。

 「福島で何が起こったのかをよく知っています。しかし、日本は地理的にも地震の危険性があります。フィンランドの原発は安全だと信じたい。非常に安定した地盤があるからです。(60代・女性)」
 「私は原子力について中立な立場ですが、フィンランドの原発はかなり安全だと思います。一方で、放射性廃棄物の問題はある。それは重要なポイントです。(70代・男性)」

 私が驚いたのは、“原子力についての基礎知識の高さ”。話を聞いた全ての人たちは、国内の原発の「名前」や「立地地域」さらには「稼働年数」などについて当然のように知っていた。
 国の電力需要の3分の1以上を原発で賄っているフィンランド。現在、70年代から80年代にかけて運転を開始した4基の原発が稼働している。
 世論調査を調べてみると、1986年に起きたチェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故の後、10年以上は原子力に対する否定派が多かったが、1990年代後半には肯定派が逆転。
 福島第一原発事故の後もその傾向は継続。
 この数年でさらに肯定派の割合は増加し、最新の世論調査では、肯定派は60%に達する一方、否定派は10%程度にとどまっている。

 最新型原子炉・EPR 自動で働く安全システムとは

 ヘルシンキから、西へ直線距離で220kmあまり。オルキルオト島に建設された新型炉「EPR」へ向かう。
 この距離は実は東京から福島第一原発までの距離とほぼ同じである。
 EPRの設計はこれまでの原発と何が違うのか。ビジターセンターを訪れると、原発内部の詳細な模型が展示されていた。
 EPR最大の特徴は、安全設計にある。
 航空機落下にも耐えられるとする格納容器。
 さらに、「メルトダウン」した核燃料が原子炉を突き破ることを前提に、それに対応する装置として「コアキャッチャー」を設置した。
 その仕組みを見てみる。
 EPRでは、原子炉の底から溶け落ちた核燃料は、緑色の部分の高い耐熱性を備えた道を通り、その先の部屋に誘導される。
 その後、大量に注がれた水が循環。上からも下からも核燃料を冷却する。
 その結果、格納容器の圧力上昇を抑え、放射性物質を内部に閉じ込める狙いだ。
 最大の特徴は、これら一連のシステムが、人の判断や電気を必要とせず、重力などの自然現象を利用し、自動で動く設計だ。
 事故が起きた際、運転員など人が対応できない事態に陥ることがあるという前提にたって作られている。

 厳格なフィンランドの原子力規制

 このコアキャッチャーは世界の原発で初めて取り入れられる設備だ。そのため、十分な性能が担保されているか、規制機関は審査を行わなくてはならない。
 フィンランドの原発の規制を担うSTUK(放射線・原子力安全センター)で原子力安全を担当する部門を訪ねた。
 今回、原子炉・安全システムを担当するエレン・ヒーテンキビさんにインタビューをすることが出来た。
 実は、この「コアキャッチャー」、フィンランドで新たに作る原発では必要な“性能“なのだという。

 STUK エレン・ヒーテンキビさん
 「フィンランドでは福島第一原発事故の前から、原子炉から溶け落ちた高温の核燃料を冷却し安定させることを要求事項としてきました。それは、放射性物質の屋外への放出を最小限に抑えるためのものです。その点、コアキャッチャーは自動で動く仕組みであるため、ヒューマンエラーのリスクはなく、より良い解決策と見なされています」

 核燃料が溶ける事態。これは原子力の分野では「シビアアクシデント」という。
 この事態に対する備え方が、福島第一原発事故にいたる前から、日本とは大きく違っていた。
 スリーマイル島原発事故(1979年・アメリカ)、チェルノブイリ(チョルノービル)原発事故(1986年・旧ソビエト)が起こっても、日本ではシビアアクシデント対策は電力会社の自主対策に委ねられ、規制機関の審査事項ではなかった。
 一方のフィンランドでは、スリーマイル島原発事故を受けて、3年後には規制機関からシビアアクシデントに対する規制要件が出されていた。

 STUK エレン・ヒーテンキビさん
 「新たに建設する原発に対する最初の規制要件は、1982年に出されました。その後も議論は続き、1986年のチェルノブイリ事故後、フィンランド国内のすべての原子力発電所、つまりすでに運転していた原発に対してもシビアアクシデント管理戦略を策定するよう求めたのです。そのため、すべての原発で過酷事故(シビアアクシデント)管理戦略の策定が義務付けられ、規制機関がそれを審査することになりました」

 「YVL」と呼ばれるSTUKが作成した規制基準。その中に、事故が起こった際の放射性物質の総放出量の規制も定められていた。
STUK エレン・ヒーテンキビさん

 「フィンランドの原子力法令では、福島第一原発事故の前から、原発から放出される放射性物質によって、『土地や水域に急性健康被害や長期的な制限があってはならない』と定めています。ですから、セシウム137に換算して100テラベクレル以下、に制限されています。つまり、セシウム137の100テラベクレル規制は、原子力発電所から半径5km圏外の人々を避難させる必要はないという哲学に基づいているのです。また、住民に急性的な健康被害があってはなりません」

 この法律は1991年にすでに施行されていた。チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故の5年後である。
 原子力の安全規制に対して、根本原則となる「哲学」という言葉を使っていたことが印象に残った。
 さらに、放射性物質の大量放出に至る発生確率も低く抑えるように要求していた。
 「大規模放出頻度」(=放射性物質の大規模な放出に至る事象の発生確率)についての規制について聞くと、新たに建設される原発に対して求めているのは、「大規模放出頻度」のリスクを年間200万分の1回以下に抑えること。
 これは多くの国が年間100万分の1以下と規定する中、2倍厳しい基準となっている。

 既存の原発にも常に“改善“を要求

 この要求は新たに建設される原発にだけ求めているわけではない。
 すでに稼働しているいわば“古い”原発に対しても、こうした基準を達成する努力を継続的に行うよう求めている。
 フィンランド南部にあるロヴィーサ原発。福島第一原発と同じく1970年代に運転を開始した。
 この原発は旧ソビエトの設計。STUKは放射性物質を閉じ込めるための格納容器に脆弱性があると指摘した。
 しかし、巨大な構造物である格納容器の改修は容易ではない。
 それでも電力会社は、大規模な改修を決断。
 数十億円を投じ、2003年にかけて工事を行った。

 「格納容器の性能が十分でなければ、溶け落ちた核燃料を原子炉にとどめることができるようにすればいい」

 そう考えた技術者たちは新たな設計に着手した。
 そして生み出したのが、IVR(In Vessel Retention=炉心溶融デブリ炉内保持)と呼ばれる設計。
 原子炉の下半分をワインクーラーのように水に浸し、冷却。核燃料が溶けても原子炉から格納容器に漏らさない設計に変えた。
 この斬新な設計はどこかの原発を参考にしたのかと尋ねると、「自分たちの発電所が世界で最初に取り入れた設計です。私たちはそれをとても誇りに思っています。その後、アメリカで開発された新しい原子炉(AP1000)にもこの設計が取り入れられました」
 こうした取り組みの元になる安全への基本的な考え方も語った。

 Fortum社 ミカ・ハーティさん
 「私たちにとってのIVRは『車のエアバッグ』と同じです。つまり、事故の際、原子炉に水を注入することができれば、炉心溶融を防ぐことができますし、それが私たちの第一の目標です。しかし、万が一それが失敗した場合、溶融した核燃料を原子炉内に留めておく。そのためのバックアップ、つまり『車のエアバッグ』を私たちは用意したのです」

 ロヴィーサ原発はIVR導入後も毎年対策を重ね、事故の発生確率がこの20年で30分の1に減少。
 しかし規制機関STUKは、現在の対策だけでは、決して十分だとは考えていないという。

 STUK エレン・ヒーテンキビさん
 「フィンランドでは、すべての原発で継続的な改善が行われています。原発をより安全にできる技術があるのならば、それは実行すべきです。継続的に安全性を更新し、改善を行っていく。それが私たちの原発利用の基本原則です」

 東京電力は去年10月、このFortum社と原子力分野に係る情報交換協定を結んだ。
 Fortum社が持つ、設備の維持管理におけるリスク情報の活用や経年劣化の評価手法など、海外から得られた知見を踏まえ、原子力発電所の更なる安全性、信頼性の向上に努めたい、としている。

 原発の近くで暮らす住民は

 こうした規制機関や電力会社を住民はどのように考えているのか。
 オルキルオト原発からおよそ10kmの場所で、小麦などを栽培する農家のティモ・アンティさんに話を聞くことが出来た。
 ティモさんも福島第一原発の事故について関心を持ち自ら情報を集めていた。

 ティモ・アンティさん
 「福島第一原発では、津波に対する備えがなかったのです。例えば、予備電源が十分ではありませんでした。予備電源が足りず、水浸しになってしまい、電源がないために原子炉を冷却できなかった」

 近くの原発から放射性物質が放出されれば、農業に大きな影響がでる。そのため、ティモさんは、日常的に原発を気にかけ、情報収集を行っている。
 取材に訪れた日はオルキルオト原発での試運転開始が迫っていたため、ティモさんは電力会社のWEBサイトで更新される情報を確認していた。

 ティモ・アンティさん
 「電力会社は、私たち市民のために情報を提供することにとてもオープンです。もちろん、原発に反対している人もいます。しかしそれは普通の自由社会では当たり前のことで、人は自分の意見を持たなければなりませんし、それはそれでいいのです」
 実は、EPRは建設のトラブルが続いている。2005年に着工され、2009年には完成予定だったが、その後トラブルが続いた。
 建設費も当初の予定を大幅に上回っている。
 18年の建設期間を経て、ようやく今年営業運転開始をめざし、現在試験運転中だ。
 実は、私たちもEPR内部の取材が出来るメディアツアーに参加できる予定だったが、予想外のトラブルの影響でメディアツアーは延期。
 新たな原子炉を建てることの難しさを垣間見た。

 原子力規制のキーマンからのメッセージ

 今回のフィンランドの取材でどうしても話を聞きたい人物がいた。かつて規制機関STUKの長官を長く務めたユッカ・ラクソネン氏。
 福島第一原発事故後は日本に招かれ、安全に関する規制の考え方について講演を行うなど、原子力安全の分野では世界的に知られるキーマンの一人だ。

 STUK元長官 ユッカ・ラクソネン氏
 「私たちの哲学は、安全性を可能な限り高くすることです。もちろん、絶対的な安全性を保証することはできません。しかし、いくつかの弱点があり、それらは修正されなければなりません。発電所内部から発生する可能性のある事象だけでなく、地震や大火災、その他の外部災害も考慮する。そして、その要件は常に変更が必要です。例えば、9月11日にニューヨークの世界貿易センタービルに飛行機が衝突した後、私たちは建設予定の発電所「オルキルオト3」に飛行機が衝突しても原発を守ることが可能な要件を規制として設けることにしたように」

 ラクソネン氏は、西ヨーロッパ18か国の規制機関で構成されるWENRA(西欧原子力規制者協会)でもトップを務めた。
 その際に、新たに建設する原発に対し、各国で共通する安全目標を2009年に定めた。
 その中には、「住民の恒久的な移住を避け、原発の近くに住む人以外は緊急避難も必要ない」という文言が書かれている。つまり、チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故や福島第一原発事故のような長期の住民避難を引き起こさないための安全設計を求めているのだ。
 一旦事故が起きると、甚大な被害をもたらすのが原発事故だ。
 この文書は、原発を利用する国の覚悟を問いかけている。

 STUK元長官 ユッカ・ラクソネン氏
 「チェルノブイリ事故の後、安全文化の重要性が強調されるようになりました。メルトダウンが起きても、人々に生活を続けてもらうためです。各国の規制機関のトップの間で、意見の相違はありません。原発の安全性を共に向上させていかなければならないという雰囲気と姿勢があります。これまで起きた事故と同様の事故が起こる可能性は排除されています。しかし、将来、何が起こるかは分からないのです」
 「絶対的な安全はない」
 「将来何が起こるかわからない」
 シンプルだが、規制機関の元トップの言葉は原子力発電所を扱う上での最も重要な考えを伝えてくれた気がした。

 取材を終えて
 今回の取材まで私はフィンランドが“原発先進国”というイメージを持っていなかった。
 現地取材を通して「ゴールはないという前提に立って、安全性の継続的な向上を行うという姿勢がなければ、国民の納得は得られない」という規制機関や電力会社の強い意志を感じた。
 日本は福島第一原発事故を経て、どんな覚悟を持って、原発と向き合っていくのか。参考にすべき諸外国の取り組みは少なくない。

プロジェクトセンター
笹川陽一朗
東日本大震災発生時に仙台局にて勤務
おはよう日本、社会番組部を経て現所属
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