[2023_02_10_10]「長周期地震動」の発表基準追加で何が変わるのか(島村英紀2023年2月10日)
 
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「長周期地震動」の発表基準追加で何が変わるのか

 気象庁は2月1日から「長周期地震動」の予測を緊急地震速報の発表基準に加えた。
 知られたのは最近だが、地震学者の間では長周期「表面波」の名が通っている。普通の地震波のように三次元的に伝わるのではなく、二次元の地表面だけを伝わる波だ。三次元は距離の3乗で小さくなるが、二次元は距離の2乗で小さくなる。この違いのために、遠くでも減衰が少ない。長周期地震動は普通の地震波よりは遅く来る。
 東日本大震災(2011年)のときには大阪府の洲(さきしま)庁舎(55階建)で天井が落ちたり、床に亀裂が入り防火戸が破損するなど360ヶ所もが損傷した。エレベーター5時間近く人が閉じこめられた。エレベーターを支えるワイヤロープがからまって翌日にも8基が復旧しなかった。震源から800キロメートルも離れたところだ。
 じつは関東大震災(1923年)以来、日本のビルの高さは百尺(31メートル)に制限されてきた。だが、その建築制限が1963年に撤廃されてから日本の多くの都市に高層ビルが建ち並ぶようになっている。咲洲庁舎は、もともとWTCビルとして建てられたものだが、そのひとつだ。
 新潟県中越地震(2004年)でも東京の被害は特異だった。ほとんどが震度3だった東京でも、思いもかけなかった被害が出て青くなった関係者がいた。港区にある54階建ての超高層ビルのエレベーターを吊っているメインワイヤーが切れてしまったのだ。鋼鉄製のワイヤロープは直径1センチもある。幸い、エレベーターは非常ブレーキで止まって、大事故にはならなくてすんだ。マグニチュード(M)は7にも満たず、震源からの距離は250キロも離れていた。
 恐れられている南海トラフ地震が起きたときには、東京の高層ビルの上部は振幅5メートルもの揺れになる予想がある。そんなに揺れたらビルはたとえ倒壊しなくても中にいる人々はコピー機やロッカーなど重い家具に潰されてしまうだろう。
 気象庁が「長周期地震動」の予測を緊急地震速報の発表基準に加えたのは民間にゲタを預けたことになるのではないか。
 緊急地震速報で長周期地震動を伝えるとき、震源が遠いと長周期地震動は普通の地震波よりは遅く来る。揺れ始める前に情報が届くので、エレベーターを最寄り階に停止させたり館内にアナウンスしたりする安全対策が取れるはずだ。だが、そもそも速報に人々がビルから逃げだすだけの時間的な余裕はない。
 超高層ビルの管理運営に当たる不動産会社では一応の対応を進めている。たとえば独自のシステムを導入して長周期地震動の揺れを検知した段階でビルに設置した地震計の観測データから、建物に損傷がないかや、どの階が大きく揺れたかをすぐに知ることができる。
 むろんビルの防災センターから音声や画面で知らせる仕組みはあるが、ビル本体の損傷の確認が主で、中にいる人々は二次的にしか考えていないのではないだろうか。
 根本的には、ビルの設計のときにどのくらいの地震波が来るか知らないまま、多くの高層ビルが作られてしまっているのが心配なことである。
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