[2022_12_10_02]原発事故の除染土「後始末が家の目の前で…」 新宿御苑、所沢、つくばで福島県外再利用の計画浮上(東京新聞2022年12月10日)
 
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原発事故の除染土「後始末が家の目の前で…」 新宿御苑、所沢、つくばで福島県外再利用の計画浮上

 東京電力福島第一原発事故の後始末について重要な動きが出た。除染土再利用の実証事業を福島県外で初めて行う計画だ。県内で中間貯蔵する除染土を再利用で減らすというのが環境省の言い分で、16日に埼玉県所沢市内、21日に東京都新宿区内の事業について説明会が予定され、他地域でも実証事業が取り沙汰される。これらの地域で再利用が浮上したのはなぜか。汚染拡散につながる再利用を安易に進めていいのか。(特別報道部・岸本拓也、中山岳)

 ◆地元住民から困惑の声 市役所は前のめり

 所沢市にある西武新宿線の航空公園駅から10分ほど歩くと、防衛医科大学校に隣接する角地に見えてきた。除染土再利用の実証事業が計画される施設の一つ、環境調査研修所。大通りを挟んで西側には、住宅街が広がっていた。
 地元住民は今回の計画をどう受け止めているのか。
 「えっ、うちの目の前じゃないですか」。研修所の向かいに暮らす50代女性は困惑気味に声を上げた。「ニュースで、所沢で何か実験すると聞いた記憶はあるけど…。もう決定なんですか?絶対反対というわけじゃないけど、分からないことだらけで、何とも言えません」と漏らした。
 この研修所は、環境保全に関わる人材育成に使う環境省の施設だ。実証事業の計画は6日、西村明宏環境相が会見で説明した。施設内の芝生の造成に除染土を使い、安全性を確認する。
 研修所から徒歩数分の距離にある市役所にも足を運んだ。面会に応じた環境クリーン部の並木和人部長は受け入れに前向きだった。
 「除染土の再利用は、福島だけでなく全国的な課題だ。住民の安全安心の確保を大前提に協力したい」。今年6月に環境省から市に打診があり、協議を続けてきた。「当然、市長にも相談した上で進めている」
 その藤本正人市長。市のサイトで「市長を志した原点は、東日本大震災と原発事故」と書くほど、強い思い入れがあるようだ。
 震災翌年の2012年、「震災を経た今、我慢が必要」と中学校のエアコン設置を中止する方針を打ち出したこともある。その後、反対多数となった住民投票などを受けて方針を撤回したが、市政を知る関係者は「批判をいとわず、わが道を行くタイプ」と評する。
 今年8月には、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体のイベントに出席していたことを明らかにし、「反省はそんなにしていない」「私の性格上、もう行かないとは言えない」と話して物議を醸した。

 ◆住民説明会は50人限定 多くの住民が知らないまま

 除染土再利用の実証事業を巡っては、説明不足が目立っているようだ。
 環境省は今月16日夜に研修所内で住民説明会を開く予定。そこで事業の詳細が初めて明かされる。しかし参加者は近隣住民50人限定で、事前登録制。説明会の案内は市が担ったが、地域の掲示板28カ所に案内文を張っただけだ。
 地元の男性(81)は「説明会なんて知らない。掲示板なんて普段見ないよ」。別の女性も「てっきり市の広報紙で案内されるかと思っていた」と話した。住民10人ほどに聞いたが、説明会の案内が掲示板にあることを全員が知らなかった。
 実証事業の計画が明るみに出てから、市には約40件の問い合わせがあり、大半が否定的意見だったという。地元で反基地運動を続け、政府や市に対峙してきた杉浦洋一さんは言う。
 「国の事業であっても、市は市民の意向を確認してから対応すべきなのに、よく知らせないまま進めている。市民の声を聞かずに、なし崩し的に進めるのではエアコンの時と同じだ」

 ◆福島でも地元反発で頓挫 行き場をなくした除染土

 そもそもなぜ環境省は除染土再利用を試みるのか。
 福島県の中間貯蔵施設(双葉町、大熊町)は2015年から除染土の搬入が始まり、その量は約1400万立方メートルに上る見込みだ。政府は両町のために45年までに県外で最終処分するとしている。再利用で量を減らし、最終処分を進めやすくするというのが環境省の描く道筋だ。16年6月には1キロ当たり8000ベクレル以下の除染土を再利用する基準を示した。廃炉原発で出た資材の再利用基準(同100ベクレル)より相当緩い。
 だが、再利用は軌道に乗っているとは言い難い。
 福島県内では、二本松市で市道の盛り土工事に使う計画が住民の反対で頓挫。南相馬市では盛り土を造り、浸透水の放射能濃度の測定などをしたが、常磐道工事での再利用計画は地元の反発で具体化しなかった。今は飯舘村で農作物の栽培実験が進められるのみだ。信州大の茅野恒秀准教授(環境社会学)は「国民から広く合意を取ることは難しく、実証事業も行き場がないのが実情だ」と語る。
 それでも環境省は8月、福島県外で実証事業を実施する方針を出した。予定地には所沢市の環境調査研修所に加え、環境省の関連施設である新宿御苑(東京都新宿区)が挙がり、国立環境研究所(茨城県つくば市)も取り沙汰される。環境省の担当者は「一般の人が立ち入らない場所でスペースもあることを考慮した」と説明。実証事業では花壇、芝生広場、駐車場などを造り、周辺の放射線量の変化などのデータを集める。

 ◆所沢、つくば、新宿御苑…国との縁が深い場所で

 所沢は戦前に陸軍飛行場、今は米軍通信基地が立地し、安全保障政策と関わりがある。つくばの方は学術都市の顔を持ち、国と縁深い研究機関も目立つ。新宿御苑といえば首相主催の「桜を見る会」の会場だった。
 国とのつながりが国主導の除染土再利用との関係を想起させなくもないが、先の茅野さんは「環境省と関わりがある施設だと、実証事業もやりやすいということでは。裏を返せば、そこでしかできないということではないか」と推し量る。その上で「周辺住民を含めてどこまで合意を取るかもはっきりせず、出口を見いだせないまま突き進もうとしている」と危ぶむ。
 その一方、実証事業の計画が発表された新宿御苑の地元、新宿区の担当者は「環境省が責任を持って住民に説明して理解を得るべきだ」と静観の構えだ。
 環境省の前のめりぶりについて、福島原発事故の問題を取材し続けるフリーライターの吉田千亜さんも「住民の思いを二の次にして話を進めようとしているのではないか」と疑う。
 こうした国の姿勢は、福島の浜通りで進む復興事業とも通じるという。現地では復興庁がロボットやドローン、放射線科学などの産業を集めた「福島国際研究教育機構」を来年度にも発足させる。扱われるのは軍民両面で利用可能な「デュアルユース」技術も多い。
 「表向きは復興の名目で、経済界とその意をくむ一部の研究機関の思惑が先行していないか。除染土再利用も含めて地元に十分な説明もなく国策が進み、住民が置き去りにされている」
 「30年中間貯蔵施設地権者会」の門馬好春会長(65)は「再利用という聞こえの良い言葉を使い、本来は1か所に閉じ込めるべき除染土を各地にばらまこうとするのは論外だ。原発の再稼働と同じく、福島の事故から時間がたって何をしても許されると思わせるような国の動きが目につく」と批判し、こう続けた。
 「そもそも除染土の最終処分は、事故を起こした東電がまず責任を負うべきだ。例えば東電の土地に除染土の凝縮を図り、資金や人手など足りない部分を国が肩代わりすることを検討すべきだ。こうした処分法については、日本全体の問題として国民に開かれた場で議論を進めてほしい」

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◆デスクメモ
 除染土は事故の原因者が後始末すべきだ。しかし環境省は再利用の名の下、各地に持ち込もうとする。事故前の基準は顧みず、かなりの汚染が残っても利用できる制度にし、野菜栽培の実証事業も行う。乱暴な話は首都圏に迫る。各紙は十分報じたか。W杯に気を取られる場合ではない。(榊)
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