[2022_09_26_05]原発回帰で最も心配なのは安全性 恐ろしいのは東電の安全を後回しにする体質(アエラ2022年9月26日)
 
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原発回帰で最も心配なのは安全性 恐ろしいのは東電の安全を後回しにする体質

 2022/09/26 08:00
 岸田政権は原発の新増設検討など「原発回帰」の方向性を鮮明にした。2011年の東京電力福島第一原発事故以来の大きな政策転換だ。だが、数々の問題があり、専門家からは厳しい声が聞かれる。AERA 2022年9月26日号の記事を紹介する。

 「あらゆる対応を採ってまいります」
 岸田文雄首相は8月24日の第2回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で、原発回帰を進める方針を明らかにした。東京電力福島第一原発事故から歴代政権は原発依存度を下げると言ってきたが、首相は新増設にまで言及し大きな転換点となった。
 柱は二つある。一つは、すでに再稼働している10基に比較的手続きの進んでいる7基を加え、計17基の再稼働を進めること。これは今後数年間の危機克服のためと説明した。二つ目は、さらに長期的にも原発利用を続けるため、新型炉の新増設や既設炉の運転期間の延長にも踏み込んだ。
 東電のエリアでは3月に電力の需給逼迫警報が発令されるなど、電力の余裕がない状態であるとされている。液化天然ガスの輸入価格高騰などから電力料金の値上げも続き、東電管内の標準的な家庭では1年前と比べて約3割も高い。菅義偉・前首相が宣言した2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出ゼロ)の実行のためにも、原発が不可欠だというのだ。

■ロシアの天然ガス提供問題、言いやすい状況と判断

 「電気事業連合会や日本経済団体連合会など、古い産業の方々を中心とした業界の要請を受けた自民党議員からの圧力で、そのうち表明するとは思っていた。原発を推進すると言い出せば支持率に響くので強い安倍政権でもできなかったが、燃料の高騰やロシアの天然ガス供給問題を見て、言い出しやすい状況になったと判断したのだろう」
 こう説明するのは、北村俊郎さんだ。北村さんは東海第二原発(茨城)などを運営する日本原子力発電の理事・社長室長などを歴任し、「原子力村中枢部」の振る舞い方を知悉している。
 「再稼働だけでなく、ついでにこの際、新型炉まで言ってしまおうということにしたのだろう。ショックが1回で済むから。原子力産業を維持しなければいけない、このままでは死に絶えてしまうという業界の声に応えて、新型炉の開発と言えば、最低限の開発体制は維持できて、メーカー、電力会社、研究所に『お仕事』が発生する」
 東電原発事故の時には、全国に54基の原発があった。事故後は、安全対策の強化が経済的に見合わない、技術的に難しいなどの理由で古い炉を中心に21基が廃炉になった。
 残る33基のうち、現在、再稼働しているのは10基だ。事故前の10年度には原子力が25%の電気を作っていたが、20年度は4%にすぎない。
 首相が再稼働に向け「あらゆる対応を採る」とした7基は、避難計画の実効性があるかの確認や地元の同意を得る段階になっている。しかし東京圏に電力を送りやすい東海第二原発や、柏崎刈羽原発(新潟)6、7号機の再開は政府の思惑通りに進むとは思えない。
 東海第二原発は避難計画に実効性がないとして、21年3月に水戸地裁が運転差し止めの判決を出している。首都圏に最も近く、30キロ圏内の人口が94万人と最も多い原発でもある。
 「突然、来年の春とか夏とか(に再稼働)という話にはちょっと難しい」
 首相の指示の翌日、茨城県の大井川和彦知事は会見でそう話した。
 柏崎刈羽原発はテロ対策の不備が見つかり、原子力規制委員会が21年4月に再稼働の準備を事実上禁じる命令を出しており、これが解除されない限り再稼働はできない。同原発の稲垣武之所長は岸田発言の翌日、こう述べた。
 「我々としては再稼働の時期などを申し上げられる段階ではない」
 北村さんは言う。
 「説明会の回数積み上げと交付金や基金をてこに交渉するといった今までの方策が通用するとは思えない。当面の対策は、大口の需要家に万一の場合の生産停止の予約や、企業の自家発電を回してもらえるような、綿密な需給調整計画をたてておくしかない」
 原発回帰で最も心配なのは安全性だ。福島第一原発の事故で335平方キロは今も帰還困難区域となっている。
 事故の後始末も困難だ。溶け落ちた核燃料の取り出しでは、建屋全体を水没させる新工法が9月3日に提示された。一部冠水->水没させず空気中で->建物全体水没、と工法さえ定まらず、廃炉は迷走を続けている。「30年後の廃炉」という政府や東電の宣伝を本気で信じている専門家はいないだろう。
 東電は事故前に津波のリスクに気づいていた。当時の規制当局(原子力安全・保安院)もそれを知っていながら原発推進の経済産業省に忖度し、きちんと審査していなかったことが裁判で明らかになった。安全を後回しにする巨大組織の体質が今も変わっていないように見えることが、一番恐ろしい。
 さらに、軍事攻撃の対象とされると非常にやっかいなことも、ウクライナの原発で世界に暴露された。頻繁にミサイルを発射している北朝鮮に面した日本海側に、10基以上の原子炉を並べることのリスクは小さくない。(ジャーナリスト・添田孝史)

※AERA 2022年9月26日号より抜粋
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