[2022_07_18_01]世界に衝撃を与えたロシア軍の原発攻撃、露呈した「防衛は不可能」という現実 「再びの惨事を覚悟した」チェルノブイリ(47NEWS2022年7月18日)
 
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世界に衝撃を与えたロシア軍の原発攻撃、露呈した「防衛は不可能」という現実 「再びの惨事を覚悟した」チェルノブイリ

 ロシア軍は2月のウクライナ侵攻初日、1986年に大事故が起きた北部のチェルノブイリ原発を制圧し、3月には南部にある稼働中のザポロジエ原発を攻撃した。世界に衝撃を与えた暴挙は、武力攻撃を想定していない原発防衛の限界をあらわにした。ロシア軍撤退後のチェルノブイリ原発敷地で、1カ月を超える占領の跡を取材した。原発から半径30キロの立ち入り制限区域内で働く男性は「再びの惨事を覚悟した」と語った。(共同通信=日出間翔平)

 ▽鏡に残された「Z」の文字

 背の高い針葉樹が両脇に並ぶ一本道を進むと、巨大な鋼鉄シェルターに覆われた建物が正面に見えてきた。ソ連時代に爆発事故があった4号機だ。
 チェルノブイリ原発は4基全ての原子炉が2000年までに稼働を停止したが、使用済み核燃料の保管が続いている。5月31日、関係当局の許可を得て制限区域内に入った。
 3月末にロシア軍が撤退した後、制限区域内には検問所がいくつも設置された。武装したウクライナ兵が停車を求め、トランクの中まで調べる。取材に同行した原発の管理局職員によると、最近もロシアの当局者が原発まで約10キロ圏に侵入し、拘束される事件が起きた。
 4号機のそばでは、持参していた放射線量計の数値が毎時2マイクロシーベルトを超えた。南に100キロほど離れた首都キーウ(キエフ)の約20倍に相当する。管理局職員は「ロシア軍の兵士や装甲車はこの辺りまで来ていた」と説明した。
 敷地内の放射線量を計測する施設はドアが破壊され、測定器やコンピューターが略奪された。机や床には大便が残っていたという。職員のミコラ・ベスパリーさん(58)は「まるで動物だ」と憤った。別の施設の壁に掛けられていた鏡には、ロシア軍の象徴とされる「Z」の文字がスプレーで書かれていた。
 制限区域内では「ドーン」というごう音が時折響く。ロシア軍が埋めた地雷を爆破処理しているという。ベスパリーさんは「福島大学の支援で設置された施設もあるが、地雷のせいで近づけずにいる」と話した。

 ▽原発は「人質」

 「制圧まではすぐだった」。制限区域内のインフラ管理を担当する公務員オレクサンドル・スキルタさん(48)が2月24日の侵攻当日を振り返った。早朝に空襲警報のサイレンが鳴り、緊急事態の連絡を受けた。午前10時半ごろには、ロシア軍の車両が区域内に入ってきた。
 ロシア部隊はベラルーシ国境から南下し、キーウに向かう途中にある原発を首都攻略作戦の拠点とする目的があったと指摘されている。
 原発の周辺には銃を携行する警備員がいたが、激しい交戦は起きなかった。スキルタさんは「戦闘になれば事故につながると誰もが分かっているからだ」と話す。原発は明け渡されるようにロシア軍の手に落ちた。
 ロシア軍の占領下で、原発敷地や制限区域内には数百人の職員が残った。「(原発は)アパートじゃない。鍵をかけてすぐに出て行くわけにはいかない」とスキルタさん。原発が「人質になったと感じた」。
 ロシア兵は放射線量を書き込む用紙を持たされていたが、原発に関する知識は乏しく、恐れる様子もなかったという。86年の事故で特に放射能汚染が深刻だった「赤い森」と呼ばれる地域で塹壕を掘った。15年以上チェルノブイリ原発を取材してきたウクライナ人ジャーナリスト、リュドミラ・ボグンさん(52)は「考えられない行動」とあきれる。

 ▽銃か放射線で死ぬ

 ロシア兵は制限区域内に住む人に対し、威圧的に振る舞った。「ここに人が住んでいるなんて聞いていない」と話す兵士もいたという。区域内に住み込みで働くスキルタさんは当時「ロシア兵の銃か、放射線か。どちらかで死ぬのだろう」と考えていたと語った。
 ロシア軍はチェルノブイリ原発に続き、欧州最大級の規模を誇り、運転中だったザポロジエ原発も制圧した。事故もあり得たと話すスキルタさんに「どうすれば守れたと思うか」と尋ねた。スキルタさんは、いら立ったような声で答えた。「攻撃対象になれば完全に守るのは不可能だ。多くの原発がある日本の人なら分かるだろう」
 戦時の文民保護を定めたジュネーブ条約は、原発への攻撃を禁じている。国際社会は攻撃を非難しているが、スキルタさんは「違反に対応できないのなら、条約は紙切れだ」と憤った。
 36年前の事故では、放出された放射性物質が気流に乗り、欧州などの広範囲を汚染した。数十人が急性放射線障害で死亡し、数十万人が移住を強いられたとされる。当時、4号機の作業員だったワレリー・レペタさん(63)は嘆いた。「再び事故があれば、どれほど大変なことになるかを知っているはずなのに」
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