[2022_06_16_02]東電が原発事故で「初の謝罪」に追い込まれた事情 従来の方針を修正、6月17日に注目の最高裁判決 岡田広行(東洋経済オンライン2022年6月16日)
 
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東電が原発事故で「初の謝罪」に追い込まれた事情 従来の方針を修正、6月17日に注目の最高裁判決 岡田広行

 初めての謝罪は東京電力ホールディングスの姿勢の転換につながるのか――。
 東京電力福島第一原発事故で避難を強いられた福島県内の住民が東電に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁が東電の賠償責任を確定する決定をしたことを受け、経営幹部が6月5日、原告の住民に初めて謝罪した。
 同社の高原一嘉・常務執行役福島復興本社代表は同日、福島県双葉町で小早川智明社長名の謝罪文を原告らに手渡し、「心から謝罪いたします」などとその内容を代読した。

 「人生を狂わせた」と表現した東電

 東電はこれまで事あるごとに「ご心配とご迷惑をおかけしました」などと述べてきたが、過失に基づく法的責任を認めたと受け止められることを恐れ、一切の謝罪を拒み続けてきた。
 東電はこれまで、過失のあるなしにかかわらず一定の賠償額を支払ってきた。しかし、過失責任を認めた場合、国の原子力損害賠償法(原賠法)の無過失責任原則に基づく、従来の賠償額では不十分となり、上積みの必要性が明確になるためだ。
 東電の謝罪文では「皆様の人生を狂わせ、心身ともに取り返しのつかない被害を及ぼすなど(中略)心から謝罪します」などと、これまでにない踏み込んだ表現も見られる。原告団事務局長の金井直子さんは「(10年近くにわたった訴訟の)一つの区切りになった」と東電の謝罪を肯定的に受け止めた。
 一方、原告団長の早川篤雄さんは「私個人の思いとしては非常に複雑で、一言で表すことはできない。私の期待するところには至らなかった」と述べた。仙台高裁の控訴審判決文は、早川さんが代表を務める地元市民団体の度重なる要請を無視して津波対策をおろそかにしてきたことに言及したうえで、東電の不作為を「痛恨のきわみ」と表現するなど、東電の姿勢を厳しく批判している。
 原告弁護団幹事長の米倉勉弁護士も、「不十分な点として、東電が仙台高裁の判決を真摯に受け止めるという態度を示さなかったことがある。(具体的には)津波対策を先送りしたために、事故を発生させたという事実を(文面で)認めていないことがある」と述べた。東電の謝罪文では、原発事故について「防げなかった」と記述されている。
 小早川社長が謝罪の場に姿を見せず、経営幹部が代読したことについて、原告団副団長の國分富夫さんは「社長が謝罪に来ないというのは常識的には考えられない」と記者会見で怒りをあらわにした。

 東電はなぜ軌道修正したのか

 もっとも、判決が確定したケースであるとはいえ、「数多くの同種の訴訟が地裁や高裁で継続している時点での謝罪表明は異例とも言える」(小野寺利孝・原告弁護団共同代表)。
 建設アスベストやじん肺など数多くの公害訴訟で弁護団長を務めてきた小野寺弁護士によると、「それらの訴訟では(すべての訴訟に関して)全面解決の合意とともに謝罪が表明されているのに対して、東電はすでに賠償を払い過ぎているなどとして、後続の訴訟で争い続ける姿勢を示している。そのことが、今回の謝罪での東電の表現のあいまいさに現われている」という。
 不十分な内容ではあるものの、東電はなぜ従来のかたくなな姿勢を軌道修正し、謝罪表明をしたのか。
 理由の1つとして、高裁の判決文で厳しく批判されたことに加え、避難者訴訟の原告が避難指示区域に居住していた住民で構成されていることが挙げられる。
 原告は国の避難指示によって住む場所を追われ、今もなお、多くの人たちがふるさとに帰ることができない。避難生活が長引く中、廃炉作業を進める東電が地元住民の要求をないがしろにすれば、廃炉作業で必要な施設の設置や用地確保の同意取り付けなどをめぐり、県や地元自治体との関係が悪化しかねない。
 判決の確定を機に、地元自治体からも賠償問題の解決を促す声が出ている。福島第一原発が立地する双葉町は判決確定後の3月25日、原告への謝罪に加え、訴訟に参加していない住民を含む地域住民への一律の賠償額の上積みを東電に要請した。
 5月16日には大熊町など福島第一原発の立地町および周辺の4町長らが東電の小早川社長と面会。中間指針で定められた水準を上回る損害賠償を全町民に支払うことを求めるとともに、萩生田光一経済産業相には東電に追加賠償支払いなどの指導を要請した。福島県も国の指針に明記されていない損害への対応を含めた賠償の徹底を4月19日付けで東電に要求している。
 原発事故に伴う損害賠償のあり方については、環境法学や環境経済学の専門家などで構成される福島原発事故賠償問題研究会が現在の国の指針では不十分だとしたうえで、その抜本的見直しに向けての提言を6月8日に発表。賠償額の上積みや賠償対象区域の拡大の必要性があるなどと提言した。

 被害者救済は重大局面に

 東電は今回、判決が確定した訴訟のみならず、係争中のものを含む三十数件にのぼるすべての集団訴訟において、「原発の敷地高さに達するような津波の襲来は予見できなかった」とし、「取るべき対策を怠ってきた」との原告の主張を否定し続けてきた。賠償についても原賠法に基づき国の指針が定めた水準で十分であるとしてきた。
 これに対して、賠償内容や水準に納得できない被害者は、訴訟や裁判外紛争解決手続き(ADR)を通じて東電に賠償額の上積みを要求してきた。だが、訴訟は10年近くにも及び、ADRでも東電が和解案を拒否する事例が相次いでいる。解決を見届けることも、ふるさとに帰ることもできずに鬼籍に入った被害者も少なくない。
 6月17日には、国を相手取った「生業(なりわい)訴訟」など4訴訟の最高裁判決が予定されている。そこで東電を監督する立場の国が敗訴して法的責任が認められた場合、東電の責任も今まで以上に厳しく問われることになり、被害者救済の流れは一気に加速する。原発事故をめぐる被害者救済は重大な局面を迎えている。
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