[2022_03_11_12]〈社説〉福島事故から11年 脱原発への道を描き直せ(信濃毎日2022年3月11日)
 
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〈社説〉福島事故から11年 脱原発への道を描き直せ

 人々の記憶が遠のくのを待っていたかのように、原発復権の声が存在感を増している。
 大義名分は「脱炭素化」だ。菅義偉前政権が温室効果ガス削減目標を打ち出した後、自民党に原発推進の議員連盟ができた。
 小さなタイプの新型原子炉の新設や建て替えなどを主張する。岸田文雄首相も前向きだ。
 一方で政府は、エネルギー基本計画で原発依存度について「可能な限り低減」を維持。策定中のクリーンエネルギー戦略も新増設には踏み込まないという。
 福島第1原発事故から11年。原発政策は今も漂流を続けている。

■ 「3なし」の体質

 参院選を夏に控えている。できるだけ穏やかに行こう。岸田政権にはそんな姿勢がにじむ。
 国民の反発が予想される議論は避け、政権維持を優先する。かたわらで既成事実を積み重ねる。
 ごまかしに満ちた原発政策を延々と続けたのが、事故後7年8カ月に及んだ安倍晋三政権だった。
 原発依存度の低減を掲げつつ再稼働は進める。新増設は「想定していない」としていた。それが退任した途端、安倍氏は議連顧問に就き復権を唱え始めた。
 原発の危険性を訴え続けた市民科学者の故高木仁三郎さんは、原発を取り巻く人たちや組織の体質をこう表現していた。
 「議論なし、批判なし、思想なし」。原子力産業の基礎が形成された1960年代に関連企業で働いた経験などでの実感だ。
 指摘されていた津波の危険性を東電の上層部が「想定外」と片付けた末に起きた福島事故。その後の11年も、相変わらずの先送り体質を裏付ける年月だった。
 あれほどの事故の当事者に再び原発を動かす資格があるのか―。東京電力はそう問われ、安全を最優先するとの誓いを立てた。
 誓ったその裏で、現場ではずさんなテロ対策が横行していた。再稼働を目指す柏崎刈羽原発(新潟県)で昨年発覚した。

■温暖化対策になるか

 東電に限らない。関西電力ではこの間、原発の地元有力者と経営幹部の金品のやりとりを通じた長年の癒着が表面化した。
 安全性を追求する思想が現場に根付かず、幹部は経営優先の感覚が抜けない。過酷事故の教訓はないがしろにされている。
 ウクライナでは今、ロシア軍の侵攻で、非常時の原発リスクが世界を震え上がらせている。
 核物質を炉内やプールにためているのが原発だ。冷却機能や運転員に何かあれば大惨事を招く。
 見つめるべきは、そうした現実だろう。原発復権の主張は、温室効果ガスを直接は排出しない利点ばかりを強調している。
 新増設が温室ガス削減に本当に役立つかも疑問がある。計画や建設に10年以上はかかる。急を要する温暖化対策で重要なのは、この10年ではないのか。
 期待の小型炉もコスト面などの課題が多い。そもそも原発は規模の経済性を求め大型化してきた経緯がある。小型でもテロへの警戒が必須なのは変わらない。「核のごみ」が出るのも同じだ。
 原油高を受け、エネルギーの確保に原発は必要との意見もある。再生可能エネルギーを急には増やせない点が理由に挙がる。
 だが新増設も急ぎ対応できるわけではない。既存原発の活用に一理あるとしても、厳格な規制審査が前提なのは言うまでもない。
 事故後の規制強化で、原発は安全対策費が膨れ上がった。巨額の投下資金を何とか回収したい。それが大手電力の本音だろう。
 その場しのぎの政策で原発を延命させた結果と言える。投じられた費用や人材は本来なら、将来性のある再エネの方へ、もっと振り向けるべきだった。

■続く被災地の苦難

 第1原発の一帯は今も、放射線量が高く人の住めない土地が広がる。政府は、集中的な除染で居住可能とした拠点区域を各町村に設定し、帰還を促している。
 最後発の双葉町でも今年、帰還を望む人の準備宿泊が始まった。夜、真っ暗な中にぽつんと灯りがともる家の様子が報道された。区域に商業施設などが少なく、町長は移動販売が必要と話す。
 この一帯で国や福島県は、先端科学産業の誘致に力を入れるという。それが暮らしの復興とどう結び付くのか、見えてこない。
 原発を囲むように、膨大な量の汚染土が運び込まれた中間貯蔵地も広がる。いずれ県外に出す約束だが、行く先の目途もない。
 原発復権を語るような状況と言えるだろうか。やるべきことはもっと他にあるのではないか。
 「3なし」を指摘した高木さんは著書で、原発が抱える体質を歴史から説き起こしていた。
 米国の核兵器開発に端を発し、「平和利用」の名目で突如、政治主導で始まった。成り立ちからして、全てが上から一方的に下りてくる産業。そこに本当の「安全文化」が育つだろうか、と。
 脱原発の道を描き直すべきだ。
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