[2022_03_04_05]ウクライナ ザポリージャ原発 “ロシア軍が掌握”【なぜ?】 (NHK2022年3月4日)
 
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ウクライナ ザポリージャ原発 “ロシア軍が掌握”【なぜ?】

 2022年3月4日 21時29分
 ウクライナ南東部にあるヨーロッパ最大規模の原子力発電所がロシア軍に掌握されたと、ウクライナの原子力規制当局が発表しました。攻撃で一時発生した火災はすでに鎮火し「放射線量の値に変化は確認されていない」ということですが、ロシアへの非難は一層強まりそうです。

 ▽攻撃の詳しい状況や影響は…?
 ▽なぜ原発がねらわれたのか…?
 最新の情報やロシア軍のねらいなど、詳しくお伝えします。

 ザポリージャ原発とは…

 日本原子力産業協会などによりますと、ウクライナ国内には去年1月時点で4か所の原子力発電所があり、合わせて15基の原子炉が運転可能な状態だということです。
 このうちザポリージャ原子力発電所は南東部のザポリージャ州に位置していて、発電の出力は6基合わせて600万キロワットとウクライナ最大、ヨーロッパでも最大規模です。

 ウクライナ外相「もし爆発したらチェルノブイリの10倍の影響…」

 ウクライナのクレバ外相は4日、ツイッターで「ロシア軍があらゆる方向から攻撃している。すでに火災が起きている。もし爆発したらチェルノブイリの10倍の影響が及ぶ。ロシア側は直ちに攻撃をやめるべきだ」と訴えました。
 4日に撮影された映像では白いせん光が走り、煙が上がっている様子が確認できます。複数の海外メディアはウクライナ当局者の話として、火災が起きたのは原発の敷地内にある訓練用の施設などだと伝えています。

 “ロシア軍が掌握 放射線量の値に変化は確認されず”

 ウクライナの原子力規制当局は現地時間の4日午前8時、日本時間の4日午後3時時点のザポリージャ原子力発電所の状況を発表しました。
 それによりますと原発はロシア軍によって占拠されましたが、火災はおさまったとしています。原発では引き続き職員が管理などの業務に当たっているほか、施設への損傷がないか確認を進めているとしています。これまでに放射線量の値に変化は確認されていないということです。また1号機から6号機のうち4号機のみが運転しているということです。
 ウクライナの当局は冷却する機能が失われた場合、放射性物質が放出され、チェルノブイリや福島第一原発などこれまでに起きた原発事故を上回る規模の事故になるおそれがあるとしています。さらに敷地内には使用済み核燃料の貯蔵施設もあり砲撃によって損傷した場合、放射性物質が放出されるおそれがあると警告しています。

 IAEA事務局長「放射性物質の放出はない」

 IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長は日本時間の4日午後6時半すぎ記者会見を開き、ウクライナのザポリージャ原発の状況について「ウクライナの原子力規制当局からの情報では火災があったのは発電所のとなりの訓練施設ですでに鎮火されていて、放射性物質の放出はない。ただ2人がけがをした」と述べました。そのうえで「ザポリージャ原発では極めて緊迫した厳しい状況が続いている」と述べました。
 またIAEAによりますと、ザポリージャ原発の1号機から6号機の現在の運転状況について

 ▽1号機は点検のため停止中
 ▽運転中だった2号機と3号機は手順に従って停止させたほか
 ▽4号機は6割の出力で運転を継続
 ▽5号機と6号機は低出力での予備的な運転を行っているということです。

 一方で原発の設備がすべて安全に機能しているかは現時点で確認できていないということで、緊急時対応センターを設置して引き続きザポリージャ原発の動向を監視することにしています。

ゼレンスキー大統領「ロシア軍を止めなければならない」

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシア軍がザポリージャ原子力発電所を攻撃して火災が起きたあとフェイスブックに動画を投稿し「ロシア軍を止めなければならない。もし核爆発が起きればみんなおしまいだ。ヨーロッパの終わりになる。ヨーロッパの即座の行動だけがロシア軍を止められる。ヨーロッパを核で破滅させるわけにはいかない」と直ちに攻撃をやめるよう強く訴えていました。

 <解説>なぜ原発?ロシアのねらいとは?

 ●ロシア軍の攻撃の状況
 ロシア軍は南にあるクリミアから北に向かって進軍してきました。発電所の周辺では2日の段階ではロシア軍の進軍を防ごうと、多くの市民や原発の職員が周辺に集まってバリケードを築いていたということです。
 ところがIAEAによりますと、ウクライナ政府から受けた報告で、ロシア軍の戦車などが隊列を組んでバリケードを破り侵入したということです。ロシア軍は発電所に向かう道路を進み、戦闘が起きたということです。どれくらい被害が出ているかどうか、慎重に見極めていく必要があると思います。

 ●なぜ原発を?
 発電所、とりわけ原発は戦略的に重要な施設です。電力施設を握って電力を止めるなどして市民生活に影響を与えることで、ウクライナ軍の戦力、ウクライナ政府の戦意をそぐことにつながります。
 ただ原発にこうした被害が出ることは極めて危険でIAEAも厳しく非難する立場を示しています。ロシア軍は戦闘を控えるべきです(安間英夫 解説委員)。

 ウクライナ人研究者「原発を電力供給から遮断しようとしている」

 ウクライナ人の研究者でウクライナ国内の原子力発電所に詳しい福島大学環境放射能研究所のマーク・ジェレズニャク特任教授がNHKのオンラインインタビューに応じました。
 ロシア軍がザポリージャ原子力発電所を占拠した目的については「ウクライナの電力の65%は原子力でまかなってきた。このうちの40%ほどはこのザポリージャ原発でつくられてきたもので、国内最大規模の原発をウクライナの電力供給から遮断しようとしていることは明らかだ」と指摘しました。
 またジェレズニャク特任教授は「ウクライナ各地で稼働する原発をめぐっては今後とも危険性がある。ロシア軍による直接的な破損、また占拠したロシアの軍人による不適切な扱いによる事故だ」と指摘し、原子炉が攻撃されたり不法に占拠されて原発事故につながったりする事態を懸念していました。

「ヨーロッパ全土を汚染の危険にさらす行為だ」

 国際政治や核セキュリティーに詳しい一橋大学の秋山信将教授は「仮に意図的に原発を攻撃しているなら国際法に違反する極めて危険な行為で、ウクライナだけではなくヨーロッパ全土を放射性物質による汚染の危険にさらす行為だ」と指摘しました。
 また原発を攻撃の対象にした場合のリスクについて「原子炉が直接攻撃されて破壊されるということになれば、核燃料が溶け落ちる『メルトダウン』を起こしたチェルノブイリ原発のような深刻な事故によって放射性物質が拡散する事態は避けられない」と述べました。
 ザポリージャ原発での火災の映像については「燃えているのが送電線だとすれば即座に放射性物質が飛散することはないと思うが、原子炉を冷却するために必要な水の供給などに使うバックアップの電源がなくなると福島第一原発事故のように冷却ができなくなってメルトダウンが起きるリスクがある」と指摘しました。
 このほか秋山教授は「原発の運転が継続中ならそこで働いている人たちの命が非常に大事なのは当然だが、原発の運転員らが安全を管理できないような状況になった場合に懸念されるリスクも極めて大きい」と指摘しました。

 「武力で原発占拠 非常に大きな問題を突きつけられた」

 核セキュリティーに詳しい公共政策調査会の板橋功研究センター長は「稼働中の原発が占拠されるのは初めてではないか。武力で原発を占拠する事態にどう対応するのか、非常に大きな問題を突きつけられている」と指摘しました。
 今後の懸念について板橋研究センター長は「IAEA=国際原子力機関は放射線量は上がっていないと言っていて原発内は正常に機能していると思うが、仮に原子炉が止まったとしても燃料棒や使用済み核燃料の冷却は必要で、占拠された原発を誰が責任を持って管理するのかは大きな問題だ。原発の機能を維持する職員は2交代や3交代が普通だが長期化するほど肉体的、精神的に疲弊する。食事や睡眠などができるよう環境を整備する必要がある」と述べ、IAEAのスタッフを派遣して原発の機能を維持するために必要な対応を取るべきだなどと指摘しました。
 また「国のリーダーがこうした暴挙に出た時、今の国際的な枠組みでは止められないというのが今回明らかになった。今や世界中で原発が動く中、今後もこうした指導者が出てくる可能性はあり、どう対応していくのか国際社会に突きつけられた大きな問題だ」と述べました。

 「攻撃を非難 直ちに停止し原発の安全確保を」

 国内の専門家でつくる日本原子力学会は「事実だとすれば原子力の安全性、公衆と従事者の安全、環境に重大な脅威となるもので、この攻撃を非難するとともに直ちに攻撃を停止し原子力発電所の安全が確保されるよう求める」との声明を発表しました。
 日本原子力学会の山口彰会長はオンラインの会見で「ロシアとウクライナだけでなく周辺国にも影響が及びかねず非常に懸念を持っている。このような攻撃は、攻撃される側はもちろん攻撃する側にもメリットは全くなく国際的な議論の中でこういう行為をもっと厳しく禁止するような取り組みもあってしかるべきだ」と述べました。
 また原発敷地内の施設での火災については「火災が起きた場所から原子炉に延焼していくには距離があり、可燃物があるようには思えないので火災が直ちに原子炉に影響する状況ではないと考える」との見解を示しました。そのうえで「現段階では発電所と一般市民に対して具体的な脅威はなく周辺の放射線量の値が上昇する兆候は見られていないが、現在は情報が不足している。日本原子力学会として状況を今後も注視していく」と述べました。

 福島第一原発事故の避難者「ことばが出ない…」

 東日本大震災による原発事故で大きな被害を受けた福島県からも厳しく非難する声があがっています。事故当時、東京電力福島第一原子力発電所が立地する大熊町に住み、11年にわたって町からの避難を余儀なくされている佐々木祥一さん(72)は「運転中の原発を攻撃してもしも施設が壊れたら福島以上の被害が出てしまうのではないかとことばが出ない。ウクライナの人たちがこれ以上被害を受けないことを祈るばかりだ」と話していました。

 被爆者「常軌を逸しているとしか言えない」

 被爆者で「長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会」の議長を務める川野浩一さんはNHKの取材に対し「原発を攻撃するというのは正気の人間がすることではない。ウクライナに軍事侵攻したという行為自体許されないが、そのうえ原発を攻撃するのは狂気の沙汰だ。原発事故が起きれば被爆、内部被ばくが起き、それは何十年たっても残り続ける被害だ。原爆でも原発事故でもすでにわかっていることなのに、それでも原発を攻撃するのは常軌を逸しているとしか言えない」と怒りをあらわにしました。

 ウクライナに住む日本語教師「理解できません」

 ウクライナ西部のリビウ州に住む日本語教師のナディヤ・ゴラルさんはNHKの取材に対し「何を考えているのか本当に分かりません、理解できません。放射線からは避難できないし、ウクライナだけの問題ではなく地球全体の問題になります」と憤った様子で話していました。
 ポーランドとの国境に近いリビウ州にはキエフなどから多くの人たちが避難し、戦争で両親を失うなどしてバスに乗せられて移動してくる子どもたちも多いということです。スーパーは混雑しパスタや缶詰は品切れになっていて侵攻が始まった当初は自分たちのために買う人たちが多かったということですが、最近は軍隊や攻撃を受けている地域に寄付するために食料などを購入する人が増えているということです。
 ナディヤさんは「ウクライナは絶対にロシアにはならない。いま闘っているウクライナの軍人が土の上ではなくベットで寝られる、子どもたちが避難所ではなく公園で遊べる、平和な世界に早くなってほしい」と話しています。

 米・ウクライナ大統領が電話会談

 アメリカのバイデン大統領はウクライナのゼレンスキー大統領と3日、日本時間の4日午前に電話会談を行いました。
 ホワイトハウスが会談後に発表した声明によりますと、両首脳はザポリージャ原子力発電所で起きている火災の最新状況について意見を交わしたということです。
 そのうえで「バイデン大統領とゼレンスキー大統領はロシアに対し軍事行動をやめ、消防などが施設に立ち入れるよう求めることで一致した」としています。

 林外相「ロシアにすべての行為を停止するよう求める」

 林外務大臣は参議院予算委員会で「最新の状況を確認したところ、IAEA=国際原子力機関の発表によると、ウクライナ規制当局は『ザポリージャ原発の主要な部分には影響を与えておらず放射線量の変化は確認されていない』と述べている」と説明しました。そのうえで「今回の原子力関連施設に対する攻撃を含むロシアによる侵略を強く非難するとともに、ウクライナが原子力施設の安全な操業を確保できるようロシアに対してすべての行為を即座に停止するよう求めるところだ。引き続きIAEAなどとも連携しながら状況を注視しつつ、適切に対応していく」と述べました。
 また外務省の海部軍縮不拡散・科学部長は参議院予算委員会で「報道などを通じて火災のようなものが生じていると承知しているが、それ以上の状況については現在IAEA=国際原子力機関とも連絡を取って的確で客観的な情報の収集に努めているところだ」と述べました。そのうえでザポリージャ原発周辺の放射線量の変化について問われたのに対し「ザポリージャ原発以外のところも含め現状を把握している最中だ。IAEAとの間で連絡を取っている中で、きのうまでの時点ではモニタリングポストを通じた放射線の数値に異常な状況は見られていない。引き続き注意深く注視していきたい」と述べました。
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