[2021_11_18_04]福島原発事故「強制起訴裁判」控訴審始まる 「責任逃れ」は再び通じるか(週刊金曜日2021年11月18日)
 
参照元
福島原発事故「強制起訴裁判」控訴審始まる 「責任逃れ」は再び通じるか

 東京電力福島第一原発の事故について、旧経営陣3人の刑事責任を問う強制起訴裁判の控訴審が11月2日、東京高裁で始まった。
 控訴審最大の争点は、国の機関である地震調査研究推進本部の専門家らがまとめた地震と津波の予測「長期評価」の信頼性だ。一審の東京地裁判決(2019年9月19日)は、この信頼性を否定し、原発の運転を停止するほどの巨大津波の予見可能性はなかったとして、旧経営陣の勝俣恒久元会長(81歳)、武黒一郎元副社長(75歳)、武藤栄元副社長(71歳)の3被告全員を無罪とした。
 この日に行なわれた控訴審第1回の公判では、勝俣被告は体調不良を理由に出廷しなかった。
 検察官役の指定弁護士は、一審判決で事実認定を行なった裁判官が、津波に関する専門的知見を有していないにもかかわらず長期評価を否定したうえ、現場検証も一切しなかったことについて、「百聞は一見にしかず」と、その不作為を批判。「長期評価は、我が国を代表する地震や津波の専門家が長期間にわたって審議して得られた、当時の我が国における唯一の公式見解。十分な科学的根拠があ」るのに、一審は津波の「予見可能性の問題を誤って評価するという基本的な誤りを犯した」として、地震専門家ら3人の証人尋問を申請した。一方、弁護側は、長期評価には専門家から懐疑的な意見もあり、「一審判決に誤りはない」と反論して棄却を求めた。
 この強制起訴裁判と同時並行で進んでいる民事訴訟の東電株主代表訴訟では、東京地裁の裁判官が10月29日に福島第一原発に赴いて事故現場を視察した(先週号本欄参照)。同じ東京地裁の裁判官でありながら、強制起訴裁判一審とは、事実認定に取り組む姿勢で対照的な違いを見せた。一審判決は「大津波は予見できなかった」とした津波専門家の証言や論文を重視し、事前に大津波の襲来を予見し、対策を求めていた専門家の見解を蔑ろにしたと言える。
 強制起訴裁判の一審では無罪判決を勝ち取った勝俣氏ら3人は、東電株主代表訴訟でも被告になっている。これまでの株主代表訴訟での被告側の抗弁は、おおむね強制起訴裁判と同様の主張を繰り返しているが、民事では東電に損害を与えたとして賠償責任を負わされる恐れもある。

【証拠や現場検証の採否決定は来年2月の公判で】

 今後、強制起訴裁判の二審でも現場検証が行なわれ、一審判決が招いていた裁判所への不信を取り除けるのかどうかも注目される。次回公判は来年2月9日の予定で、指定弁護士側が求めた現場検証、双方が請求していた証拠や証人尋問などの採否も、次回に持ち越された。

【強権的指揮、二審で一変】

 控訴審では裁判所側の対応も一審とは一変した。
 筆者は一審での初公判を傍聴した際、係員からベルトを外すことを強要され、衆目の中、ズボンが落ちるという屈辱的な身体検査を受けたことがあった。一審の東京地裁・永渕健一裁判長は、公判でも強権的な訴訟指揮を繰り返し、傍聴人から不評を買っていた。
 ところがこの日の控訴審第1回公判では一転、身体検査を行なう係員の態度が丁重になったほか、冒頭で細田啓介裁判長が「持ち物検査でご面倒をおかけしてすみません」と詫び、傍聴人を驚かせた。なお、この日の初公判には約300人が傍聴券を求めて列を作り、30人だけが傍聴できた。公判の開始前には福島原発告訴団と福島原発刑事訴訟支援団がヒューマン・ディスタンス・チェーンで東京高裁を“包囲”した。
(明石昇二郎・ルポライター、2021年11月12日号)
KEY_WORD:FUKU1_:TSUNAMI_: