[2020_12_18_04]【福島から伝えたい】処理水の海洋放出延期、深まらない風評対策論「科学的に正しい」は被災地を救うのか(フクシマ中央テレビ2020年12月18日)
 
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【福島から伝えたい】処理水の海洋放出延期、深まらない風評対策論「科学的に正しい」は被災地を救うのか

 福島第一原発で溜まり続ける放射性トリチウムを含む水。その処分方法について、政府は今年10月下旬に『水で薄めて福島沖へ放出する案』を決定する予定だった。しかし、漁業者からの猛反発を受け決定の時期を延期した。福島の漁業者たちは一安心したが、福島の漁業は水揚げ量が激減したままで産業として維持できるかの瀬戸際にある。処分方法決定が延期された大きな理由は“風評対策”。しかし、一向に深まらない議論…その理由とは。

■海洋放出 政府の算段「遅くとも10月」

 10月中旬、報道各社は「海洋放出を政府が決定へ」と大々的に報じた。国が4年前に有識者委員会を設置し、議論が続いていたこの問題に結論が出されようとしていた。第一原発では溶け落ちた核燃料=デブリを冷やす過程などで汚染水が発生する。特殊な装置で浄化はするが、放射性トリチウムだけが除去できない。ただ、トリチウムは専門家の多くが「水道水にも含まれ、規制値を守れば安全」とし、日本を含む各国の原発では規制値内で海などに放出してきた。
 事故を起こした原発からの放出は影響が大きいとして福島ではタンクで保管を続けた結果、未浄化のものを含めて現在約123万トンが溜まっている。第一原発の敷地はタンクで埋め尽くされ、2年後の夏にはスペースがなくなり限界を迎えるという。海洋放出する場合でも原子力規制員会の審査などで2年の準備期間が必要で、遅くとも今年の10月中には政府は処分方法を決定する算段だった。

■一転して方針の決定延期、漁業者は安堵

 しかし、「海洋放出決定へ」の報道からわずか1週間後、「決定延期へ」とのニュースが慌ただしく駆け巡った。
 「延期になって正直ホッとしている。安易に結論を出したから反発が来たんだ」
 いわき市の漁師・佐藤芳紀さん(62)は決定延期にほっと胸を撫でおろした。佐藤さんが最も恐れているのは海洋放出によって生じる風評被害だ。原発事故の翌年から、漁を週数回に限って試験的に再開し、放射性物質の検査で安全が確認されたものしか出荷していない。しかし、検査をクリアしても福島の魚というだけで築地市場ではセリにもかけられなかった時期があった。
 「屈辱だったよあのころは、もうあんな思いはしたくない」
 当時、そのセリの様子を佐藤さんは目の当たりにした。福島の魚が入ったケースは買い手の声がかからず静かに隅へ追いやられていった。安全だとしても起きてしまう風評の恐ろしさ。暫くすればまた政府は動き出すと警戒している。
 「いつまで結論が伸びるのか。国は『影響はない安全だ』と繰り返してきたし、やはり行きつくところは海洋放出なのか…」
 国の有識者委は「現実的な選択肢は海か大気中への放出で、海洋放出の方が確実に実施できる」と結論づけた。それでもこの問題が決着しないのは風評被害への懸念を払しょくできないからだ。漁業者と国の間には、今も大きな溝がある。それを象徴するような出来事が海洋放出案を決める予定だった10月に起きた。

■国と漁業者、風評対策巡り深い溝

 政府は前もって4月以降、漁業や商業、観光業などの関係団体から海洋放出に傾いた報告書への意見聴取を始めた。反対の意見が多く出され、この問題を担当する経済産業省の幹部は険しい表情だったが実は別のことで焦っていた。
 「全漁連が全くヒアリングに応じない…これでは関係団体から意見を聞いたという前提が作れない」
 全漁連は、全国の漁業者約30万人が組合員で、各漁協で構成される漁業体のトップ。全漁連の意見を聞かないまま海洋放出を決定すれば、世論の強い反発が予想されるが、ヒアリングができれば政治決断の前提が整うことになる。
 高支持率の菅政権が誕生した9月の下旬になって、経産省の幹部が口元をゆるめながら耳打ちしてきた。
 「ようやく全漁連からのヒアリングができる。10月には山が動くかもしれない」

■水面下でも広がった猛反発、憔悴の官僚

 10月8日に政府が開いた意見聴取会合で全漁連の岸宏会長は海洋放出に反対の考えを強い口調で述べた。
 「漁業者の総意として、海洋放出に絶対反対」
風評被害は必ず起きる。漁業の将来に壊滅的な影響を与えかねない」

 こうした反発は経産省内でも織り込み済みだった。そのため、10月27日の梶山経産相の会見で海洋放出案を発表する段取りが整えられた。ところが、その間に全漁連による猛反発が政治家を通して水面下で広がった。経産省にとって予想外の事態は、会見5日前の23日、「海洋放出の決断、延期へ」とうたう大々的な報道で表出することになる。同省幹部らは呆然となり憔悴した様子だった。
 「政治家に覚悟がない…海洋放出案は白紙に戻されるかもしれない…」
 実は8日の会合に予兆があった。国側が岸会長に「風評被害払拭で重要なことは何か」と質問。会長は「海洋放出をしないことに尽きる」と突っぱねた。国の風評対策が、土壇場でも漁業者の理解を得られていないと浮き彫りにする場面だった。

■減る仲買業者、水揚げ回復に悪影響

 有識者委は「徹底的に風評被害への対策を講じるべき」とするが、国が示した対策は、検査結果の情報発信強化や販路開拓などにとどまる。いわき市の底引網漁団体代表、柳内孝之さんは、こうした対策は代わり映えせず、効果が期待できないと言う。福島の去年の水揚げ量は、震災前の14%しか回復していないからだ。国は根本的な問題を見過ごしていると訴える。
 「仲買人(流通業者)が減ってる。魚を流通させる能力が相当減っている」
 福島沖では漁を制限してきたため海の資源は大幅に回復している。しかし、仲買業者にとっては不安定な漁が続く福島で仕事をすることはリスクでしかない。漁師への補償は続いているが、殆どの仲買業者は既に打ち切られた。その結果、県内の市場では仲買業者が半数以下に減った所もある。
 「仲買人から『こんなに水揚げしても困る』と言われることもある。水揚げが増やせなくて歯がゆいけど、海洋放出で風評が再発すれば流通量はもっと落ちてしまう」
 柳内さんは水揚げの回復には仲買業者への支援も不可欠だという。これまでの風評対策は販売につなげる仲買の減少を放置してしまい、漁業の産業構造を変質させたからだ。

■国は風評対策に消極的?透ける思惑

 効果的な風評対策が打ち出せない理由について有識者委メンバーで水産研究・教育機構の森田貴己博士が内情を教えてくれた。
 「風評が解消できる明確な答えを国も専門家も誰も持っていない。だから風評対策に関する議論は深堀りできなかった」
 漁業者への収入補償など手は尽くしてきた結果が「震災前の14%」なのだ。委員会では風評被害を軽んじるような意見も出された。
 「本当に風評起こるんですかって、信じられない意見が出されても多くの委員が何も言わない。風評対策の必要性に耳を傾けてくれなかった」
 委員会の事務局は経産省の官僚が担当した。森田博士は風評対策への予算を抑え込みたい国側の思惑を感じたという。

■立地自治体の切実さ「苦しみは分け合うべき」

 一方、海洋放出を現実的な一案として受け止めている自治体がある。第一原発が立地し、トリチウム水を保管するタンクが設置されてある双葉町と大熊町だ。双葉町の伊澤史朗町長はタンクを早く撤去して欲しいという。
 「私たちの故郷だけが皆さんが嫌がるものを引き受け重荷をお背負い続けなければいけないのか。お叱りを受けるかもしれないが、苦しみや痛みは分け合うべきと思う」
 町内にタンクが存在し続ければ帰還しようと思う住民の思いを削ぐ一因にもなりかねない。2つの町では一部で避難指示が解除され、ようやく本格的な復興が進む。特に廃炉関連企業の進出に期待が寄せられ、タンクが撤去された広大なスペースには燃料デブリを分析・保管できる重要な施設などが整備される。

■地下水通じまさかのトリチウム漏洩

 決定延期から約1カ月後の11月17日、驚きの事実が東京大学から公表された。
 第一原発の南側にある敷地外の地下水から自然界に存在するレベルを超えたトリチウムが検出された。平均で約20ベクレル/リットルと国の排出基準(6万ベクレル/リットル)を大きく下回るが、第一原発由来とみられ、漏洩ルートは分かっていない。東京大学の小豆川勝見助教は「敷地の外に地下水を通じて、トリチウムが出てきてしまった。対策と管理が必要」と強調する。タンク保管の限界は2年後の夏。
 この問題をこれ以上放置して良いはずはない。

■「早く海洋放出決めたい」国側の非情な本音

 国会が終盤を迎えた12月上旬、経産省幹部にこの問題の落とし所を尋ねると淡々とこう答えた。
 「議論は尽くされたから、早く決めて公表したい。本音を言えば年内には」
 科学的に正しい情報に基づき正当な手続きを経た正しい政策だからという。しかし、いくら正しくても被災地の人々の生業を衰退させては意味がない。「福島の復興なくして日本の再生なし」という言葉は何人もの首相が原発事故後繰り返してきた言葉だ。もう国は被災地に寄り添そうことをやめたのだろうか。それとも、福島の漁業の現状をみると、初めから寄り添おうとは思っていなかったのだろうか。

※この特集は福島中央テレビとYahoo!ニュースの共同連載企画です。

福島中央テレビ
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