[2018_09_08_03]北海道地震で起こった「全域停電」他人事と思ってはいけない(現代ビジネス2018年9月8日)
 
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北海道地震で起こった「全域停電」他人事と思ってはいけない


「想定外」というけれど

 北海道胆振東部地震で北海道全域が一時停電した。札幌から根室まで約450キロも離れた広大な北海道全域が停電するのは、北海道電力(北電)ができた1951年以降で初めてのことだ。前代未聞の大規模停電の背景を取材すると、いまの電力供給システムが直面している大きな課題に気づかされた。
 「電力会社は想定外の出来事だ、というかもしれませんが、本当にそうでしょうか……。今回のような大規模な“連鎖停電”事故は事例も多いので、十分想定できたといえます」
 新たな電力供給システムの在り方について研究している阿部力也・元東京大学大学院特任教授に、地震発生直後の9月6日昼、今回の全域停電について話を聞くと、こんな答えが返ってきた。
 その後の展開は阿部さんの発言どおりに展開していくのだが、まずは、前代未聞の全域停電になった経緯を簡単に振り返っておきたい。
ケタ違いに大きい
 9月8日現在、北海道の電力復旧は道半ばだ。不便な思いをしている被災者の方々に一刻も早く日常が戻ることを願うばかりだし、現場で復旧作業に当たっている方々の奮闘には頭が下がるばかりだ。
 一方で、なぜ今回の停電が起きたのか、の検証、構造の理解は進めていかねばならないだろう。
 発端は、震源地近くの苫東厚真発電所(石炭を燃料とする火力発電所)の緊急停止だった。この発電所は道内最大の火力発電所で、地震発生時の需要量310万キロワットの半分以上の165万キロワットの供給をしていた。
 電気は貯めておくことができない。だから、北電は常に使用電力量と発電量を一致させるように調整することで、電気の供給を安定させている。だが、今回の地震で苫東厚真の発電所が緊急停止し、発電量が突然半分以下になったため、使用電力量と発電量のバランスが崩れた。
 素人考えでは、「他の発電所がフル回転して苫東厚真の発電量を補えばいい」と思うが、阿部さんはこう指摘する。
 「全需要の半分もの大電源が突然消失した場合、それを他の発電所の発電量で瞬時に補うことは物理的に不可能です」
 さらに電力使用量と発電量が一致しない時間が数秒以上続くと、発電機やタービンが壊れる可能性があるため、苫東厚真以外の3つの火力発電所も自動停止し、道内の発電所がすべて止まってしまった、というわけだ。
 下記の「北海道電力の発電・送配電設備」でわかるように、苫東厚真の発電量は最大165万キロワットで、他の発電所と比べてケタ違いに大きい。
 ※北海道電力の発電・送配電設備
http://www.hepco.co.jp/corporate/company/ele_power.html

 今回の全域停電の理由を簡潔に言うなら、「発電を分散せずに、たった一つの発電所が全体の50パーセントを超える電力供給をしていたため、その発電所が停止したら、残りのすべての発電所も連鎖停電してしまった」ということになる。
 北電の真弓明彦社長は6日午後に会見し、「すべての電源が停止してしまうのは極めてレアなケースだと思う」と述べた。阿部さんが予言したとおりの発言だが、電力の需給バランスが崩れることで発電所が連鎖停止することは、電力系統の設計の基本だから、十分想定できる事態だったはずだ。「レアケースだから仕方ない」とは、電力会社トップとしては、不用意な発言だったというしかない。
 2011年の東日本大震災でも、福島第一原子力発電所が停止したものの、全需要の1割にも満たなかったので、東北電力と東京電力の全域停電は起きなかった。北電が苫東厚真に5割の発電を頼っていたのが、いかに異常な状態だったか、がわかる。

 では、どんな対策をしていたら、今回の事態を避けられたのか。

もしも泊原発が動いていたら…

 今回の地震を受け、「泊原発が稼働していたら、苫東厚真への依存度は下がっていたので全域停電は避けられた」という意見を言う人がいる。本当にそうなのか。
 ある原発研究者は、名前を明記しないことを条件にこう答えてくれた。
 「泊原発が発電していて、苫東厚真への依存度が低くなっていれば、理論上は全域停電は避けられたかもしれません。ただ、泊原発が動いていたら、もっと大変なことになっていたと思います」
 この研究者によれば、苫東厚真が停止して、他の火力発電所が停止することで電力の需給バランスが崩れると、泊原発から発電された電力は「出口」を失い、タービンが回転数を上げる。原子炉内には蒸気がたまるので、それを排出しなくてはいけない。制御棒を注入して核反応を抑えないといけない。炉内を冷やすため冷却水を注入しないといけない。
 重要なのは、これらの作業にはすべて電力が必要だということだ。もしも電力が失われていたら……。東日本大震災のときの東京電力福島第一原発で起きた「全電源喪失事故」の再来、となっていたかもしれない。
 今回の地震時、泊原発は約8時間にわたって外部電源を失った。幸いにもいまは「稼働停止中」であったため、大事故にはつながらなかったが、全域停電という事態が起きれば、原発が暴走しかねない状況になることが、今回の地震でわかったのだ。
 この原発研究者はこうも話した。
 「いま規制委は各地の原発の再稼働にあたって安全審査をしていますが、全域停電で外部電源を失う事態は想定されていません」
 次の大災害で“想定外の原発事故”が起きることは許されない。今回の全域停電という事態は、原発の安全審査の今後にも影響を与える可能性がある。

 では、道内の発電所がストップした際に本州側から支援するシステムはないのか。北海道と本州の間には、電力を融通し合うために海底ケーブルが敷設されている。しかし、このケーブルの送電量は最大60万キロワットで、最大出力165万キロワットの苫東厚真発電所の36%しかカバーできない。
 前出の阿部さんは「瞬間的な不安定さを解消することは十分可能だった。しかし、このケーブルの制御システムでは送電できずに、むしろ系統電源(北電の電力供給電源)の喪失とともに自動停止してしまった」と話す。
 そもそも、北海道と本州の間に敷かれていたケーブルは、緊急時のフェイルセーフの役割を果たす仕組みになっていなかったということだ。
 ケーブルの送電量は2019年に90万キロワットに増える予定だが、このような緊急時の融通の仕組みを盛り込めば、十分今回のような連鎖停電事故を防ぐことはできる。国や電力会社は早急に制御システムを変更する必要があるだろう。

「分散自立電源」とはなにか

 そして最大の疑問は、北電はこうした状況を知りながら、なぜ発電量の半分以上を苫東厚真に頼り続けていたのか、という点だ。
 阿部さんは「大きな発電所をドンとつくったほうが電力会社にとってはコストが安いからでしょう。数十万キロワット程度の発電所にしてリスクを分散しておけば、全域停電は避けられるのですが、それはコストがかかる。しかし、災害時のリスクを考えれば、それは必要なコスト、とみるべき。やはり、これからは分散型を目指すべきでしょう」と語った。
 電力会社が地域の電気供給を独占していた時代は、コストを重視する電力会社は分散電源を敬遠してきた。しかし、電力自由化で新たな電力会社が競争で分散電源を導入するようになり、現状では「発電量当たりの建設費はほとんど同じレベル」(阿部さん)だという。
 阿部さんは、電力会社が持つ巨大な送電網(大系統)を否定しているわけではない。小規模で大系統とは切り離せる電源系統(分散自立電源)をつくったうえで、大系統の電源と分散自立電源を組み合わせた「ハイブリッド電力系統(デジタルグリッド)」にしたらどうかと提案している。
 端的にいうと、太陽光や風力発電で数十〜数百世帯をまかなえるほどの発電所をつくる。この分散自立電源は通常、大系統電源の補助的な役割をしているが、非常時には大系統とは別に、各世帯に電気を供給できる。大系統と切り離された電源だから、今回のような一斉の連鎖停電は避けられるという考え方だ。
 この分野は現在、研究が進んでいる。インターネットのIPアドレスを活用するなどして、分散自立電源が互いに送配電・電力の融通ができるようになるのだという。アフリカやアジアの未電化地域で電気を売る事業が始まっているが、こうした事業の電力は、スマホのアプリで受けた注文に応じて、配電量を調整できるようになっている。
 日本では信じられないが、世界ではそうした事業はすでに実用化されているのだ。
 あらゆる社会政策はコストと見返りを秤にかけて実施される。しかし、災害の多い日本で、電力というライフラインの設計が「コスト優先」であっていいはずがない。今回の地震でも、発生時期が後にずれて厳寒の北海道だったら、事態はさらに悪化したかもしれない。いまや、対策は待ったなしとも言えるのだ。
 阿部さんは取材の終わり際に、「北海道で起きたことを他人事に思ってはいけません。全域停電はどの地域でも起きうることですから」と話した。

河野正一郎

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