[2018_08_29_05]東電原発事故裁判 担当者の証言 15.7メートル津波対策 10年前「白紙」に 「第三者に頼もう」常務、先送りを指示 旧経営陣の刑事裁判 検察審 3幹部を強制起訴(東奥日報2018年8月29日)
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷の罪に問われた東電旧経営陣、勝俣恒久元会長(78)、武黒一郎元副社長(72)、武藤栄元副社長(68)の東京地裁での刑事裁判は、津波対策に関わった東電社員らの証言が続く。02年、政府の地震調査委員会による長期評価は東北太平洋沿岸への大津波を警告したが、東電はこれに備えなかった。津波対策を「白紙」にしたとされる10年前の夏。重要な決定の瞬間を証言からたどる。

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 2008年7月31日の東京は、記録では一日中曇り空だった。最高気温は約30度。雨が少なく暑い日が続いていた。この日の午前、千代田区内幸町の東電本店の会議室で、原子力・立地副本部長を務める武藤栄常務への説明会があった。出席したのは後に第1原発所長となる吉田昌郎原子力設備管理部長(故人)と土木部門の担当者ら。時間は1時間程度。政府の地震調査委が02年に公表した長期評価に基づいて計算すると、津波の最大の高さは第1原発が浸水する海抜15・7メートルに上ることが分かっていた。これに対し東電としてどう対応するかを決めるのがこの日の会合だ。
 説明者は酒井俊朗グループマネジャー(GM)。陸の防潮堤、海の防波堤を組み合わせる大規模工事を避けられず、費用は数百億円。工期も年単位だ。
 15・7メートル津波の計算結果を報告したのは6月10日。想定の5〜6メートルから跳ね上がり、武藤常務は仰天。長期評価の根拠など質問を重ねた後、酒井GMらに再説明を要請していた。防潮提など対策工事を行うかどうかの結論は保留とされていた。
 30分ほどの説明を聞き、武藤常務は切り出した。「(津波計算の)信頼性が気になるので第三者に見てもらった方がいい。外部有識者に頼もう」
 当時、06年改定の原発耐震指針に基づき対策の見直し作業中。津波も経済産業省原子力安全・保安院の審査対象だった。
 長期評価を基に大津波を想定すれば、防潮堤建設など大規模工事は避けられない。だが、柏崎刈羽原発が損傷、停止した07年の新潟県中越沖地震以降、世間の目は厳しい。大規模工事は地元の不安を招き、運転停止を求められかねない。対策実施はすなわち、原発停止に直結する。
 武藤常務の指示は「保安の審査は現状の津波想定でしのぐ」「津波評価の再検討を土木学会の有識者に委託する」「津波対策は東電の自主的な見直し作業として行う」という趣旨だった。
 外部有識者の結論が出るまで保安院が審査を待ってくれる保証はない。酒井GMは反対する。「審査に間に合わないです」。武藤常務はこう応じたという。「未来永劫、対策をとらないわけではない。(保安院の審査と土木学会の検討を担う)有識者に理解を得たらどうか」。酒井GMは、予想外の展開だったが受け入れた。「そんなに合理性を欠くものではない」
 酒井GMの2人の部下も同席していた。高尾誠課長は「予想しない結論」が示された瞬間、力が抜けて記憶を失ったと証言。最も若手の金戸俊道主任は対策工事の決断を期待していたものの「(大津波は)起きるかどうか分からない。経営判断だ」と考えたと、法廷で語った。
 武藤常務の指示を受け、酒井GMは自席に急いで戻り、メールを出した。宛先は、同じ東日本の太平洋沿岸に原発を持つ東北電力と日本原子力発電の担当者ら。対策が白紙になったことを伝える打ち合わせを開くためだった。
 打ち合わせは8月6日午前。東電から原電に出向し、津波問題を担当していた安保秀範GMも出席していた。なぜ対策が見送られたかを尋ねられた洒井GMは「(中越沖地震で)柏崎刈羽も止まっているし、これと福島も止まったら経営的にどうなのかってことでね」と説明したと、事故後に安保GMが東京地検の聴取に答えたことが公判で示された。
 その後、高尾課長らの「根回し」を受けた5人の有識者は東電の方針に理解を示し、津波対策の先送りが決まった。だが、武藤常務以外の2人の被告がこの時点で対策の先送りにどう関与したのか、公判ではまだ明らかにされていない。

 旧経営陣の刑事裁判 検察審 3幹部を強制起訴

 東京地裁で行われている東京電力旧経営陣3人の刑事裁判は、福島県民らでつくる「福島原発告訴団」が事故の翌年、2012年に勝俣恒久元会長らを「事故を予防する措置を怠り、事故を発生させた責任がある」として業務上過失致死容疑などで福島地検に告訴、告発したことに始まる。
 捜査を担った東京地検は、東電や政府の関係者らを聴取し、内部の議事録や報告書など膨大な関係書類を分析。13年に不起訴とした。
 告訴団の申し立てを受けた検察審査会は14年、勝俣元会長ら3人を「起訴相当」と議決。東京地検は15年1月、3人を再び不起訴処分に。検審は同7月に3人を起訴すべきだと議決し、16年2月に検察官役の指定弁護士が3人を強制起訴した。
 3人の被告は事故前、会長、副社長、常務の立場だった。津波の想定や対策を担当していたのは、常務だった武藤栄元副社長。公判の焦点は、事故前に大津波の危険を知り、対策しておくことだ。
 公判では東電や関連企業の担当者、地震学者、政府関係者らが証言台に立った。今年秋には3人の被告が法廷で指定弁護士らの質問に答えることになる。
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