[2017_09_23_01]原発避難者千葉訴訟 東電だけ責任「不当」 不安募らせる被災者 原発避難者千葉訴訟の争点と判決 判決要旨(東奥日報2017年9月23日)
 東京電力福島第1原発事故による避難者らが全国の裁判所に起こした集団訴訟で、22日の干葉地裁判決は、国と東電の賠償責任を初めて認めた3月の前橋地裁判決とは異なり国の責任を否定し、東電にだけ賠償を命じた。「ふるさと喪失」に対する賠償を認めるなどの前進もあったが、原告側は「不当判決だ」と反発。国側は安堵した。原告数が最大規模の約3800人の福島訴訟は10月に判決を控え、被災者に不安が広がった。

 「国の責任を否定」「東電の損害賠償を一部認める」。午後2時すぎ、千葉地裁前で二つの垂れ幕が掲げられると、集まった支援者からため息が漏れた。福島訴訟の原告男性(68)は「前橋地裁判決から後退している。信じられない」と落胆を隠せない様子だった。
 全国各地で約30ある集団訴訟では、2011年に第1原発を襲ったような大津波を予見し、事故を防げたかどうかが最大の争点になっている。
 千葉地裁は、国は原子炉建屋などが立つ海抜10メートルの土地を超える津波の襲来を06年までに予見できたと指摘。しかし国が東電に津波対策を指示したとしても、東日本大震災に間に合わなかったり、事故を防げなかったりした可能性があったとして国の責任を否定した。
 龍谷大の本多滝夫教授(行政法)は「国の責任を免ずるために恣意的に回避措置の水準を高度化したのではないか」と凝問を呈した。
 千葉訴訟では、避難生活に伴う慰謝料とは別に、事故前の生活を丸ごと壊されたことに対する「ふるさと喪失慰謝料」を請求したのが特徴だ。1人当たリ2千万円の請求に対して、千葉地裁は、原告の個別事情に応じて最大1千万円を認め、原告側は「評価すべき点も多い」とした。
 しかし総額約26億円の請求に対して、賠償を命じられたのは計約3億7600万円。原告側は審理の中で、津波対策を怠った東電の責任は重いと主張したが、千葉地裁は「東電は津波対策を完全に放置したとは言えず、重大な過失があったとは言えない」として賠償額の上積みを否定した。原告弁護団は、認定額について「被害の実態に則したものとは言い難い」と不満を述べ、控訴して争う考えだ。
 原子力規制委員会の前身、旧原子力安全・保安院の幹部だったOBは事故前を振り返り、原発の過酷事故対策は電力事業者の自主的な取り組み任せだったとして「保安院は検査さえ満足にできなかった」と告白。「津波の予見可能性はあったし、事故を回避できる可能性もあった。もっと果断に対策をとるべきだった」と悔やんだ。
 一方、原発再稼働を推進する経済産業省の担当者は「国の主張がほぼ認められた形だ。前橋地裁のときほどの激震度はない」と胸をなで下ろした。政府が主導する東電の再建計画は、賠償と第1原発の廃炉の費用が増額され、5月に新たな計画を策定したばかり。集団訴訟で国と東電が連敗すれば、再び目算が狂うことになりかねなかった。
 ただ賠償額は現時点の見積もりだけで約8兆円を超え、東電の経営に重くのしかかる。経産省の担当者は「丁寧に対応していくしかない」と語った。

原発避難者千葉訴訟 判決要旨

 東京電力福島第1原発事故避難者の集団訴訟で、22日の千葉地裁判決の要旨は次の通り。

 【国の規制権限】
 国は東電に対し、津波による浸水から全交流電源喪失を回避する措置を講じるよう命じる規制権限を有していた。

 【予見可能性】
 予見可能性の対象は、全交流電源喪失をもたらす程度の地震と津波が発生する可能性。具体的には原発の敷地の高さ約10メートルを超す津波が発生し得ること。2002年7月に国の地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」で、明治三陸地震と同様の地震が日本海溝寄りの領域でどこでも発生する可能性があるとの知見が示された。遅くとも06年までに10メートルを超す津波の発生を予見できた。

 【結果回避可能性】
 緊急性の低いリスクへの対策に注力した結果、緊急性の高いリスクが後手に回る危険性もあり、結果回避措置の内容や時期は専門的判断に委ねられる。東日本大震災以前の知見の下では、津波対策は地震対策に比べ早急に対応すベきリスクとしての優先度がなく、長期評価に異論もあった。原告が主張する06年までに事故後と同様の規制措置を講じる義務が一義的に導かれるとはいえない。
 仮に原告が主張する措置を取ったとしても、時間的に間に合わないか、事故を回避できなかった可能性もある。国の規制権限の不行使は著しく合理性を欠くと認められず、違法とはいえない。

 【東電の賠償基準】
 財物の管理が避難で不可能になり、放射性物質などによって価値が失われた場合、価値の喪失・減少分が損害となる。居住用不動産や家財道具についての東電の賠償基準は一応合理的。
 【避難生活の慰謝料】
 住み慣れた平穏な生活の本拠からの避難を余儀なくされ、日常生活の維持、継続が著しく阻害された精神的苦痛は、避難生活に伴う慰謝料として賠償される。額は個別・具体的な事情を総合考慮すべきだ。

 【ふるさと喪失慰謝料】
 自己の人格を形成、発展させていく地域コミュニティーなどの生活基盤を喪失した苦痛、長年住み慣れた住居や地域での生活の断念を余儀なくされた苦痛は、避難生活に伴う慰謝料では補填(ほてん)しきれない。賠償の対象。

 【慰謝料増額の適否】
 東電は、津波評価をするための具体的な波源モデル策定の検討を委託し、12年10月を目途に結論が出る検討結果で対策を講じる予定だった。津波対策を完全に放置したとはいえず、増額を相当とする重大な過失があったとはいえない。

 【自主避難者】
 事故当時の居住地と原発や避難指示区域の位置関係、放射線量、年齢や家族構成などを総合考慮し、避難の合理性が認められる場合は、相当な範囲の損告が賠償の対象となリ得る。

 【低線量被ばく】
 年間20ミリシーベルトを下回る被ばくが健康被害を与えると認めるのは困難だが、100ミリシーベルト以下で健康被害のリスクがないという科学的証明もない。放射線量等の事情によっては、自主的避難等対象区域外の住民が不安や恐怖を感じることに合理性が認められる場合もある。

 原発事故を巡る訴訟の経過

 2011年3月11日 東日本大震災発生。東京電力福島第1原発に津波が到達し、1〜5号機で全交流電源喪失
 2011年12〜15日 1、3、4号機で水素爆発
 2011年4月22日 福島県の11市町村に避難指示区域(警戒区域、計画的避難区域)設定 
2013年3月11日 福島県から県外に避難した住民らが国と東電に損害賠償を求め、福島、干葉、東京の各地裁と福島地裁いわき支部に提訴。その後も前橋など各地で提訴が相次ぐ
2013年5月31日 千葉訴訟の第1回口頭弁論。国と東電は請求棄却求める
 2017年1月31日 千葉訴訟が結審
 2017年3月17日 前橋訴訟で国と東電に3855万円の賠償を命じる判決
 2017年6月30日 東京地裁で、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の旧経営陣3人の初公判
 2017年9月22日 千葉訴訟で判決。国への請求は退け、東電だけに賠償を命じる

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