[2017_05_11_04]大丈夫か原子力規制委 情報公開で「黒塗り」祭り〈AERA〉(アエラ2017年5月11日)
 
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大丈夫か原子力規制委 情報公開で「黒塗り」祭り〈AERA〉

 福島第一原発事故後、期待を背に船出した原発の番人、原子力規制委員会。だがどうしたことか。過去に公開したはずの情報を隠し始めているという。

原子力安全・保安院が原子力安全委員会に送った文書はこちら
 写真の二つの文書を見比べてもらいたい。二つとも中身は同じ。2006年4月に原子力安全・保安院が原子力安全委員会(原安委)に送った文書だ。片方はすべて読み取ることができる。もう一方は、表題と数行の内容以外は、ほとんど真っ黒に塗りつぶされ、肝心な情報はわからない。読み取れるほうは12年5月17日、保安院が記者会見で配布したもの。黒塗りは17年4月3日に原子力規制委員会(規制委)が、筆者の請求で開示したものだ。
 この文書の表題には「『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針』改訂に向けて注意すべき点」とある。「耐震設計審査指針」というのは原発の建築基準法に相当するもので、この文書が出された5カ月後、28年ぶりに全面改訂された。それまでに造られた東京電力福島第一原発のような古い原発はすべて「既存不適格」とされてしまう恐れがあったため、そうならないように保安院が原安委に対し、新指針を古い原発に適用しないように圧力をかけた文書だ。

●2年前にネットも削除

 文書開示した規制委とは、福島第一原発事故後の12年、保安院と原安委が統合した組織で、旧2組織が出した文書を管理。ただこの件については、原発事故を防げなかった保安院が黒塗りにした文書を、規制委が明らかにするのならまだ分かる。事実は全く反対だ。それどころか、規制委は黒塗りの理由を、「国の争訟に対処するための方針が含まれているものであることから、公にすることにより、国の訴訟当事者としての地位を不当に害するおそれがあり、情報公開法第5条第6号ロに該当するため、不開示とした」と説明してきた。
 だが冒頭でも説明したように、この文書は5年前に保安院が記者会見で配布した資料である。調べてみると、保安院のホームページも情報公開資料として掲載。グーグルのような検索にはひっかからない仕組みで見つけにくいが、国会図書館のウェブアーカイブをたどると、ネット公開していた状況が確認できる。
 規制委も当初はネットで公開されていたことに気づかなかったフシがあるが、2年前にこのページを削除した。事故直後は大量の情報が公開されたが、後から精査すると、政府側にとっては好ましくない資料も多く含まれていたということか。そこで規制委に対して「保安院は記者会見でこの文書を配り、ホームページでも公開していたが、それでも規制委は黒塗りにするのか」と尋ねてみると、こんな回答が返ってきた。
「当庁において改めて検討した結果、当該文書は情報公開法上の不開示情報を含むものと考えております」(規制委の事務局・原子力規制庁の高橋正史法務調査室長)
 保安院よりも情報開示が大幅に後退したのか。念押しすると、答えはこうだ。
「保安院と規制委は別の組織なので、新しく別の判断をした」

●国の責任裏付ける事実

 原発事故をめぐっては、東電や国に対して損害賠償を求める集団訴訟が札幌から福岡まで、のべ約30件起こされており、原告は約1万2千人にものぼる。3月17日には、集団訴訟として初の判決が前橋地方裁判所であり、判決では津波を予見して事故を防ぐことができたと認定。東電と国が引き起こした人災だと断じた。東電に対する規制権限の行使を怠ったとして、国にも東電と同じだけの責任を認めているのだ。
 墨塗り文書には、国の責任を裏付ける事実がいくつも含まれ、国にはいかにも都合の悪いものと言わざるを得ない。
 例えば、新指針によって全国の老朽原発の安全性を確かめるため実施された「バックチェック」。当初09年に完了予定のはずが、福島第一原発に関しては16年まで先延ばしされ、津波の再検討も先送り。これが事故原因にもなった。黒塗りされた文書には、指針改訂後に予想される訴訟について「(国や電力会社は)少なくともバックチェック等の特段の立証活動なしには敗訴を到底免れない」などとある。その立証をサボって事故を起こしたのだから、裁判で負けて当然だったのだ。

「ほかに持ってない」

 原発事故で国の責任を検証するにあたり、福島第一のような「既存不適格」だった原発の問題をどう見るか。この点で、保安院と原安委、電力会社のやりとりが分かる今回のような文書はとても役立つ。規制委は昨年9月と同11月に計1893ページの文書を開示。この中には、「既存不適格」問題について「関係者の最大の関心事であり、現段階でほぼ落としどころが詰められている」と記された電気事業連合会の文書(04年3月9日)や、新指針案に対し「基本的に既設プラントに遡及するものではないことを明記する必要がある」とした東電のコメント(04年6月2日)、バックチェックを速やかに進めようとした原安委の方針に「『速やかに』は削除した方が良い」と注文をつけた保安院の文書(04年7月14日)などが見つかった。
 一方、開示されたのは04年8月までの文書のみだ。それ以降、指針が実際に改訂された06年9月までの2年分と、その後に「既存不適格原発」をどう扱うか国や電力会社が打ち合わせた文書は、冒頭の黒塗り文書を含めた2点、計4ページ以外は「持っていない」と規制委は回答している。
 古い文書は1893ページも出しておきながら、それ以降の事故の責任追及にもっとも肝心な時期の文書は4ページしかない、というのは腑に落ちない。規制委は、公文書を閲覧・検索できるようにするため、「行政文書ファイル管理簿」を備えなければならないが、12年の発足以来3年以上公開しておらず、公文書管理法に反していたことが一昨年に明らかになった。現在も、旧2組織の文書について76%分しか管理簿を公開していない。中央省庁でそんなところはほかにない。

●「徹底開示」が組織理念

 それだけではない。フランスの原発が高潮によって電源喪失した事故(1999年)、インド洋津波でインドの原発が止まった事故(04年)、貞観津波のシミュレーション(09年)など、福島第一原発事故につながるリスクを予見できる情報についても、保安院は隠したままだったのだ。
 事故の大きな要因は、国の情報隠しにある。規制委は組織理念として「意思決定のプロセスを含め、規制にかかわる情報の開示を徹底する」としているが、保安院より明らかに悪化している。今回の黒塗り開示は、規制委の情報公開の姿勢がよく分かる出来事になった。
 政府は4月18日、今年9月に任期満了を迎える田中俊一・規制委員長の後任に更田豊志・委員長代理を昇格させる人事案を国会に示した。新体制となる規制委は、果たして当初の組織理念を取り戻せるのだろうか。(ジャーナリスト・添田孝史)

※AERA 2017年5月15日号

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