[2016_03_01_05]原子力発電所における高エネルギーアーク損傷(HEAF)に関する分析_椛島一_土(※)野進_安全技術管理官(原子力規制委員会_技術報告_NTEC-2016-10022016年3月1日)
 
参照元
原子力発電所における高エネルギーアーク損傷(HEAF)に関する分析_椛島一_土(※)野進_安全技術管理官

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※実際は土に点という表記だが、環境依存文字なので、土で代替えした。

 本技術報告は、原子力規制庁長官官房技術基盤グループが行った安全研究の成果をまとめたものです。原子力規制委員会は、これらの成果が広く利用されることを期待し適時に公表することとしています。
 なお、本技術報告の内容を規制基準、評価ガイド等として審査や検査に活用する場合には、改めて原子力規制委員会としての判断が行われます。

    原子力発電所における高エネルギーアーク損傷(HEAF)に関する分析

  原子力規制庁 長官官房技術基盤グループ安全技術管理官(システム安全担当)付
  椛島一、土野 進

         要旨

 2011 年 3 月の東北地方太平洋沖地震により東北電力株式会社女川原子力発電所 1 号機(以下「女川 1 号機」という。)の高圧電源盤(6900V)において、高エネルギーアーク損傷(HEAF:High Energy Arcing Fault。以下「HEAF」という。)が発生し、同電源盤に連結された他の電源盤に損傷が広がり、また、その後に火災が発生し、原子力発電所の安全機能に影響を与えた。この HEAF 事象は、その影響は異なるものの、国内外の原子力発電所の電気設備で発生しており、原子力安全規制の観点から HEAF 事象が安全機能に及ぼす影響を評価する必要がある。
 原子力規制庁長官官房技術基盤グループでは、HEAF 事象の進展及びその影響を把握するために女川 1 号機の高圧電源盤を模擬した試験装置を用いて、大電流のアーク放電を発生させる試験(以下「HEAF 試験」という。)を実施した。また、原子力発電所で使用されている主要な電気盤についての HEAF 事象の特性を把握するため、低圧(480V)の配電盤及びモータコントロールセンタを用いて、HEAF 試験を実施した。
 これら HEAF 試験の結果、高圧電源盤及び配電盤を用いた試験では、HEAF に起因する火災発生の目安となるアークエネルギーのデータを得るとともに、主要な電気盤で生じる HEAFに係るアーク放電の特性等についてのデータを得た。
 本技術報告では、HEAF 試験の結果から得られたアークの放電特性、アーク放電による火災の発生、HEAF 事象の熱的影響範囲に関する知見をまとめるとともに、HEAF 試験に用いた異なる電気盤に対して、アークパワーが一定になることについての考察を取りまとめている。

(中略)

1. まえがき

 近年、高エネルギーアーク損傷(HEAF:High Energy Arcing Fault。以下「HEAF」という。)と呼ばれる大規模放電が、国内外の原子力発電所の電気設備で発生している。電気設備で HEAF が発生した場合には、その内部及び周辺の圧力・温度が急激に上昇することによって破壊作用を伴う爆発現象が生じ、深刻な機器破損を引き起こすとともに、HEAF に起因する火災が発生することにより、設備周辺のケーブル等に大きな影響を及ぼす事例もある。

 これらの状況を踏まえ、米国原子力規制委員会 (以下「米国 NRC」という。)では、2000 年代初頭から自国で発生した HEAF 事象の事例分析(参1)に取り組んでいる。また、経済協力開発機構/原子力機関(以下「OECD/NEA」という。)の原子力施設安全委員会(CSNI)では、2009 年に HEAF 事象に係るワーキンググループを設置するとともに、HEAF事象を原子力施設の安全確保のために考慮することの重要性を提唱している。HEAF 事象は、原子力安全規制の観点でその影響評価手法の整備が必要であることから、国際的にも注目されている。我が国においても、2011 年 3 月の東北地方太平洋沖地震により、東北電力株式会社女川原子力発電所 1 号機(以下「女川 1 号機」という。)の高圧電源盤において、HEAF に起因すると考えられる爆発的な現象が生じるとともに、火災が発生した。この HEAF に起因する火災の影響により、隣接する電源盤が延焼するとともに、多くの電気設備やケーブルが焼損を受けた。

 実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則(平成25年原子力規制委員会規則第5号)第8条では、火災の発生防止、火災の検知及び消火並びに火災の影響の軽減の3方策を講じることを求めている。HEAF に関しては、「原子 力発電 所の内 部火災影 響評価 ガイド ( 参 2 )」に おいて 、米国 の火災評 価ガイ ド(NUREG/CR-6850)(参 3)を参考に、火災源の一つとして記載されている。そのため、原子力規制庁長官官房技術基盤グループ(以下「S/NRA/R」という。)は、原子力施設における火災防護に係る規制基準の高度化に関する研究として、2013 年から 2015 年にかけて女川 1 号機の高圧電源盤で発生したような HEAF 事象についてのメカニズムや事象の進展等に関する知見を取得する目的で各種電気盤の HEAF 試験を実施してきた。HEAF 試験として、原子力施設で一般的に使用されている高圧電源盤(7000V 前後)、比較的低電圧(480V)の配電盤及びモータコントロールセンタを対象に、実機で想定される大電流のアーク放電を発生させた。

 本技術報告では、これまでに実施した HEAF 試験の内容及び結果をまとめるとともに、HEAF の事象進展、アーク放電のエネルギーレベルと火災発生条件に係る知見を整理した。また、HEAF 試験に用いた異なる電気盤に対して、アークパワーが一定となることについて考察を取りまとめた。

 なお、本技術報告に記載した成果の一部については、既に日本原子力学会「2013 年秋の大会(参 4) 」及び「2014 年春の年会(参 5)」及び旧独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)安全研究年報(平成 24 年度)(参 6)において公表している。

2.原子力発電所における HEAF 事例

 本章では、HEAF 事象の概略についてまとめるとともに、最近の HEAF 事象として、2011年 3 月の東北地方太平洋沖地震により発生した女川 1 号機における HEAF 事例(参 7)を示す。

2.1 HEAF 事象の概略

 HEAF 事象とは、電気設備の故障(地震等による接続不良、環境条件及び導電性異物(保全作業中に使用された金属レンチ、ドライバー等)の混入による短絡等)に起因して発生するアーク放電に伴う爆発的なエネルギー放出により、アーク放電発生箇所の圧力・温度が急激に上昇し、深刻な機器損傷を引き起こす事象である。また、爆発的なエネルギー放出により機器の破壊・変形、扉の開放、給電機器のトリップ等が起こることに加え、アーク放電に起因する火災の発生により周辺のケーブル等に影響を及ぼす場合がある。
 HEAF 事象は国内外の原子力発電所で発生している。OECD/NEA 火災事象情報交換(FIRE:Fire Incident Records Exchange)プロジェクトの報告書(参 8)によれば、1975年から 2012 年までに原子力発電所で発生した火災 415 件中 48 件(11.5%)が HEAF 事象に起因するものであったとしている。HEAF は、地震による電気設備の接続部の破損、電気設備の経年劣化及び保守・メンテナンス作業に係るヒューマンエラーの増大の結果、年々増加する傾向にあるとされている。

2.2 女川 1 号機での HEAF 事例

 2011 年 3 月の女川 1 号機におけるタービン建屋地下1階の常用高圧電源盤の損傷状況及びアーク放電の発生原因の推定図を図2.1及び図2.2に示す。

 女川 1 号機では、常用設備6-1A ユニットにおいて、異なる2台の高圧電源盤でアーク放電が発生し、連結する10台の高圧電源盤にケーブルダクトを通じて損傷が広がった。この損傷及びその後の火災によって安全系の残留熱除去系ポンプが一時停止するという二次的な事象も発生した(参 9)。

 東北電力は、この女川 1 号機の HEAF 事例におけるアーク放電の発生原因について以下のように推定している。

 @ 地震の大きな振動によって、耐震架台が設置されていない当該盤のマグネブラストしゃ断器(MBB)は固定されず、下部にスペースがあることから大きく揺れ、一次、二次側断路部の接続導体及び絶縁物が変形・破損した。
 A 断路部の変形・破損により接続導体が周囲の構造物(バリアなど)と接触し、短絡・地絡が発生した。
 B 一部短絡により接続導体と周囲の構造物でアーク放電が発生した。
 C アーク放電の発生熱の影響により、盤内ケーブルの絶縁被覆は溶けて発煙し、遮断器を含む周辺構造物が焼損した。


図2.1 女川1号機の高圧電源盤のHEAFによる損傷状況(参7)
Fig.2.1 Damage of metalclad switchgear caused by HEAF event at Onagawa NPS unit 1


図2.2 女川1号機の高圧電源盤におけるアーク放電の発生原因の推定図(参 7)
Fig. 2.2 Presumed cause of arc outbreak in metalclad switchgear of Onagawa NPS unit 1

(後略)
KEY_WORD:アーク放電火災_:HIGASHINIHON_:ONAGAWA_: