[2015_08_01_01]解説 オピニオン 元東電会長ら強制起訴 別次元 複雑な審理に 福島原発事故 「予見可能性」を検証 Q&A 強制起訴なぜ導入 「市民感覚」反映が目的(東奥日報2015年8月1日)
 発生から4年以上が経過した東京電力福島第1原発事故が、東電旧経営陣3人の強制起訴を決めた検察審査会の判断により、刑事裁判という新たな局面を迎えることになった。膨大な資料、証言から企業トップの「予見可能性」を検証する裁判は、これまでの事故調査や捜査とは別次元の複雑な審理が必要となる。事故は防げたのか。重大な疑問の解明は、法廷に委ねられた。
 「放射能は人類の種の保存にも危険を及ぼす。原発事故は一度起きれば、取り返しがつかない」
 31日に公表された東京第5検察審査会の議決は原発事故の「特殊性」をこう言い表し、原発事業の責任者には万が一の事態を想定する「高度な注意義務」があった、と言い切った。
 巨大津波の恐れを示す調査結果と「15・7メートルの津波」を実際に東電が試算していたという事実。これらを前提にすれば勝俣恒久元会長らに予見可能性があったのは当然で、停止を含めた予防策を講じなかったことで業務上過失致死傷罪は成立する−。市民感覚のにじむ議決の論理は明快だ。

 「対策不可避」想定も

 この「万が一」この恐れに東電はどう向き合ったのか。国会の調査委記録や民事訴訟の証拠などをひもとくと、断片的な議論のもようが浮かび上がる。
 2008年9月の福島第1原発。会議で配られた資料には「現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され、津波対策は不可避」と明記されていた。この資料は会議終了後に回収。東電が情報漏れに神経をとがらせていたことがうかがえる。東電の試算に基づく報告は会議前の6月、武藤栄元副社長に報告されていた。
 東電は試算が妥当かどうか、電力業界とつながりの深い土木学会に審議を依頼。内部で防潮提の建設も検討した。
 だが「かえって原発周辺にある集落の津波被害が大きくなる」などの消極的な意見もあり、事故防止策は取りやめになった。
 09年2月、東京・内幸町の東電本店で開かれた会議には勝俣氏、武藤氏も出席した。
 「女川や東海はどうなっているのか」。武黒一郎元フェローが担当者に問いかけた。第1原発に14メートル程度の津波が来る可能性について言及があったからだ。
 東北電力女川原発は過去の大津波を教訓に建設時から敷地をかさ上げしていた。日本原子力発電東海第2原発は対策を検討中だった。
 実際、11年3月11日の大津波に襲われた東海第2原発は、その後の津波対策が奏功して海水ポンプが生き残り、過酷事故を辛うじて免れた。

 「不起訴」揺るがず

 東京地検も、こうした痕跡を十分に踏まえていた。だが、当時の状況を考慮すれぼ想定は一つの試算にすぎず、3人を罪に問えないという判断は揺るがなかった。
 「もうしょうがない。こんな大きな問題は、裁判所が決めるベきだと一般の人は考えるのだろう」。何人もの専門家、東電関係者に聴取を重ね、長期捜査を尽くした上での不起訴の判断を否定されたことに、ある検察幹部はあきらめ顔だ。
 実際の裁判で、断片的な証拠をつなぎ合わせても有罪判決につなげるのは困難。事故前の知見や、当事者の認識を詳細に洗い出す、気の遠くなるような検証が必要だ。
 「検察官役の弁護士にとって、見通しは暗いだろう」。元東京地検特捜部長の宗像紀夫弁護士は話す。
 「末曽有の危険にまで対策を取れば、コストは無限にかかる。飛行機は飛ばせないし、日本中の沿岸部の白治体が防潮堤をかさ上げする必要が出てくる。それでいいのか」
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