[2014_08_08_01]「実効性ある避難計画を再稼働の要件とせよ」 川内原発審査の問題(3)広瀬弘忠・東京女子大名誉教授_中村稔_岡田広行_東洋経済記者(東洋経済オンライン2014年8月8日)
 
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「実効性ある避難計画を再稼働の要件とせよ」 川内原発審査の問題(3)広瀬弘忠・東京女子大名誉教授_中村稔_岡田広行_東洋経済記者

広瀬弘忠(ひろせ・ひろただ)●1942年生まれ。 東京大学文学部心理学科卒。東京大学大学院博士課程中退。東京大学新聞研究所助手。東京女子大学文理学部助教授を経て同大学教授。同大学を停年で2011 年3月末退職(東京女子大学名誉教授)。専門は災害・リスク心理学。文学博士(東京大学)。現在は安全・安心研究センター代表取締役。

 川内原子力発電所(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働問題に関連して、重要性が指摘されるのが、地元自治体が策定する地域防災計画の一環としての避難計画だ。福島第一原発事故を受けて、避難計画策定が必要な地域が、原発から30キロメートル圏に拡大され、川内原発では、鹿児島県および薩摩川内市など9市町が策定している。
 避難計画は事故時の住民の被曝を防ぐ「最後の砦」ともいわれるが、日本では米国と違い、原子力規制委員会による規制の対象とはなっていない。それだけに実効性が本当に担保されるかが問われている。第3回は、原子力を含む災害危機管理に詳しい、広瀬弘忠・東京女子大学名誉教授(災害・リスク心理学)に、現状の避難計画の問題点などについて聞いた。

――川内原発の審査における問題点をどう考えていますか。

 一番の問題は、規制委の審査は深層防護、多重防護によって事故を最低限に抑えられるという想定があるわけだが、それが固定化することで、再び「安全神話」につながっていきかねないということだ。福島第一原発事故が想定外だったとされたように、100%安全だとか、0%の危険性だとか、考えることにはそもそも無理がある。
 事故の可能性がゼロではないはずなのに、事故はありえないことを前提にしているからこそ、原子力防災・避難計画の策定が地元自治体に丸投げされている。
 立地自治体はもともと、税収増や雇用増などの経済的メリットがある原発を誘致したいのだから、チェック機能は働きにくい。それなのに、自治体へ避難計画が丸投げされ、結果的に実効性の乏しい避難計画になっている。福島の教訓がまったく生かされていない。

米国では避難計画次第で廃炉も

 原子力災害の大きさを考えれば、原発の再稼働を判断する要件として、実効性のある避難計画の策定は当然入れるべきだ。米国の原子力規制当局は避難計画を非常に重要視しており、避難計画次第で原発が廃炉に追い込まれる。ニューヨーク州のショーラム原発のように、州知事が避難計画を不十分として承認せず、一度も稼働せずに廃炉となったケースもある。

――自治体に責任が丸投げだと、実効性のある避難計画策定は難しいと。

 川内原発の地元に限らず、日本の場合、各自治体が住民にどうやって放射性物質拡散状況などの情報を提供し、避難指示を行い、避難を支援するかといった計画は、まったくお寒い状態といえる。原発から30キロメートル圏外に避難するときに行う除染でも、実戦的な訓練ができていない。
 PAZ(原発から半径5キロメートル圏内の予防的防護措置準備区域)の住民が先に避難し、その後にUPZ(5〜30キロメートル圏内の緊急時防護措置準備区域)の住民が避難するという、二段階の避難をどこも想定している。が、緊急時には、PAZの住民もUPZの住民も、みんな一斉に避難するかもしれない。なぜ二段階で避難するといった非現実的な計画を立てるかというと、それがいちばん時間の節約になるからだ。都合のいいように恣意的に作られている。
 放射性物質のように、人間の五感で知覚できないものの恐怖に対し、住民はみな遠く遠くへ逃げようと考える。40キロメートル圏、50キロメートル圏の人たちも、避難することがありうる。それをコントロールする主体もない。
 その中でも、川内原発の避難計画は、避難時間シミュレーション(鹿児島県が2014年5月29日に発表)が13通りしかないように、ほかと比べて見劣りする。たとえば、混雑などで国道267号が通行できない場合という想定があるが、南九州自動車道も同時に通行できない場合はどうするかといった、複合的な最悪事態を想定していない。

勝手に避難する人をどうするか

 また、「指示に基づかない避難」、要するに勝手に避難するUPZの人の割合を40%としてほとんどのケースを想定しているが、とうてい40%にとどまるとは思えず、非常に恣意的。本来はいちばんひどい状況を想定すべきものだ。誰からも避難指示が出ない、交通規制も行われない、ガソリン切れで車がストップして道路がふさがれた場合など、想定すべき最悪の事態は多い。現状は、シミュレーションといいながら、その内容は実にお粗末だ。1変数だけとって、あとは楽観的に考えている。

――鹿児島県のシミュレーションでは、PAZの避難が90%完了した時点で、UPZの避難指示が出されることを前提に、避難時間は最長で28時間45分、最短で9時間15分としています。

 そんな都合のいい方法で避難指示が出せるものか。UPZの人たちはじっと家の中で待機しているという、幻想的な想定がされること自体がおかしい。
 避難というのはそんな簡単にいくものではなくて、さまざまな個別の事情に左右される。鹿児島県のシミュレーションでは、避難指示直後から最大2時間以内に避難を開始すると想定されているが、PAZのほとんどの人が2時間以内に避難を開始するとは考えにくい。避難は家族単位でまとまって行うのが普通なので、子どもを保育園から連れて帰るなど、いろいろな家族の都合で時間がかかるだろう。
 結局、県のシミュレーションが出された結果、それがほとんど非現実的で役に立たないだろうというのがわかっただけだ。

――鹿児島県の伊藤祐一郎知事が、UPZの要援護者(高齢者や障害者など自力避難が困難な人)の避難計画に関し、「作らない」と発言したことが問題視されています。

 UPZという圏内を作っておきながら、要援護者の支援はマンパワーからしてもできない、しかもそれは当然だという言い方をしている。が、いちばん援護が必要な人たちを避難させられない状況で、本当に避難計画といえるのか。

他県との協調体制ができていない

 われわれには「福島」という一つの大きな教材がある。いろいろな失敗から学ばなければならないのに、失敗を避ける方法をあえて無視している。そういうやり方はあまりにも政治的というか、エゴイスティックという気がする。福島の教訓を生かすなら、30キロメートル圏だけでなく、40キロメートル、50キロメートル圏のことまで考えなくてはならない(福島事故では、30〜45キロメートル圏の飯舘村に避難指示が出された)。
 避難先は周辺の県へも拡大していくことが想定されるが、他県との協調体制はまったくできていない。警察や消防などが連携し、自衛隊の支援も組み合わせて、避難・災害支援態勢をどう構築するか。縦割りの弊害をなくし、統合的な指揮系統を整えることが必要だ。

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