[2014_03_13_05]エネルギー基本計画案は矛盾だらけ(東洋経済オンライン2014年3月13日)
 

エネルギー基本計画案は矛盾だらけ

 経済産業省が2月25日に最終計画案をまとめ、与党内協議を経て3月中に閣議決定される見通しのエネルギー基本計画。計画案では、焦点だった原子力発電の位置づけについて「エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」とし、安倍晋三政権の原発推進方針を改めて確認するものとなった。ただ、原発依存度は「可能な限り低減させる」とも書かれている。それでいて、どの程度まで減らすかは示されておらず、その点が非常にわかりにくい。
 一方、再生可能エネルギーについては、「有望かつ多様な国産エネルギー源」と位置付けられているものの、原発には付せられている「重要」との表現がないため、どこまで推進に前向きなのかが読めない。ほかにも、計画案には疑問や矛盾が多い。「日本のエネルギー政策のビジョンや方向性が見えにくい」と、植田和弘・京都大学大学院教授は指摘する。
■ 本当のコスト論議を素通り
 原子力は今後も重要な電源、というのが経産省の中心的メッセージなのは確かだろう。2013年12月に最初の計画案が提示された際、記者は資源エネルギー庁の担当者に呼ばれ、原発停止による化石燃料への依存や貿易赤字、供給不安の拡大などの悪影響を中心に説明を受けた。「原発推進の下心がないと言えばウソになる」と担当者は本音を漏らしていた。
 だが、なぜ原発推進という結論になるのか。その根拠が分かりにくい。たとえば、根拠のひとつとして、原発を「ベースロード電源発電コストが他の電源と比べて低廉で、昼夜を問わず安定的に稼働できる電源」と位置づけているのだが、原発のコストが本当に安いのか、東日本大震災後の今となっては非常に疑わしい。
 海外事情を含めてエネルギー政策に詳しい富士通総研経済研究所の高橋洋・主任研究員はこう指摘する。「原発が高コストで経済性が低いことは、少なくとも先進国では常識。英国政府は、原発に対してキロワット時当たり15.7円1ポンド=170円換算で35年間の売電収入保証制度を導入した。陸上風力よりも価格が高く、保証期間は2倍以上長い。原発はハイリスクハイリターンだから、そこまで保証しないと事業者は原発を運転してくれないと政府が認めたわけだ」。
 原発のコストについては、民主党政権時にコスト等検証委員会が設置され、原発は下限値としてキロワット時当たり8.9円であり、事故対応費用次第でさらに高くなるとされた。
 今回の計画案では、そうした本当のコストに関する議論が十分になされないまま、ただ原発の「運転コストは低廉」と記された。計画案を審議する基本政策分科会の場で、委員として真のコストについて問題提起した植田氏は、「議論が深まらずに終わったのは非常に残念」と話す。
 実際、原子力規制委員会による原発の新規制基準導入により、原発の追加安全対策費用は兆円の単位で今も増えつつある。また、原発の8.9円の試算においては、東京電力福島第一原発事故の事故対応費用は下限値として5.8兆円が仮置きされた。だが、昨年末に自民党の原子力災害対策本部がまとめた試算では、事故賠償に5.4兆円、除染に2.5兆円、汚染土の中間貯蔵施設に1.1兆円、廃炉に2兆円などと10兆円を優に上回る見込みだ。 原発の真のコストが政府試算8.9円の2倍近い17円になる可能性は、日本経済研究センター日本経済新聞社が母体で前社長の杉田亮毅氏が会長も指摘2013年1月している。40年に一度の割合で福島並みの事故が起きるリスク保険料として費用化や、災害対策の重点地域拡大に伴う電源立地交付金の増大などを試算に織り込んだ結果であり、こうした最大リスクを考慮した試算を政府は早急に明示すべきと主張している。17円となると、コスト等検証委員会が試算した石炭火力10.3円、LNG火力10.9円はおろか、風力陸上の上限17.3円にも迫る。
 「日本政府も本当は原発がコスト高であることはわかっているのだろう。ただ、英国政府のように、コスト高でも政策的に推進するとは言えないから、苦しんでいるのではないか」。高橋氏はこうも推察する。
■ 長所ばかり羅列し、リスク軽視
 計画案において、原子力の位置づけは、「燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく」「準国産エネルギー源として優れた安定供給性と効率性を有し」「運転コストが低廉で変動も少なく」「温室効果ガスの排出もない」と、長所ばかり並べ立てている。 一方、再エネの位置づけにおいては、「安定供給面、コスト面で様々な課題が存在する」「太陽光は発電コストが高く、出力不安定」「風力は調整力の確保、蓄電池の活用等が必要」「地熱は開発には時間とコストがかかる」「バイオマスはコスト等の課題を抱える」などと短所にもしっかり触れている。
 しかし、原発のとてつもなく巨大なリスクは、今や国民誰もが認識しているはずだ。大事故が発生すれば、放射能汚染によって広大な地域が廃墟と化し、居住や耕作、産業活動が不可能となる。国家の危機に瀕すると言っても過言ではない。
 天災だけではなく、内部者を含めたテロも大いなるリスクだ。規制委の田中俊一委員長は、「いちばん怖いのは戦争のような脅威だろう」とも言う。しかも現状、原発事故の深刻な被害は周辺住民が負う一方、その最終的な責任者、コストの負担者は電力会社なのか政府なのか定かではない。こうした原発特有のリスクはもっと真正面から直視すべきだ。 植田教授は語る。「政府は新規制基準を満たした原発の再稼働を進めようとしているが、周辺住民の避難計画策定は自治体にほぼ丸投げで、住民の安全性第一になっていない。また、福島事故処理で国は”前面に出る”と言っているが、従来の電力会社の責任や費用負担、ガバナンスがどうなるかが不明のままだ」。
■ 原発の新増設方針も暗に示唆
 計画案では、原発依存度は「可能な限り低減させる」と書かれている。これは12年12月の衆議院総選挙で勝利した自民党が掲げた公約に沿ってはいる。ただ、どこまで低減するか原発依存度は現状ゼロだが、大震災前は約3割には言及していない。「規制委の規制基準審査の動向を見極めたいということだろうが、原発再稼働を最終的に決めるのは政府の役割。規制委の動向にかかわらず、政府が長期的な原発依存度やエネルギーミックス電源構成の方針を決めることはあっていいはずだ」高橋氏。
 注目すべきは、「可能な限り低減させる」という方針の下で、わが国の今後のエネルギー制約を踏まえ、「確保していく規模を見極める」としている点だ。これは、原発比率を将来的に一定程度維持することを示しており、前民主党政権が12年9月の革新的エネルギー・環境戦略で打ち出した「30年代の原発稼働ゼロ目標」からの大転換を意味する。
 「原発の一定規模を“確保”していくということは、原発を新増設する方針を示したことに他ならない」高橋氏。新増設しなければ、原発の数現在48基はゼロに向かって漸減するからだ。安倍政権は新増設については、「現在のところまったく想定していない」と表向き発言しているが、これはあくまで現時点の話にすぎない。もちろん、ここで言う新増設には、すでに政府がゴーサインを出している建設中の大間原発電源開発や、すでにほぼ完成済みの島根原発3号機中国電力は含んでいない。将来、一定の原発比率を確保するために、別の新増設計画が浮上する可能性が高いということだ。
 再エネに関しても、姿勢は曖昧だ。計画案では「13年から3年程度、導入を最大限加速していき、その後も積極的に推進していく」とある。だが、再エネの問題点も数多く指摘しており、国民負担の観点から固定価格買取制度FITを見直すとも書かれている。「再エネを本気で大量導入していくつもりなのか、それとも再エネには頼れないからほどほどにしていくのか、わかりにくい書きぶりになっている」高橋氏。
 確かに、FITによる電力会社の再エネ買い取り費用が賦課金として電力料金に上乗せされ、国民負担13年度は標準家庭で月額120円程度が増えてはいる。一部には、FITで先行2000年に導入したドイツにおいて、再エネの発電量比率が2割を超えた反面、標準家庭の賦課金が月額約2400円14年と高騰していることから、日本も二の舞いになるとの懸念が喧伝される。
 だが、高橋氏はこう解説する。「FITを続ける以上、賦課金が年々上がるのは当然だ。ただ、日本でドイツと同様に上がるとは考えにくい。ドイツは14年前の太陽光パネルなどの価格発電量当たりの単価がまだ高い時代からFITを始めたので買い取り価格が高くついたが、今やパネル価格は2分の1、3分の1に大きく下がっている。今後も再エネの技術革新が進むにつれ、買い取り価格も適切なレベルまで下げられていく。ドイツなどが頑張ってくれたおかげで、日本は後発のメリットを享受できるわけだ」。
 「長期的に腰を据えてやるなら、明確な目標量を入れるべきだ」と植田氏は主張する。ドイツでは全発電量に占める再エネ比率が23%13年に達しているが、ドイツ政府は20年には35%、30年には50%を目標に掲げている。政府が目標値をコミット公約しているからこそ、再エネ事業者はそれを前提に長期的な事業計画が立てられる。日本にはこうした目標値がない。計画案の文面からも、本当に前向きなのかが判然としない。
■ 核燃料サイクル推進方針は変えず
 一方、核燃料サイクル政策については、これまで通り推進を基本的方針として、プルサーマルの推進、六ヶ所再処理工場の竣工、MOX燃料加工工場の建設、むつ中間貯蔵施設の竣工等を進めるとしている。核燃料サイクルの中心と位置付けられてきた高速増殖炉もんじゅについては、「これまでの取組の反省や検証を踏まえ」、「徹底的な改革」を行うとし、前回の基本計画10年6月に閣議決定で掲げていた「2025年頃までの実証炉の実現、2050年より前の商業路の導入」という実用化の目標は取り下げた。ただ、白紙化や廃止ではなく、「もんじゅ研究計画に示された研究の成果をとりまとめることを目指し」、研究を継続する方針を示した。
 「日本はこれから原発を減らしていくのだから、本来、核燃料サイクルは推進する必要がない。40年前と違い、ウランが枯渇する心配も減っている。今回の計画案で、高速増殖炉の推進はトーンダウンさせ、高レベル放射性廃棄物の”減容化”を強調したのは、そうした批判を受けてのものだろう」と高橋氏は見る。
 とはいえ、日本は核燃料サイクル政策を放棄したわけではない。「使用済み核燃料からプルトニウムを回収する核燃料サイクル政策は、エネルギー安保以上に本来、軍事的安保の意味合いが強い。サイクルを止め、使用済み核燃料をすべて直接処分するとなると、そうした原子力の本当の目的を消すことになると政府は考えているのではないか。ただ、そうした本当の目的を含めて、もっと正面から議論し、国民の同意を得るべきだ」高橋氏。
■ 優先すべき最終処分場も先送り
 東芝-ウエスチングハウス、日立製作所-GE連合を見てもわかるように、日米間には「原子力共同体」とも言われる緊密な関係がある。プルトニウムの拡散は防ぐべきだが、中国、ロシアが原子力政策を一段と推進する中にあっては、同盟関係にある日米が核燃料サイクルを含めた原子力技術を推進することは、国防上の観点からも重要との見方はある。ただ、そうした目的の是非も含めて、オープンに議論することが必要だろう。コストの低さや安全性など、説得力のない理由を挙げているエネルギー基本計画では、国民の支持は得られない。
 すでに1万7000トンに積み上がった高レベル放射性廃棄物の最終処分場についても、いまだ処分地選定調査に着手できないまま、「国が前面に立って取り組む必要がある」と努力姿勢を示すのみだ。廃棄物を処理するメドが立っていなくても許されるような産業は原発だけといってもいい。産業廃棄物法でも放射性廃棄物が例外とされている。これは日本だけの問題ではないが、ドイツのように核のゴミ問題を理由に脱原発に舵を切った国もある。原発を例外視して放棄物問題を先送りする無責任体制を日本はいつまで続けるのだろうか。
 「今の原子力政策は、安全性、経済性、倫理性のすべてにおいて問題がある」と植田教授は言う。日本のエネルギー政策の大方針を示すエネルギー基本計画は、数々の重大な矛盾を抱え込んだままスタートしようとしている。
中村 稔

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