[2006_04_29_03]原発の耐震基準強化 「直下型」想定 全面見直し 新たな定期点検制度 整備を 二重の審査 算定方法 国民的議論 地震予測 阪神大震災後に発展(読売新聞2006年4月29日)
 
 原子力発電所の耐震基準強化に向け、25年ぶりとなる国の指針改正案がまとまった。

科学部 佐藤俊彰
大阪本社科学部 川西勝

 二重の審査

 原発の耐震安全性は、経済産業省原子力安全・保安院と内閣府原子力安全委員会による二重の審査で確保されている。この審査基準を定めたのが「耐震設計審査指針」だ。1981年の改正内容がほぼ引き継がれてきた。
 しかし、最近になって、指針の信頼性を揺るがす事態が相次いだ。まずは昨年8月の宮城県沖の地寮だ。宮城県の東北電力女川原発で指針の想定より大きい揺れを記録した。東北電力は急ぎ、指針より大幅に厳しい基準で安全性を再確認した。
 もう一つは、先月、金沢地裁が下した、北陸電力志賀原発2号機(石川県)の運転差し止め判決だ。同地裁は@未知の直下型地震の想定規模が小さいA揺れの算定方法が妥当性を欠くB他のデータが示す活断層の危険性の考慮が不十分ーーと指摘した。

 算定方法

 指針の改正案は、司法からの厳しい異議申し立てを強く意識した内容となった。安全委の片山正一郎事務局長は「揺れの想定方法を詳しく書き込んだ。判決の批判にも十分こたえたはずだ」と説明する。
 改正案では、未知の直下型地震の想定を全面的に見直す。安全委の専門家会議では試案として、現在より2割は強い揺れを見績もるべきだとのデータが示された。全国の原発55基のうち、直下型地震に対する配慮の比重が高い27基は、今後の再点検で想定見直しは避けられそうにない。
 また、揺れの算定方法は、従来の「大崎の方法」と最新の「断層モデル」を併用し精度を高める。活断層については、さかのぼって調べる期間を拡大する一方、様々な活断層のデータのうち考慮していないデータがある場合は、その理由を電力会社に説明させるとしている。
 もっとも、揺れの想定が厳しくなることが、安全の低下に直結する訳ではない。なぜなら、原発の重要施設はもともと、建築基準法の求める3倍以上の耐震性を持つなど強度に余裕を持たせてある。改正点の多くは、新しい原発で、電力会社の設計担当者は「耐震補強はほとんど必要ないだろう」と話す。

 国民的議論

 改正案に対しては、「結局、具体的な数値目標がほとんど盛り込まれていない。保安院と電力会社の裁量にゆだねた部分が大きい」という批判もある。だが、2001年から約5年も続く見直し作業の取りまとめをこれ以上、先送りすることは社会的に許されなかった。たとえ半歩であっても、前進したことを評価すべきだ。
 大きな課題が二つ残された。一つは、科学的な新知見を反映し、定期的に耐震安全性を再点検する仕組みが、国の制度として確立されていない点だ。現行制度では再点検は今回限りとなる。
 原発の安全性を10年ごとに総点検する「定期安全レビュー」に耐震安全性の観点を積極的に盛り込むなど制度の活用を含め、定期的な再点検制度の整備が急務だろう。
 もう一つは、想定を超える地震が発生し重大事故に至るリスクを計算する「確率論的安全評価」の本格導入が、専門家の意見が一致せず、見送られた点だ。ある電力会社で.は、この種の事故を1万年に1回程度に抑えることを目標としている。
 原発の利点を考えた上で、どの範囲のリスクまで受け入れるかという基準作りには、社会の理解が重要だ。保安院の広瀬研吉院長は「非常に重要な課題だと認識している」と話す。専門家の検討と並行し、国民的な議論を提起する機会を求めたい。

 地震予測 阪神大震災後に発展

 阪神大震災以降、地震学や耐震工学は、飛躍的に発展した。特に進歩したのは、地震の揺れを予測する手法だ。
 従来は簡単な方法に頼っていた。「震源からの距離」と、活断層の長さから推定される「地震の規模」を計算式に当てはめ、地震波の強さなどを推定する。考案した故大崎順彦・東大名誉教授にちなみ「大崎の方法」と呼ばれた。
 しかし、実際の地震は、そんなに単純ではないとわかってきた。断層の位置や形、破壊が始まる場所や進む方向、断層面の凹凸などにより、揺れ方は大きく変わる。こうした断層の特徴を綿密に考慮する手法が「断層モデル」。政府の地質調査委員会も採用している。
 全国の活断層調査も阪神大震災以降、精力的に行われた。関西電力美浜原発(福井県)は、30年以上前に近くの野坂断層帯を「長さ17キロ、地震の規模はM(マグニチュード)6・9」と想定して設計されたが、地震調査委は2003年、「全体の長さは31キロで、M7・3の地震を起こす」との見解を示した。
 東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)、中国電力島根原発(島根県)、四国電力伊方原発(愛媛県)などでも、活断層が新たに見つかったり、想定より長いと判明している。耐震安全性の再点検では、焦点の一つになりそうだ。一方、中部電力は自主的に、東海地震の想定震源域内にある浜岡原発(静岡県)で想定の1・6倍の揺れに耐えられる補強工事を始めており、影響は少ないとみられる。

 耐震指針改正案骨子

▽未知の直下型地震の想定を厳格化
▽既知の大地震に基づく想定は2種類から1種類に
▽揺れの算定手法に「断層モデル」を導入
▽垂直方向の揺れの計算法も高度化
▽活断層の調査期間を「過去最長13万年」に延長
▽今後の設計に免震構造の応用を容認
▽最高度の耐震性を求める設備類の範囲を拡大
▽「確率論的安全評価」導入の必要性を明紀
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