[1933_03_04_02]三陸一帯の大津浪 惨害一方毎に甚し 岩手県 全滅部落続出し 死者五百を超ゆ(東京朝日新聞1933年3月4日)
 
※以下は地震関連の見出しと重要と思われる部分をテキスト化したものである

○三陸一帯の大津浪 惨害一方毎に甚し
 既報三日早暁兼北三陸地方海岸一帯に起った地震に次次大海嘯の惨害は、その後一報到る毎に益々甚しきを加へ被害地方は酸鼻の極を呈している、三日午後三時までに本社に達した報道によれば惨害のもつとも甚だしいのは岩手県海岸地釜石、宮古付近の臨海の町村部落で死者及び行方不明三百名に上り流失家屋も千六百に近い、被害は次次に宮城県下の海岸一帯で気仙沼、石巻、飯野川等もっとも甚しいことが判例している、青森県東海岸は今までのところ被害は前二県に比し甚だ少い見込みである、諸情報を総合するに地震そのものは各地何れも強震程度あつたが、各地海岸に一丈余から五六尺の高さに及ぶ海嘯の襲来によりこの惨禍を見るに至ったもので釜石町の如きは大火災と共に水災の両難を受け、いづれの地も人心きようきょうとして混とんたる有様である、海嘯の襲来と共に被害現地の電信、電話、交通機関は杜絶したので、詳細の実情は判明せぬところ多く実際は今まで判明せるよりも甚しいものと推測される〔カットは今晩東京帝大地震学教室の地震計からとられた震動図、周期は地震計の?のそれを示し矢印の?が地震の初期とその方向を示す〕

○岩手県 全滅部落続出し 死者五百を超ゆ 「そら大津浪だ!」と叫喚 水地獄を現出
○釜石は水火の責苦
○宮城県 沿岸各地は大混乱 家屋二百流失 死傷行方不明二百名
○青森県 岩に打ち揚げられ 泣叫ぶ少女 上北郡の惨状
○蕪島桟橋流失 八戸地方の被害
○東海岸一帯浸水
○福島県 小海嘯襲来 山へ避難
○北海道 襟裳付近 津浪 被害甚大
○慶長以来三度目 津浪にのろわれた三陸地方
○救援品の輸送鉄道は無賃扱
○駆逐艦九隻と三飛行隊を急派 海軍側救援に大活動
○各地測候所 報告 中央気象台着

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