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再び高浜原発の運転差し止め 日米でこんなに違う原発事故の対応


 5年前の福島第一原発事故を受けての原発安全策が、日本と米国とで大きく異なっている。あの未曽有の被害を教訓に将来の原発事故にどう備えるか。日米でその姿勢はあまりにも違う。その違いは高浜原発の運転を差し止めた大津地裁が指摘する「危惧すべき点」に通じる。

 米テネシー州メンフィス──。国際的な大手航空貨物輸送会社フェデックスの本拠地がある。その国際空港から8キロほどの、かつては陸軍の物流拠点があった広大な土地に、米国の電力各社が共同で運営する緊急事態対応センター(National SAFER Response Center)の倉庫がある。

 広さ7400平方メートルの倉庫に入ると、赤、黄、青と色とりどりに塗り分けられた様々なポンプや発電機が約50台のトレーラーに載せられ、それがずらりと並んでいる。原子炉に水を入れ、原発事故を最小限に抑え込むための最後の手段として、緊急時に機器は役立てられる。そろえるのに全部で5500万ドル(60億円余)かかったという。福島事故を受けて2014年6月に開設された。

 米国に約100基ある原子炉のどれかが重大事故に陥りそうになったとき、発電所の要請に応じて、これらの機器の出番となる。3時間以内にすべてのトレーラーがこの倉庫から出発する。

 空路を使うときは、メンフィス国際空港にあるフェデックスの中継拠点スーパーハブに直接向かう。米国の空港の中で貨物取扱量が最も多く、貨物輸送に地の利がある。

 機器はいずれもMD11貨物機に収まるサイズになっている。機器の大きさや重さは事前にフェデックスの担当者によって把握されており、機内のどの場所に置くかまで計画が練られている。9.11のテロ攻撃時のように、すべての民間機の飛行が禁止されたときにも運輸省の航空当局から特別な許可が得られる段取りで事前に話がついている。

 原発に通じる道路が寸断されている場合には、ヘリコプターで輸送する。そのため、機器はすべて、ヘリの能力に合わせて4トンより軽い。ヘリでつり上げられるように機器の上端部にフックがあらかじめ取り付けられている。民間のヘリコプター会社と契約を交わしているが、いざというときは、州政府と国防総省にもヘリの出動を要請する。24時間以内に全米のすべての原発に到着できる計画だ。

 これらの機器が出動するときには、フランス系の原子力メーカー、アレバの技術者5人が現場に駆けつけて合流し、機器の起動を手伝う。70人余がふだんは別の仕事をしながら、24時間態勢で呼び出しに応じられるように交代でシフトを組んでいる。

 もっとも注目すべきことは、全米の原発で同じ機器を使えるようにするため、電源やホースの接続口を同じ大きさと形に標準化し、それに合わせて各原発で接続口を改修したことだ。各社、「この接続口が必要だ」とか「このサイズのホースだ」とか、それぞれ異なる希望があったが、時間をかけて標準をまとめあげたという。その結果、各原発は、緊急事態対応センターだけでなく、全米に約60ある他の原発からも機器の融通を受けることができるようになった。

 メンフィスだけでなく、実は西のアリゾナ州フェニックスにも、ほぼ同じ機器をそろえたもう一つの緊急事態対応センターがある。東西二つの緊急事態対応センターはそれぞれ担当の区域を持っているわけではない。どこの原発事故であっても、それぞれのセンターが対応できる。にもかかわらず、まったく同じ機能を持つセンターを2カ所設けたのには理由がある。いずれかのセンターがハリケーンなどで使えなくなる事態を想定しているのだ。同じ場所に10セットの機器を置いておくよりも、2カ所に5セットずつ分散して置いておくほうが、多様性を高め、したがって安全性も高まる、という思想に基づく。

 こうした対策は、福島第一原発事故の教訓から、米政府の原子力規制委員会が外部支援を充実させるよう電力各社に要求し、それに応えるため米国の原子力業界が考案した。業界では「多様で柔軟な対処戦略」という意味を込めた造語で「フレックス(FLEX)」と呼びならわしている。米国の原子力エネルギー協会のアンソニー・ピエトランジェロ上級副理事長は「私たちの原子力産業の防護は世界最高水準になるだろう」と述べる。

 日本にはこうした緊急事態対応センターはない。

 電気事業連合会が日本原子力発電に依頼してこの3月に発足させた「原子力緊急事態支援センター」が福井県にあるが、そこにある機器は、放射能が漏れ始めた後の高線量下での活躍を想定したロボット類が中心。給水ポンプや大容量の発電機はない。

 ポンプ車や電源車について、日本の原発は福島事故の後、発電所の敷地内に急ピッチで備えつつある。その数は、アメリカの原発が敷地内に備えているポンプや発電機など「フレックス」機器をはるかに上回っている。たとえば、東京電力の柏崎刈羽原発には42台の消防車があり、視察した米国の原子力業界関係者が「東京消防庁が新潟に引っ越ししてきたのか」と驚くほど。これはもちろん、福島第一原発事故の教訓を受けての配置だ。

 しかし、発電所の外からの支援の準備や計画、訓練については米国に劣る。

 九州電力の原発では、福島事故後に新たに配備した電源車やポンプ車にナンバープレートがない。公道に出るときにはナンバープレート取得済みのトラクターヘッドに交換すると九電は説明するが、そのトラクターヘッドが社内には配備されていないという。これでは、九電の川内原発で万一があったときに、同じ九電の玄海原発からポンプ車を派遣しようとするのに、余分な時間がかかってしまうだろう。もちろん、他の電力会社の原発へのポンプ車などの支援は基本的に想定外で「要請があれば状況を踏まえ検討する」ということになっている。

 原発敷地内の機器は原発と一緒に被災して同時に使用不能になるリスクがある。だから、外部の支援を迅速に受けられるようにする必要がある。それもまた福島原発事故の貴重な教訓だった。米国はそれに学んだが、日本は逆に、外部支援なしでもやっていけるようにしようという道を選び、それに固執しているように見える。
同じ福島原発事故から日米は相異なる教訓を見いだした格好だ。(朝日新聞編集委員・奥山俊宏)
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