[2020_04_11_01]東電が原発取材を縮小、緊急事態に便乗の批判(東洋経済オンライン2020年4月11日)
 
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東電が原発取材を縮小、緊急事態に便乗の批判

 新型コロナウイルスの感染拡大防止で、政府が緊急事態宣言を発令した。それと軌を一にして、東京電力が毎週月曜日17時に開催してきた本社内での福島第一原子力発電所事故に関する定例記者会見を4月9日から当面取りやめる方針を示した。同時に、毎週木曜日17時にテレビ会議の形で開催してきた本社と福島第一原発、福島市内を結んでの同時記者会見も、本社屋に出向いた形での出席ができなくなった。
 こうした方針変更は、変更前日の4月8日18時45分に一斉配信メールで伝えられた。東電は「本社建物内での会見中止は緊急事態宣言終了後の5月10日頃までをメド」とし、それまでは月、木曜日ともに、福島第一原発内の建物に詰めている広報担当者が説明し、その内容を、インターネットを通じて同時中継する。東京在住の記者は自社や自宅などで東電の説明内容を視聴するだけで、その場での質問ができなくなった。

■リアルタイムでの質疑が困難に

 東電は本社での対面方式での記者会見を取りやめる理由について、「従業員並びに関係される皆様の健康と安全を守るため」と説明する。本社屋への立ち入りは、「(電力供給に必要な)優先業務を行う社員や非常対策対応の要員を最優先する」(東電)という。
 感染拡大の防止を理由に、広報体制を縮小する流れは東電に限ったものではない。すでに多くの企業が記者会見や対面での取材対応を中止している。感染防止の観点で、濃厚接触につながりかねない屋内での会見を見直すとの考え方自体は理にかなっている。
 とはいえ、東電のやり方には大きな問題がある。福島第一原発では事故から9年が経過した現在でも、放射性物質の環境中への漏洩や労働災害、停電などのトラブルが後を絶たない。東電は定例の記者会見や臨時会見を開き、事実関係を説明。そして会見に出席した記者は、東電との質疑応答を通じてその詳細を把握し、正確かつ深みのある報道に務めてきた。ところが、東電の今回の対応は、そのようなリアルタイム、かつ直接的な取材を経たうえでの報道を事実上難しくしてしまう。
 今後、東京在住の記者で東電に質問をする必要がある場合には、会見の配信が終わった後、東電の代表電話を通じて待機している社員に個別に問い合わせることになる。なお、原子力規制庁の記者クラブ所属の記者に対しては、東電の担当者が出向いていちいち個別会社ごとに質問に答えるという便宜を図っている。東電は同記者クラブに所属していない記者には、「電話で問い合わせをいただければ真摯に対応する」としているが、ほかの記者の質問や東電の回答内容を聞きながら、より掘り下げて質問するといった工夫ができなくなった。
 東電が方針を変更する2日前に開催された本社内での定例会見では、「緊急事態宣言後に開催される会見においても、リアルタイムで質疑ができるように工夫してほしい」との意見が、フリージャーナリストだけでなく共同通信の記者からも出されていた。東電の広報担当者は「緊急事態宣言後の対応については検討中」と述べたものの、リアルタイム質疑は実現しなかった。

■不祥事の多くは会見を通じて判明

 東電の今回の方針は、なぜ問題なのか。それは、東電が原発事故という未曾有の事故を起こした特殊な企業であること、そして原発事故後に発生した東電のトラブルや不祥事が、会見での質疑を通じて初めて明らかにされるケースがしばしば見られたためだ。
 例えば、炉心溶融を起こした福島第一原発の1〜3号機原子炉建屋付近の排水路を通じて、高濃度の放射性物質を含んだ水が港湾外の海洋に流出し続けていた事実があった。これは、東電が排水路内の水に含まれる放射性物質の量を測定していながら、その数値を開示していなかったケースだ。
 数値が明らかにされたのは、独自取材で高濃度の汚染水が流出している事実を把握したフリージャーナリスト・おしどりマコ氏が、定例記者会見で質問したことがきっかけだった。そして、この質問を受けて東電が2015年初頭にデータを開示するまでに、実に2年余りの歳月がかかっている。「記者会見で再三にわたって回答を催促しなかったならば、事実を明らかにするのは難しかっただろう」と、おしどりマコ氏は振り返る。
 おしどりマコ氏の質問に東電がすみやかに回答していたならば、東京五輪に対する海外のイメージも変わっていたかもしれない。というのも、東電が回答を遅らせている間に、安倍晋三首相は東京五輪を誘致するため、「放射性物質は原発の港湾内にコントロールされている」などと、世界に向けて間違った事実を説明した。安倍首相の説明に誤りがあったことは五輪誘致決定後に判明した。
 こうした不都合な真実は、リアルタイムでのやり取りがあってこそ明るみに出ることが少なくはない。ほかにも、労災事故が発生した時にも東電はしばしば誤った説明を繰り返し、会見中に記者が指摘してようやく訂正する一幕もあった。
 最近でも、同様のケースが発生した。福島第一原発から20キロメートル圏内にあるサッカーのナショナルトレーニング施設「Jヴィレッジ」は福島第一原発の事故収束作業の前線基地として、事故直後から東電が使用してきた。その返還に際しては、徹底した除染を実施することを東電は福島県に約束していたが、実際には除染特措法に基づく除染を行わないまま返還されていたことも、記者会見でのやり取り中に明らかになった。
 当然ながら、こうしたリアルタイムかつ双方向でのやり取りは長時間に及ぶ。やり取りがかみ合わずに堂々巡りになることもしばしばあったが、インターネットを通じてライブ中継される質疑には、一般市民も注目している。
 報道体制縮小の影響はすでに現れている。緊急事態宣言直前の4月6日には1時間22分をかけたのに対し、4月9日の会見はわずか12分で終了。東京の本社会場が閉鎖されて記者の参加ができなかったため、この日の質問は福島会場からのわずか2問のみで終了した。

■なぜ「電話会議」を導入しないのか

 リアルタイムでの双方向の記者会見は、対面でなければできないわけではない。欧米のグローバル企業のみならず、日本でも少なくはない上場企業が当然のようにウェブ配信と電話を組み合わせた「電話会議」形式の記者会見を行っている。
 例えば、以下のようなやり方だ。(1) 電話会議の開催案内を、関係する記者に送付し、参加者を募る。(2) 参加を希望する記者は、氏名や電話番号、メールアドレスを事前に知らせる。(3) 参加登録した記者には、電話会議の前日までに企業側から接続先の電話番号とPIN番号を伝達する。(4) 当日の開始時刻に配信された映像を見ながら、電話を通じて質疑応答が行われる。 大手製薬企業の武田薬品工業は、2000年代から第1四半期および第3四半期の決算説明会でこうした電話会議の仕組みを導入している。電話会議に参加した記者は、他社の記者の質問や企業側の回答内容をリアルタイムで聞くことができる(音声は同社ホームページ上でも掲載)。
 また、今回のコロナウイルス感染拡大を踏まえ、電話会議への切り替えを検討している企業も少なくない。医療・介護人材サービス大手のエス・エム・エスは、5月1日に予定している2020年3月期本決算の説明会を電話会議方式で実施する予定だ。マイクロソフトのTeamsなどのグループチャットソフトウエアを用いてウェブミーティング形式で取材に対応している企業もザラにある。

■取材機会の縮小は東電への不信感を増幅も

 東電の対応が不可解なのは、記者からリアルタイムでの取材の機会提供を求められていながら、実現に向けた努力の姿勢が見られないことにある。電話会議の導入は難しいものではない。原発事故直後から東電の定例会見を取材しているフリージャーナリストの木野龍逸氏は、「緊急事態に乗じて、取材の機会を縮小しようとしているのではないか」と疑うが、こうした声が出てくるのも当然だ。
 折しも福島第一原発では、放射性物質トリチウムを含んだ処理水が増加し、海洋での処分を含めた扱いをどうするのかが、地元の産業界や自治体を巻き込んでの論議の対象になっている。福島県内にとどまらず、国際社会でも関心が高いテーマであるだけに、東電には今後もより詳細できちんとした説明と対応が求められている。そうした中での取材機会の縮小は、めぐりめぐって社会における東電への不信感を増幅させることにつながりかねない。

岡田 広行 :東洋経済 記者
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