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クローズアップ2016 地震・原発複合災害、不安の声 「屋内退避」阻む余震

  2度の震度7など異例な展開が続く熊本地震を受け、原発事故が発生した際の政府の避難計画に対し、原発が立地する地元住民から改めて不安の声が上がっている。国は避難計画について、周辺住民が一時的に自宅などにとどまる「屋内退避」や、隣県にも逃げる「広域避難」を前提にしている。だが、東京電力福島第1原発事故のような地震との複合災害が起こった場合、今の避難計画は有効に機能するのか。【杣谷健太、鳥井真平、酒造唯】

政府対策に疑問符

 「原発事故が起これば、屋内退避は無理。熊本地震でますます不安になった」。鹿児島県いちき串木野市で、2人の子どもを育てる公務員、山口育恵さん(34)はこう話す。国内で唯一稼働する九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(同県薩摩川内市)から自宅までは直線距離でわずか約15キロだ。

 福島事故前は、避難計画の対象は原発から半径8?10キロ圏内だったが、事故後は30キロ圏内に拡大。これにより、対象自治体は21道府県135市町村(事故前・15道府県45市町村)に上り、国民の4%に当たる約480万人が避難計画の対象になった。
 政府の避難計画の指針は、5キロ圏の住民は事故の兆候があったらすぐに避難し、5?30キロ圏は原則屋内退避し、線量が上がれば圏外へ逃げる「2段階」で構成されている。原子力規制委員会は「5?30キロ圏では屋内退避で被ばくが十分低減できる」と試算しており「無理に避難をすれば、かえって被ばくや健康被害のリスクが高まる」と説明する。

 しかし、強い揺れで多数の家屋が倒壊した熊本地震のようなケースでは、自宅で退避し続けるのは困難だ。避難所も万全ではない。災害時に避難所となる公共施設の耐震化率は鹿児島県の場合、昨年3月末時点で85・7%と全国平均(88・3%)より低い。7月下旬の再稼働が見込まれる四国電力伊方原発がある愛媛県は、全国でワースト3位(79・1%)だ。

 鹿児島県は川内原発が事故を起こした場合、30キロ圏内の住民約21万人が圏外に避難するには、最大約29時間かかると試算するが、5?30キロ圏内の住民の屋内退避を前提にしており、周辺住民が一斉に避難を始めれば交通網が混乱し、さらに避難時間がかかることが予想される。山口さんは「屋内退避しても、(支援物資の受け取りなど)外に出なければならず、被ばくは避けられない。すぐに逃げたいが、避難道路も渋滞するだろう」と言う。

 鹿児島県の岩田俊郎原子力安全対策課長は「屋内退避は外出禁止ではないので、必要に応じて外に出てもいい。(基準値以下なら)すぐに健康に影響が出ることはない。今のところ見直す状況にはなく、一番合理的な方法であることに変わりはない」と話す。

 災害時の住民避難に詳しい関谷直也・東京大特任准教授(災害社会学)は「避難計画は道路や鉄道の寸断など、大規模な地震災害が起こることを前提にすべきだ。5キロ圏に避難指示を出せば、その周辺住民も避難を始めるのは明らかで、さらに混乱を招く。屋内退避を前提にした避難計画は現実的でない」と指摘する。
被災、周辺自治体も 「広域避難」に課題

 熊本地震では隣の大分県も被災したが、こうしたケースでは「広域避難」も機能しない恐れがある。

 再稼働を控える四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)は、佐田岬半島の付け根に立地している。事故時には半島の先端側の住民約5000人が孤立する恐れがある。

 避難計画では、陸路が使える場合は自家用車などで事故の兆候が起きている伊方原発の前を通り過ぎて松山市方向へ避難し、陸路が使えない場合はフェリーやヘリコプターを使って大分県に避難することになっている。

 しかし、津波などで港などが破壊されれば海をまたがっての移動は不可能。その場合は屋内退避になるが、自宅や避難所が大きな被害を受けている可能性が高い。仮に移動できたとしても、大分県が同時被災していれば住民の受け入れが困難になる。

 愛媛県原子力安全対策課によると、大分県が被災している場合はバックアップとして山口県に避難することを想定している。同課は「多重的に避難先を計画に盛り込んでおり、問題ない」とする。しかし大規模な自然災害による混乱で、自治体間の連携がスムーズに進む保証はない。

 唯一、首都圏に立地する日本原子力発電東海第2原発(茨城県)も、広域避難の難しさに直面する。30キロ圏内は県庁所在地の水戸市などを含み、圏内人口としては国内最多の約96万人を抱える。茨城県はこのうち56万人については県外への避難を想定しているが、30万人分の行き先は未定のままだ。

 米国では、原発の防災対策は米原子力規制委員会(NRC)の審査対象になっている。立地自治体などは原発の運転前に避難訓練しており、有効な避難計画がなければNRCが運転を許可しない。一方、日本の場合は、避難計画が有効に機能するかは規制委の審査の対象外で、再稼働の要件に含まれていない。

 規制委の田中俊一委員長は4月27日の記者会見で、建物の倒壊などで屋内退避が困難になった場合について「そこから離れ、耐震性のある丈夫な建物に避難していただく」と説明。地震で避難経路が寸断された場合も「土砂崩れになれば緊急に処理して通れるようにするなどの対策をしてもらう」と語り、避難計画の仕組みを見直す考えがないことを強調した。

 危機管理に詳しい広瀬弘忠・東京女子大名誉教授(災害リスク学)は「熊本地震では強い揺れが繰り返し多くの建物が倒壊した。屋内退避がかえって生命に危険を及ぼす可能性があることが明らかになった。現行の避難計画はそもそも無理な前提で作られており、事故のリスクを考えれば原発の再稼働はできない」と指摘する。

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