【記事19241】第66回:気象庁が発表した「震度解説表」の「要注意個所」を解析する_建築&住宅ジャーナリスト_細野透氏(SAFETY_JAPAN2009年4月16日)
 
参照元
第66回:気象庁が発表した「震度解説表」の「要注意個所」を解析する_建築&住宅ジャーナリスト_細野透氏


=================================================================
気象庁の新「震度解説表」をどう読むべきか、検討しよう

 気象庁は2009年3月31日から、新しい「震度解説表」の運用を開始した。震度解説表とは、地震の震度ごとに、予想される揺れ方や被害の目安を示したもの。新しい解説表の特徴は、「建物の耐震性が高い」場合と、「建物の耐震性が低い」場合の2種類に分けて、きめの細かい被害想定を掲載したことだ。
 1981年(昭和56 年)に建築基準法が改正され、現行の「新耐震基準」が施行された。したがって、1981年以前の建物は耐震性が低く、1982年以降は耐震性が高くなる傾向がある。
 新耐震基準が要求しているのは、「震度6強程度の地震が来ても建物が倒壊しないこと」、換言すると「建物の中にいる人は死亡しないこと」である。これに対して、旧耐震基準が要求していたのは、おおむね「震度6弱程度の地震が来ても建物が倒壊しないこと」だった。
 ただし、新耐震基準であっても姉歯物件のように「耐震性が低い建物」もあるし、逆に、旧耐震基準であっても「耐震性が高い建物」もある。気象庁の新しい「震度解説表」は、このような事情を考慮した表現になっている。

=================================================================
震度5弱、震度5強で見えてくる課題とは

 では、この新しい「震度解説表」を、順次検討してみよう。ここでは、被害が少ないと思われる、軽度な震度は省略する。
 震度解説表によると、震度5弱、震度5強で起こる現象は、以下のようにまとめられている。

 【震度5弱】
●大半の人が、恐怖を覚え、物につかまりたいと感じる。耐震性が低い木造建物では、壁などに軽微なひび割れや亀裂がみられることがある──。

 【震度5強】
●大半の人が、物につかまらないと歩くことが難しいなど、行動に支障を感じる。
●耐震性が低い木造建物では、壁などにひび割れや亀裂がみられることがある。
●耐震性が低い鉄筋コンクリート造建物では、壁、梁、柱などの部材に、ひび割れや亀裂が入ることがある──。

 震度5弱、5強の段階では、耐震性が低い建物であっても、構造体にひび割れや亀裂が入る程度にとどまる。ただし、固定していない家具が倒れたり、窓ガラスが割れて落ちるため、ケガをすることもあるので、十分な注意は必要だ。

=================================================================
震度6強が、建物や住宅の地震被害を検討する上で、重要な「ひとつの境目」になっている

 続いて、震度6を検討する。

 【震度6弱】
●立っていることが困難になる。
●耐震性が低い木造建物では、壁などのひび割れや亀裂が大きくなる。また、瓦が落下したり、建物が傾いたりして、倒れるものもある。
●耐震性が高い木造建物では、壁などに軽微なひび割れや亀裂がみられることがある。
●耐震性が低い鉄筋コンクリート造建物では、壁、梁、柱などの部材で、ひび割れや亀裂が多くなる──。

 旧耐震基準では、「震度6弱程度の地震が来ても建物が倒壊しないこと」を目標にしていた。それにもかかわらず、耐震性が低い木造建物で倒れるものがあるのは、主として老朽化が原因と考えられる。この点に注目だ。

 【震度6強】
●立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされ、動くこともできず、飛ばされることもある。
●耐震性が低い木造建物では、傾くものや、倒れるものが多くなる。
●耐震性が高い木造建物では、壁などにひび割れや亀裂がみられることがある。
●耐震性が低い鉄筋コンクリート造建物では、壁、梁、柱などの部材に、斜めまたはX 状のひび割れや亀裂がみられることがある。そして、1階あるいは中間階の柱が崩れ、倒れるものがある。
●耐震性が高い鉄筋コンクリート造建物では、壁、梁、柱などの部材に、ひび割れや亀裂が多くなる──。

 震度6強は、ひとつの境目である。

 旧耐震基準レベルの木造建物は倒れるものが多いのに、新耐震基準レベルの建物はひび割れや亀裂程度で収まっている。また、旧耐震基準レベルの鉄筋コンクリート造建物では柱が倒れるものもあるが、新耐震基準レベルの建物はひび割れや亀裂程度で収まっている。自分の住んでいる建物などが、どちらの基準で建てられているのか、今一度確認しておこう。

=================================================================
震度7で「まれに傾く」

 続いて震度7。

 【震度7】
●立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされ、動くこともできず、飛ばされることもある。
●耐震性が低い木造建物では、傾くものや倒れるものがさらに多くなる。
●耐震性が高い木造建物でも、まれに傾くことがある。
●耐震性が低い鉄筋コンクリート造建物では、1階あるいは中間階の柱が崩れ、倒れるものが多くなる。
●耐震性が高い鉄筋コンクリート造建物では、壁、梁、柱などの部材に、ひび割れ・亀裂がさらに多くなる。1 階あるいは中間階が変形し、まれに傾くものがある──。

 震度7になると、旧耐震基準レベルの木造建物はさらに多くが倒れ、新耐震基準レベルでも「まれに傾く」ことがある。また、旧耐震基準レベルの鉄筋コンクリート造建物では柱が倒れるものが多くなり、新耐震基準レベルでも「まれに傾く」ものがある。

=================================================================
計測震度7.0で全壊率は「実に54%」にもなる

 ここまで紹介した気象庁の新「震度解説表」では、震度7の場合でも、新耐震基準レベルの建物では、木造建物および鉄筋コンクリート造建物とも、「まれに傾く」となっている。しかし、この表現はじつは「要注意」である。

 その第1の理由は、気象庁が新しい「震度解説表」をつくる根拠として引用した、1982年以降に完成した建物の全壊率データである。

 【木造建物の全壊率】
 計測震度6.5 全壊率15%
 計測震度6.6 全壊率21%
 計測震度6.7 全壊率30%
 計測震度6.8 全壊率36%
 計測震度6.9 全壊率46%
 計測震度7.0 全壊率54%

 【非木造建物の全壊率】
 計測震度6.5 全壊率6%
 計測震度6.6 全壊率8%
 計測震度6.7 全壊率10%
 計測震度6.8 全壊率13%
 計測震度6.9 全壊率17%
 計測震度7.0 全壊率22%

 これを見るとわかるように、たとえば計測震度7.0だと、木造で全壊率54%、非木造で全壊率22%となって、とうてい「まれに傾く」というようなレベルではないからだ。

 第2の理由は、震度7に関して、定義をあいまいにしたままであるからだ。震度と計測震度には次のような関係がある。

 震度5弱 計測震度4.5以上5.0未満
 震度5強 計測震度5.0以上5.5未満
 震度6弱 計測震度5.5以上6.0未満
 震度6強 計測震度6.0以上6.5未満
 震度7  計測震度6.5以上

 つまり、震度6弱とか震度6強には下限と上限があるが、震度7はいわば青天井なので上限はない。東海地震、東南海地震、南海地震などの海洋型巨大地震が連続的に発生すれば、計測震度が7.1とか7.2になる可能性も否定しきれない。全壊率はすさまじい数字に跳ね上がるはずなのに、その危険性を論じようとしないのだから、現実から目を背けてしまったことになる。いかにも、お役所仕事である。

=================================================================
大規模構造物に関しては「特記」が加わった

 新しい「震度解説表」には、もうひとつの特徴がある。大規模構造物に関しては「特記的な注釈」を付け加えたことだ。

 【長周期地震動による超高層ビルの揺れ】
 超高層ビルは固有周期が長いため、固有周期が短い一般の鉄筋コンクリート造建物に比べて、地震時に作用する力が相対的に小さくなる性質を持っている。しかし、長周期地震動に対しては、ゆっくりとした揺れが長く続き、揺れが大きい場合には、固定の弱いOA機器などが大きく移動し、人も固定しているものにつかまらないと、同じ場所にいられない状況となる可能性がある──。

 【石油タンクのスロッシング】
 長周期地震動により石油タンクのスロッシング(タンク内溶液の液面が大きく揺れる現象)が発生し、石油がタンクから溢れ出たり、火災などが発生したりすることがある──。

 【大規模空間を有する施設の天井等の破損、脱落】
 体育館、屋内プールなど大規模空間を有する施設では、建物の柱、壁など構造自体に大きな被害を生じない程度の地震動でも、天井等が大きく揺れたりして、破損、脱落することがある──。

 特記的な表現を増やしたことは、見方を変えると、「震度」だけでは全体的な被害像を捉えられなくなってきている、という事実の裏返しでもある。

 なお、このコラムの名前は、震度7の建築経済学でしたが、今回から、「危ない空間」と「安全な空間」の境目を分ける「建築」とは、と改めます。引き続きご愛読いただけますなら幸いです。

KEY_WORD:TOUNANKAI_:NANKAI_:_