【記事35851】原発訴訟で国と東電の責任を裏付ける文書_存在を確認できないはずの重要資料が白日に_岡田広行(東洋経済ONLINE2014年8月20日)
 
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原発訴訟で国と東電の責任を裏付ける文書_存在を確認できないはずの重要資料が白日に_岡田広行

 原子力発電所事故をめぐる損害賠償訴訟(「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟)で、被告の国がこれまで「存在を確認できない」としてきた、重大事故の可能性を示唆する資料が明るみに出た。
 福島地方裁判所での口頭弁論を翌日に控えた7月14日夕、国は「上申書」と「訂正書」を急遽提出。「原告の主張する文書そのものではないものの、原子力規制庁に電力会社から提出されたと認められる資料があることを確認した」として、これまでの「存在を確認できない」との説明を撤回した。
 国が提出した上申書には、裁判の帰趨にも影響を与えかねない、驚くべき内容の資料が添付されていたのである。

「余裕のない状態」を認めていた

 「『太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査』への対応について」と題した文書の作成日時は「平成9(1997)年7月25日」。作成者は「津波対応WG」。電気事業連合会が設置したと思われる組織による同資料には、次のような記述がある(写真参照)。
 「(97年)5月26日に実施された太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査委員会(以下、四省庁委員会)の検討資料に基づき、太平洋側の原子力地点での津波高さの検討を行った」
 「その結果、四省庁資料から読み取った津波高さは、福島第一、福島第二および東海第二のそれぞれの発電所において、冷却水取水ポンプモータのレベルを超える数値となっている」
「また、四省庁委員会が設定した想定地震の断層パラメータ(相似則による平均値)を用い、電力独自に数値解析した結果、福島第一、福島第二、東海第二、浜岡ともに、余裕のない状況となっている」
 「以上のような状況下において、四省庁委員会が設定した想定地震の断層パラメータのバラツキおよび計算誤差を考慮して、仮に上記値の2倍の津波高さの変動があるものとすると、太平洋側のほとんどの原子力地点においては、低下水位は冷却水取水ポンプ吸込口レベル以下となるとともに、水位上昇によって冷却水取水ポンプモータが浸水することとなる」
 海水を冷却水として取り込むポンプが浸水した場合、炉心損傷や最悪の場合に炉心溶融に至り、大規模な放射性物質の放出につながりうることは、「国会事故調」(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)の報告書(2012年7月)で詳しく述べられている。この文書の記述から、11年3月に福島第一原発で起きた事態を想起させる重大事故の可能性を、東電を含む電力会社が97年7月時点で認識していたことをうかがわせる。
 同じく97年7月25日に提出された、「7省庁津波評価に係わる検討結果(数値解析結果等の2倍値)について」と題した一覧表でも、試算による想定の2倍の津波が福島第一原発に押し寄せた場合、「非常用海水ポンプのモータが水没する」「非常用海水ポンプの取水が不可能になる」と書かれている。
 しかしながら、対応案として記された「水密モーターの採用」については、「今後開発および耐震性等の確証試験を行う等の問題がある」と言及。また、別の案である「建屋躯体の変更」についても、「難しい」とされている。
 その一方で、楽観的な見通しが述べられている。いわく、「津波が減衰するまでS/P(サプレッションプール)保有水で残留熱を除去する。津波時の水位に合わせて海水ポンプを間欠運転する…(以下、略)」などにより、「対応可能である」としているのだ。

電力会社側は非公表を求める

 いずれにせよ、このように深刻な事態が起こりうることを認識していながら、東電を含む電力会社は満足な対策を講じない一方で、試算自体を極秘にするように国に求めていた。そう言えるのは、同日の資料の中で、次のような記述があるからだ。
 「検討結果の公表に当たっての(旧建設省など)四省庁に対する要望事項」として、「必ずしも十分な精度とは言えない検討結果を基に想定しうる最大規模の津波の数値を公表した場合、社会的に大きな混乱が生ずると考えられることから、具体的な数値の公表は避けていただきたい」。そして、「(97年)10月に予定している検討結果の公表に際しては、事前に公表内容の調整をさせていただきたい」ともある。
 当時、国で策定が進められていた「津波防災計画策定指針(案)」についても、電力会社側は“骨抜き”を画策していた。
 同じ97年7月25日の会合に提出された「『津波防災計画策定指針(案)』に関する問題点整理表」では、「既往最大津波との比較検討を行ったうえで、常に安全側の発想から対象津波を設定することが望ましい」との原案に対して、記述の削除を求めている。その理由として電力会社側は「『常に安全側の発想から』の記載があると、事象の発生確率、対応するためのコストとは無関係に安全側の設定がなされる恐れがあり、工学的な判断が入り難くなる」ことを挙げている。要はコストがかかりすぎるので対策を講じたくないという主張だ。
 このようにして「津波防災計画策定指針」の形骸化を図る一方で、電力会社側は自らが研究費の全額を負担したうえで、民間団体である土木学会の元に設けられた「原子力土木委員会津波評価部会」で、安全対策の前提となる「原子力発電所の津波評価技術」を決めようとした。2000年のことだ。
 当時、評価部会は資金面で電力会社に依存するのみならず、「委員・幹事等30人のうち13人が電力会社、3人が電力中央研究所、1人が電力のグループ会社の所属」(国会事故調報告書)という、電力業界に偏った布陣だった。また、「会議資料作成等の実務は、電力中央研究所および東電などから構成される幹事団が執り行っていた」(11年12月26日発表の「政府事故調中間報告書」(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会中間報告書))。まさに電力会社による丸抱えだ。
 結局のところ、東電は6号機の冷却系非常用海水ポンプ電動機を20センチメートルだけかさ上げするなど、比較的容易な対策にとどめた。その一方で、重大事故の可能性を過小評価する姿勢は、改まることがなかった。
 02年7月に、政府の地震調査研究推進本部は「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(「長期評価」)を発表。国会事故調報告書によれば、これに基づく津波が押し寄せた場合、その高さが原子炉建屋の敷地の高さを上回るO.P.(小名浜港工事基準面)+15.7メートルに達し、原子炉建屋の浸水が避けられないことが、東電が08年5月ごろに計算した結果で明らかになった。
 また06年5月には、監督官庁の原子力安全・保安院と原子力安全基盤機構が設けた「溢水勉強会」で、原子炉建屋の敷地の高さと同じO.P.+10メートルの津波が押し寄せた場合、非常用海水ポンプが機能を喪失し、炉心損傷に至る可能性があること、また、O.P.+14メートルの津波が到来した場合、建屋への浸水からすべての電源喪失に至る危険性があることが、東電から示された。そして、これらの情報は東電と保安院で共有されたと、国会事故調報告書は指摘している。しかし、ここに至っても東電は実効性のある対策を講じることをせず、保安院も対策を求めることはなかったという。
 その津波評価部会では、「おおむね信頼性があると判断される痕跡高記録が残されている津波」が評価対象とされており、「仮にそのような文献記録の残っていない古い時代により巨大な津波が発生していたとしても、そのようなものは評価対象として取り上げられない方法となっていた」(政府事故調の同報告書)。そして、想定津波水位の補正係数(安全率)を1.0としたことは、前述の四省庁委員会が2倍としたことと比べても、甘いものだったと思わざるをえない。

過失責任をめぐり論争

 今となっては取り返しがつかないが、国会事故調報告書はこう述べている。
 「津波が想定を超える可能性が高いことや、想定を超えた津波は容易に炉心損傷を引き起こすことを、東電は02年以降何度も指摘され、事故の危険性を認識していた」
 もちろん、国や東電は、こうした指摘を真っ向から否定している。国の第6準備書面(7月4日付け)は次のように述べている。
 「この(=土木学会の津波評価技術)の手順によって計算される設計想定津波は平均的には既往津波の痕跡高の約2倍となっていることが確認されているのであるから、その計算値は安全側の発想に立って計算された値と評価することができる。したがって、補正係数を1.0とし、また2から3倍にしないことをもって、科学的に不合理であるとは認められない」
 「もっとも、溢水勉強会は、あくまで、津波の高さの仮定に加えて、仮定した津波の高さが継続して到来する(継続時間を設定せず、無限時間継続する)という条件を設定したうえでの影響評価を行ってみたものであって、この影響評価の結果から、O.P.+14メートルあるいはO.P.+10メートルの津波が到来するとの具体的危険性を認識していたとは言えない」
 生業訴訟の原告は、福島県内外に住む約2600人。9月にも第4次提訴が予定され、原告の人数は3000人を上回る見通しだ。同訴訟で弁護団事務局長を務める馬奈木厳太郎弁護士は、「危ないと分かっていながら重大事故の回避を怠った国と東電には重大な過失責任がある」としたうえで、「9月16日に開催される次回の裁判期日では、97年の文書の作成者や作成の経緯を明らかにしていく」と語る。
 原発事故の責任を問う裁判は、重大局面を迎えつつある。

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