[2017_01_31_02]東芝「債務超過」へのカウントダウン〜残された時間はたった1ヵ月_町田徹(現代ビジネス2017年1月31日)
 
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東芝「債務超過」へのカウントダウン〜残された時間はたった1ヵ月_町田徹


最低最悪の記者会見

 「さらなる成長、ひいては東芝グループの企業価値の最大化を実現するため、3月31日をめどにメモリー事業の分社化を実現することを、本日の取締役会で決定いたしました」――。
 東芝の綱川智社長は先週末(1月27日)の緊急記者会見で、こう述べて、投資家や取引先の金融機関を唖然とさせた。というのは、東芝の経営のどこにも成長を語る余裕など無かったからである。
 同社にあったのは、またしてもメディア主導で明らかになった経営破たんの「危機」だけだった。そもそも緊急記者会見も、これ以上信用が毀損するのを放置できなくなって、公の場で釈明する必要に迫られて、遅まきながら渋々開いたものに過ぎなかった。
 それにもかかわらず、綱川社長が説明した打開策は、机上のプランとしても生煮えの段階にあり、当事者能力の欠如が歴然としていた。
 本来ならば、この緊急記者会見は、メディアに巨額の損失発生をすっぱ抜かれる1ヵ月前に、実態と対応を説明するために開くべきだった。それを頑なに拒んで1ヵ月も経ったのだから、ステークホルダーからすれば、綱川社長が破たん回避のメドが付いたと報告することを期待していたはずだ。
 万が一、出資のスポンサーが確保できていなければ、せめて「生き残るためには何でもやる。虎の子の半導体部門の切り売りも辞さないから、今しばらくの時間的な猶予を与えてほしい」といった調子で、背水の陣を敷く覚悟を明確にしてほしかっただろう。
 ところが、綱川社長は、こうした期待をことごとく裏切った。
 そもそも情報開示の遅れに関する反省・謝罪の弁がひと言もないばかりか、この期に及んでまだ、事態の深刻さを自覚していないのではないかと危惧させる言葉を発してしまった。
 破たんに瀕した企業の記者会見のケースで最低最悪のサンプルとして長く記憶されることになっても、まったく不思議ではない内容だったのである。
 経営破たん回避のために残された時間は、3月下旬まで。東芝の命運は文字通り「風前の灯」となっている。
 先週の本コラム(2017年1月24日付『それでも東芝が原子力部門を切れない「特別な事情」 背後に経産省とアメリカの影が見える』)でも書いたが、東芝は過去のわずか2年あまりの間に、3度も経営破たんの危機に直面している。
 最初は2015年5月、それ以前の粉飾決算の存在が判明、2ヵ月以上にわたって同年3月期決算を発表できないという前代未聞の事態に陥った。
 歴代の3社長が同年7月に責任をとって辞任したものの、その2ヵ月後には2014年度第3四半期までの6年9ヵ月の間に、税引き前利益で2248億円に及ぶ利益の水増しがあったとして、修正を行う事態になった。
 次いで同年11月、それまで東芝が頑なに連結ベースでの減損処理を拒んできた米原子力事業子会社ウエスチングハウス(WH)に関し、米監査法人に減損処理を迫られて2012、2013の2会計年度に合計1600億円の損失処理を実施した事実をひた隠しにしたことで、上場企業としてのアカウンタビリティ(説明責任)で大きな傷を負った。
 負の遺産の整理をほぼ終えたとみられていた2016年3月期も、東芝は大幅な業績の下方修正とみせかけの利益確保に追われる惨憺たる決算を繰り返した。
 その元凶は、またしてもWHを中心にした原子力事業で、減損処理の原資確保のため、期末を待たずに稼ぎ頭だった東芝メディカルシステムズをキヤノンに売却。連結ベースの最終損益は巨額の赤字(マイナス4600億円)になった。
 こうした経緯から明らかなように、東芝で経営危機が常態化した原因は、2006年10月に企業価値を上回る買収価格で高値掴みしたWHの買収失敗と、WH社を含む原子力部門を取り巻く環境の変化に即した戦略転換を長年にわたって怠ってきたことだ。

最高幹部が見ているもの

 東芝が一連の破たんの危機のうち2度目の危機の渦中にあった2015年11月、筆者は当時の同社の最高幹部の一人に取材をする機会に恵まれた。
 そこで聞かされたのは、放漫経営に伴う経営破たんの危機に何度も直面して、再建に追われてきた東芝の知られざる歴史だった。
 だが、差し迫る危機により大きな関心があった筆者は、当時の原子力事業で減損処理が後手に回っており、早期の対応が不可避ではないかと問い質した。すると、この幹部は「そんな必要はない。そんな見方は間違っている。そもそも原子力は成長産業だ」と怒りを露わにした。
 30年以上にわたって企業経営を取材してきた筆者は、今そこにある危機を受け入れられない頑なさにショックを受け、「この頑迷さは会社を滅ぼしかねない」と感じざるを得なかった。
 案の定、東芝は一向に姿勢を改めようとせず、WHを通じ、シカゴブリッジ・アンド・アイアン(CB&I)社から、原子力発電所の建設と統合的サービスを営む子会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター社(S&W社)の買収、それまで以上に原子力事業にのめり込んでいった。
 だが、1979年3月の米スリーマイル島原発事故、1986年4月の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故に続く、2011年3月の東京電力・福島第一原発事故は、世界の原子力事業を取り巻く環境を一変させた。安全対策の重要性が幅広く認識されるようになり、建設コストが急騰したのだ。
 それまでは日本の電力各社がかけたコストの平均値で1基当たり3000億円程度とされていた建設費は、仏原子力大手アレバの試算で1兆円、その試算を検証したEU委員会の判断で2兆2500億円前後と大きく跳ね上がった。
 安全に敏感な先進国はもちろん、それほど過敏ではない新興国や途上国のほとんどで、原発は高嶺の花になってしまった。
 日本とロシアに1基ずつ発注していたベトナムが原発建設を中止して、その代わりにいくつもの火力発電所の建設に向けて計画を大きく修正したり、トルコの原発計画のフィージビリティ・スタディが遅れていることは、そうした傾向を映したものと言える。
 しかも、東芝・WH、日立製作所・米ゼネラル・エレクトリック(GE)、三菱重工業・仏アレバの3グループが独占しようとしていた原発市場に、中国勢、ロシア勢が低コストを武器に攻勢をかけていることも、日米仏の大手3グループの経営を難しくしている。
 3グループは、安全への拘りが乏しく原発建設ラッシュが続く唯一の国とされる中国で、中国勢ほどの競争力を確保できず、これもそれぞれの経営を圧迫する要因となっている。
 アレバの業績推移は、そうした世界の原発不況を如実に反映している。最終損益が、2011年12月期(24億2400万ユーロの赤字)以来、5期連続で赤字を記録したのに続き、2016年6月中間期も120億ユーロの赤字となっており、最終赤字の継続記録が6期に更新されそうな勢いにあるからだ。
 こうした中で、独シーメンスはいち早く原発事業から撤退、経営判断の迅速さを印象付けた企業だ。
 対する日本の原子力ムラの人々は、原子力が日本勢各社にとって巨大ビジネスとなった過去、特に、地球温暖化防止に役立つクリーンエネルギーだとして2000年代に「原子力ルネッサンス」などともて囃された過去が忘れられず、いずれ盛り返すとの期待を捨て切れずにいる。
 筆者の取材に対して、「たった一度の福島第一原発事故で、縮小や撤退を決断できるほど、原子力ビジネスは小さくない」と感情的な釈明を試みる向きは驚くほど多い。問題は事故の回数ではなく、その事故の起こす経営への影響の大きさのはずなのに、そのことを率直に受け入れる冷静さを欠いてしまっているのだ。
 残念ながら、2015年11月に筆者が取材した東芝の最高幹部の一人も、歴代経営陣も、そうした人々だった。
 とはいえ、世界各地で高まった反原発運動や、高騰した建設コスト、それらが招く原発不況を勘案すれば、東芝のWHを通じたS&W社の買収は明らかに世界のトレンドに逆行する経営判断だった。
 そのS&W社が昨年暮れになって、東芝を経営破たんの危機に追い込むことになった。
 当初は時価を8700万ドル程度上回る価格で買収したため、100億円程度ののれん代を計上する方針だったというが、一部メディアが12月27日付で5000億ドル規模の損失を抱えていると報道。東芝はすかさず、「当社が公表したものではない」と否定のコメントを発した。
 ところが、あろうことか、同社はその日のうちに、問題ののれん代が「数十億ドル規模(数千億円規模)」に膨らみ、「当社業績への影響を及ぼす可能性が明らかになった」と経営危機を認めるコメントを公表する事態になったのだ。
 さらに、今年に入って、「7000億円程度の損失が発生するとの見通しを取引先金融機関に伝えた」と報じられ、事態は歴史的な大型破たん劇の様相を呈したのである。
 この広報対応の混乱ぶりを見れば、問題が投資家に対する迅速なディスクロージャー(情報開示)の軽視にとどまらず、経営陣の状況認識や、組織的なガバナンスがいまだに確立されていないことは明らかだ。
 さらに、この巨額の損失は、単なるM&A(企業の合併・買収)の失敗としては大き過ぎる。
 東芝は先週末の記者会見で、ようやく原子力部門を戦略部門扱いすることをやめて、国内では原子力規制委員会の新基準に適合した原発の再稼働を巡る対応や福島第一原発の廃炉ビジネスに専念する一方、海外でも原発の建設ビジネスから撤退して燃料の供給などの事業に絞り込む検討を始めたと説明した。
 が、決断はあまりにも遅過ぎるし、まだ検討を始めたばかりでいつ実現できるかわからないという趣旨の記者会見での説明も相変わらずお粗末だ。

残された時間は約1ヵ月

 話を今期の巨額の減損損失に戻そう。
 これは東芝が2017年3月期末に「債務超過」という種類の破たんに陥りかねない危機を意味している。債務超過とは、企業の負債総額が資産総額を超える状態、つまり、資産をすべて売却しても負債を返済しきれない状態である。
 こうなれば、企業は、銀行から新規融資を受けることも、一般の企業と商取引を行うための信用を維持することも困難で、破たん処理に向かうのが一般的である。
 ちなみに、東芝の株主資本は2016年3月期末に3300億円弱しか残っていない。
 今期に入って期中に示していた会社予想通りに1500億円弱の当期利益を確保し、瞬間的に資本を5000億円弱まで積み増したとしても、7000億円の減損処理が必要になれば、差し引きで株主資本は2000億円強のマイナスに陥ってしまう。つまり2000億円の債務超過に転落する計算になるのだ。
 そこで、綱川社長は、冒頭で記した記者会見で、今年度の中間決算で営業利益の約8割を稼ぎ出した稼ぎ頭のメモリー事業を分社化。これを外部からの資本の受け皿として、2000億円前後を確保したいと説明した。
 すでにメディアに報じられている日本政策投資銀行や提携先の米ウェスタン・デジタル社などから出資を受けるだけでなく、その他の事業売却や損失処理が必要になるリストラの見合わせなどと合わせて、債務超過転落を回避する算段だ。東芝を存続させるための切り売りであることは明らかだろう。
 こうなると、メモリー会社を受け皿にして獲得する資金がメモリー事業に再投資される可能性はほとんどない。それにもかかわらず、冒頭で紹介した記者会見で、綱川社長が「さらなる成長」とか「ひいては東芝グループの企業価値の最大化」などと口にしたのは場違いであり、見当外れである。
 認識の甘さと、頑なに失敗を認めない同社の体質が色濃く残っており、将来のリスクの大きさが浮き彫りの物言いだった。この会社の危うさは、こういったところでも何も変わっていないのである。
最後に、残された時間の問題に触れておこう。東芝はメモリー事業の分社化を、3月後半に開く株主総会に諮るという。総会招集通知の印刷や発送のタイミングを勘案すると、東芝に残された時間は1ヵ月あまりしかない勘定になる。
 ここで、昨年12月27日から今年1月27日まで丸々1ヵ月を費やしながら、S&W社関連の損失額ひとつ固められない東芝の実情を考えると、同社が分社化する会社への出資の同意を取り付けたり、他の資本獲得策を期限内(3月末)にまとめるのが容易でないことは容易に推察される。
 それだけに猛烈な努力が求められているが、果たして、今の東芝にそれが可能だろうか。
 証券取引所や金融当局も、猛烈に反省すべきである。これまでの東芝に対する温情判断は、結果的に傷口を広げただけだ。繰り返し、特例的判断で上場を維持してきたことが逆効果になっている現実を、今回こそ、真摯に見つめ直すべきである。

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