[2019_03_25_03]北海道知事選目前。北海道大停電、最終報告書から読み解く「泊発電所待望論」の誤り(ハーバービジネスオンライン2019年3月25日)
 
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北海道知事選目前。北海道大停電、最終報告書から読み解く「泊発電所待望論」の誤り

◆北海道知事選を前に改めて考えるべきこと

 昨年9月6日未明に発生した北海道胆振東部地震と、それに伴う北海道電力管内ブラックアウト(北海道大停電)が発生してすでに7か月目に入りましたが、幸いにして電力危機が生じることもなく北海道にも春が近づきつつあります。当地(四国)では、すでに桜の開花が始まっていますが、連日の猛烈な花粉のため、なかなか外出もままなりません。 北海道で生じた北海道電力管内全域におけるブラックアウトは、長年日本では起きるはずはないとされていたことが起きてしまったために、日本における電力網だけでなく社会そのものの設計に大きく影響を与えることでした。一方、北海道電力の努力もあり今年2月21日の規模の大きな余震にもかかわらず電力網の安定は維持されました。

 国内炭保護を目的とした石炭政策に拘束されるという歴史的経緯から北海道電力において著しく導入が遅れていた天然ガス火力は、昨年10月11日に試運転入りしていた石狩湾新港1号機(天然ガスコンバインドサイクル570MWe)が2019年2月27日に運開しており、電力網の安定化と電源分散化に寄与しています。今後の石狩仮湾新港2,3の整備計画は、運開が2020年代半ば以降という遅々としたものであり依然として脆弱性がのこります。一方で北海道・本州間連系設備(北本連携線)の増強事業がこの3月には完成の予定で、連携容量が従来の600MWeから900MWeへと増強されます。

 昨年9月の北海道大停電には間に合いませんでしたが、発電所の分散化、新規更新と連携線の強化によって、北海道の電力網は冗長性が大きく改善されているといえます。今後のさらなる電源開発と独立系発電事業者(IPP)の参入により供給能力の強化と分散化が進むことが見込まれます。

 一方で石狩湾新港1運開に合わせて廃止が予定されている奈井江発電所1,2(石炭火力 350MWe)については、今月中の休止が発表されています(参照:“2019年度電源開発計画について” 北海道電力2019年2月27日)

 なお、記事中のレファレンスについては配信先によってはリンクされなくなる場合があるので、その場合はハーバービジネスオンライン本体サイトからご覧ください。

◆「北海道大停電」とはなんだったのか?

 昨年9月の北海道大停電では、「世界で最も優れた発送電技術を誇る日本では起こりえない」というひとつの安全神話が崩壊したのですが、実際には国内各地で送電網の障害による大規模停電やインシデントは多数発生していました(*1)。

(*1-a:“クレーン船の接触に伴う当社特別高圧送電線損傷による停電事故について 東京電力” 2006年8月14日
*1-b:”東芝の工場が瞬間停電で操業停止、NAND出荷量最大2割減も” ロイター 2010年12月9日(四日市瞬時電圧低下事故)
*1-c:坂出送電塔倒壊事件 1998年2月20日 (Wikipedia)
*1-d:過去の大規模停電事例 電気学会)

 これらの大規模停電、大規模瞬停、インシデントの原因は、設備不良などの電力事業者起因によるものだけでなく、航空機突入、火災、送電線への接触、破壊工作などの第三者起因による事故や天災によるものも多数あります。これらは極めて広範囲に設備を展開する公益事業体においては根絶が極めて難しいことは事実です。合衆国では当たり前のことですが、近年では需要家側での非常用自家発だけでなく瞬停対策も進みつつあります。(参照:“某半導体工場 瞬低・短時間停電補償装置(MEIPOSS LIC) | 無停電電源装置 | 明電舎” )
 本連載原発シリーズですでに昨年指摘しましたとおり(参照:原発シリーズ2,3,4へリンク)、北海道胆振東部地震を発端として脆弱な送電網が破綻した結果、北海道大停電が生じました。この原因は、大規模電源の偏在と偏重、調整電源および調整能力の不足、連携線の容量と冗長性の不足、発電施設全体の高経年傾向の強さなどが挙げられます。これらについては、すでに最終報告書が公開されています(*2)。
(*2:平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会最終報告 電力広域的運営推進機関 2018年12月19日)

 既述のように新たな電源の運開、近日中の連携線の増強により状況はかなり改善され、さらに瞬発性と負荷追従性に極めて優れる京極揚水発電所(400MWe)に三号機(200MWe)が加わりますので、運用に誤りが無ければ、北海道胆振東部地震と全く同じ事態が発生した場合でブラックアウトが生じる可能性は大きく減じています。また障害発生時に揚水発電所がすべて止まっているという運用上の失敗も北海道大停電を重い教訓として今後は回避されるでしょうから、電力網の信頼性は大きく向上していると考えて良いです。
 一方でいまだにメリットオーダー運用(経済性の高い設備を優先とした運用)に伴う電源の地域偏在と集中、調整能力の不足は残っており、十電力の中で系統の脆弱性が際立つことは否めません(*3)。
*3-a九電力は、発電施設の冗長性の高さだけでなく系統連携によって送電網の冗長性を大きく高めている。その中で北海道電力は、地域的特性から連携線の容量、冗長性ともに目立って低い。

*3-b:沖縄電力は、系統連携が他電力と行えないために発電施設の予備率が高い。

◆いまだ燻る「泊発電所待望論」の虚構

 こういったなか、いまだに泊発電所が稼働していれば・たら、北海道大停電はなかった、今後大停電を起こさないためには泊発電所を稼働させねばならないという完全に誤った論が、恫喝的言辞を伴って持ち出されています。これは八幡浜PA講演会でもご紹介した奈良林直氏による講演(参照:HBOL)にも顕著です。これらを私は、ヒノマルゲンパツPA(*4)における詭弁類型における恫喝型PAと定義しています。
(*4:著者は、日本における原子力PAに特徴的な、恫喝、錯誤、誹謗中傷他、およそ事実と論理からかけ離れた嘘と詭弁と暴力の集合体をヒノマルゲンパツPAと定義している。別シリーズ「原子力PA」編(1,2,3,4)で明記しているとおり、PA自体は、元来民主的手続きに欠かせないものである。ヒノマルゲンパツPAは、PAを換骨奪胎した全くの別物と言って良い)

 これまでに本連載で指摘しましたとおり、北海道電力泊発電所はいまだに原子力規制委員会(NRA)による適合性審査に合格する見込みが全く立たっていません。これが何を意味するかと言えば、この施設は、「北海道電力泊発電所」と称する物体、ガジェットではあっても原子炉でも発電所でもないと言うことです。自動車で表せば、形式承認のない、車検どころか仮車検証すら給付されない、公道を走ることの許されない野良自動車です。
 原子力は、得られる利益が巨大であることが期待されるものの、内包するリスクも巨大であって、工学的に確率をどんなに下げても一度でも大事故が起これば一国家が破滅するほどの損害となりかねないものです。例えばソ連邦が崩壊した原因の一つとしてチェルノブイル核災害(Chernobyl Nuclear Disaster)が挙げられます。また福島核災害(Fukushima Nuclear Disaster)でもその被害、損失は国家を揺がすほどに激烈なもので、これらのような核災害を今後絶対に起してはなりません。
 故に「厳しい規制を厳格に遵守し、厳正に運用すること」が原子力・核技術利用の大前提となります。これを表した言葉が「原子力・核産業は規制の上に成り立つ」というものです。NRAによる適合性審査は、原子力安全の基本中の基本であり、政治的圧力や仲間内の密約で左右されることは絶対にあってはなりません。故に、NRAに圧力をかけるがごとき言論を展開するヒノマルゲンパツPA媒体は、原子力と人類の敵と見做される最も愚劣な代物です。
 かつてそのような事が横行した結果が福島核災害であり、本来ならば原子力規制行政をゆがめてきた役人、学者、政治家、事業者は全員重罪に問われるべきであるところを日本固有のご都合主義で罪科に問われてきておりません(*5)。
(*5:検察審査会決定による強制起訴という形で、かろうじて当時の東京電力幹部数人が刑事裁判中である)
◆泊発電所は適合性審査に合格しうるのか

 泊発電所3号炉(泊3)は、PWR陣営の中では最も新しい原子炉で、運開からわずか10年目で実運転期間はわずか2年です。規模は手頃な3ループ式で出力912MWeですので、適合性審査が優先して行われてきたPWRということもあり、問題が無ければ2014年には審査合格、運開であったはずです。
 なぜ審査に合格出来ないかは、原発シリーズ第1回で解説しています。加えて最近驚くべき事が明らかになっています。

▼驚くべき事実その1:運開以来9年間、非常用DGが欠陥品だった泊3
“泊原発の規定違反認定 非常用発電機不良 規制委 「安全機能担保できず」”北海道新聞 2018/12/19

<記事要約>
”北海道電力泊原発3号機の非常用ディーゼル発電機(DG)の制御盤の端子が約9年間にわたり接続不良だった。
 非常用発電機は外部電源が失われた場合でも原発の冷却機能を維持するのに必要な重要施設。原子力規制委員会は、泊原発3号機が運転を始めた2009年12月以降、2台ある非常用発電機のうち1台が端子の接続不良によって「安全機能の健全性を担保できない状態だった」と判断した。
 今回の違反は、4段階ある違反区分で重い方から2番目で、発電機の納入時から起きていたとみられている。 更田豊志委員長は「今回は製造段階の不備もあった。原因調査できちんと踏み込みたい」と述べた。
 制御盤にねじで固定されているはずの端子1本が外れていたものの、電気を通す部分に接触していたため発電機自体は稼働。このため、発覚が遅れた。”
 非常用発電機は、原子炉の安全設備の中でもとりわけ重要なもので、高信頼性のディーゼル発電機を二重化することで起動の確実性を確保しています。
 福島核災害では、外部電源喪失後、非常用ディーゼルが起動したものの津波による冠水によって機能を喪失し、原子炉は全電源喪失となり、炉心溶融から爆発に至るという教科書的な推移をたどりました。
 この非常用発電機が、端子の取り付け忘れという極めて初歩的な欠陥によって、運開以前から現在に至るまで起動不能に陥る危機にありました。実際には、端子板の金属部位に偶然接触していたために機能は維持されましたが、これは起動不能や過熱による火災を容易に生じる状態です。
 このような状態を9年以上にわたり発見出来ずにいたこと自体が極めて異常であり、稚拙であるといえます。この様な端子の取り付け不良は、極めて基礎的なもので元来電力会社の施設ではあり得ないのですが、東京電力パワーグリッドによるスマートメータ取り付け不良の多発(*6)など、あり得ない事が発生しています。

(*6:“施工不良によるスマートメーターからの出火について”東京電力パワーグリッド株式会社2018年12月5日)

▼驚くべき事実その2:泊発電所脱落時、電力網崩壊により全道ブラックアウトに陥る可能性が指摘された

“原発停止で道内全域停電も 第三者委が検証で指摘”産経新聞 2018/12/12
 泊発電所が運転中に、北海道胆振東部地震地震のような事態が生じ、送電網に支障が生じて泊発電所が脱落した場合、または泊発電所が緊急停止した場合、条件によっては全道停電(ブラックアウト)が生じ得ると言うことが正式に指摘されました。この可能性は、本連載でも指摘していますが、「平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会最終報告 電力広域的運営推進機関 2018年12月19日」(再掲)において正式に文書化されたことになります。
 これは極めて深刻なことで、泊発電所は何らかの理由で系統から脱落した場合、系統すべてを崩壊させブラックアウトを発生させ、結果、自身が外部電源喪失という極めて深刻な事態に陥る可能性を意味します。

▼驚くべき事実その3:送電網に大規模な支障が生じた際に泊発電所は発送電の資源を大きく吸引し消費する存在であった
 このことは原発シリーズ第3回で指摘していましたが、北海道電力は、泊発電所への外部電力供給をあらゆるものに優先させていました。病院などの重要な社会インフラよりも泊発電所は優先されていたのです。このことは原子力安全の基本に立ち返れば当然のことであって、私はその判断を高く評価しています。一方でブラックアウトに至るまで、そしてブラックスタートの過程において泊発電所は、北海道電力の発送電資源を吸い取り続けたことになります。
 この事実は、前掲の平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会最終報告 電力広域的運営推進機関 2018年12月19日にたいへんに詳しく記述されています。北海道大停電当時、北海道電力は、重要な社会インフラに優先して泊発電所へ電力を融通するもブラックアウトにより外部電源喪失しました。約3時間後に開始されたブラックスタートでも泊発電所への給電を最優先しましたが、泊の外部電源復旧に失敗し、送電網が停止、2回目のブラックスタートを要し、送電網の復旧が数時間遅れています。
 原子力発電所は、送電網の崩壊という最悪の事態が生じたときに、発送電資源を供給する側でなく、最優先で消費する側であると言う教訓を忘れてはなりません。もちろん、北海道電力はこの事実を前提に送電指令のマニュアルを整備しており、北海道大停電時もそれに従って送電網の操作がなされています。
 これは原子力発電を用いる際の常識で、原子力発電所は緊急時には動かなくなるし、原子炉を守るために緊急時対応の資源を大きく吸引、消費するのです。大型商用炉は、非常用発電機にはなりません。

▼驚くべき事実その4:断層の過小評価が規制委に指摘され、審査の長期化が見込まれる
“泊原発、活断層否定できず 規制委見解、審査長期化も”共同通信2019/2/22
 敷地内に存在するF-1断層の評価を巡り、NRAは活断層である可能性を否定出来ないとしました。北海道電力はこれまでにも原発シリーズ第2回で指摘したようにNRAが要求する書類、資料、証拠の提示が出来ず、最優先で進められていたはずの適合性審査がいまだに終わっていません。この2月のNRA見解は、今後数年にわたり断層評価だけでも審査は終わらないことを意味しており、泊発電所は2011年から数えて10年以上の運転停止に追い込まれることは確実といえます。

◆原子力安全の基本、多重防護が満身創痍の泊発電所

 ここまで論じてきたように現在、泊発電所は、原子力安全の基本中の基本である多重防護が大きく痛んでいると言うほかありません。
 多重防護については、原発シリーズ第1回で詳しく述べていますのでご参照ください。
 従前三重であった多重防護は、1978年のフランスを皮切りに全世界で増層が進められ、1996年に国際原子力機関(IAEA)が五層の深層防護(多重防護)の基本文書「ISNAG-10”Defence in Depth in Nuclear Safety”」 を刊行しました。
 合衆国においても、合衆国原子力規制委員会(NRC)が2007年に「NUREG-1860」(Vol.1、Vol.2)を公開するなど、多重防護の五層化を急速に進めてきました。
 一方で日本は、非常用DGの高い起動信頼性や、送電網の堅牢性(ブラックアウトしない)など、様々な理由から多重防護は三層で十分としてきました(*7)。これは原子力開発先進国としては例外と言って良い事例で、福島核災害とその被害拡大の主要因となりました。またこれらは、典型的な安全神話とその破綻といえます。
(*7:正確には、今世紀に入り日本では、電力会社による自主的な試みとしてアクシデント・マネジメント(AM)と称した第四層に相当する取り組みがなされていた。しかしこれらは原子力安全委員会や原子力安全保安院の規制の下ではなく、あくまで電力会社による自主的な取り組みに過ぎなかった。福島核災害においては、むしろこのアクシデント・マネジメントが妥当なものでなく三号炉の炉心溶融を決定的にした失策であったと指摘されている。「原子力は規制の上に成り立つ」という基本の対極であった日本の取り組みが破綻した一典型事例といえる)

 泊発電所では、以前から所内での不審火が多数回発生する、原子炉建屋近くの屋内から人糞が発見される(参照:2007/08/22付けの北海道新聞に「泊3号機 不審火前に人ぷん 嫌がらせ?関連捜査 」という記事あり。リンク切れ)、山菜採取業者が数十人敷地内にフェンスを乗り越えて侵入するなど数多くの異常事態が知られており、東京電力柏崎刈羽発電所と並んで異常な原子力施設でした。これらは核物質防護や多重防護を傷つける原子力安全上の深刻なインシデントです。原子力発電所内でサボタージュや破壊工作(放火)が生じ、部外者が数十人侵入するような事態は、マンガの中だけで許されることです。これらのインシデントは2011年以前に集中して発生したことで、いまは報じられていませんが、原因の根絶と検証は必須です。

 ここで五層の多重防護についてIAEAの定義(INSAG-10)によるものを図示します。

(上図出典リンク:一般社団法人 日本原子力学会 標準委員会 技術レポート)

 不審火や人糞放置は、サボタージュであって第一層の破壊行為となりますが、第二層、第三層、第四層も甚大な打撃を受ける高い可能性があります。系統の不安定に起因する外部電源喪失は、第一層の破損となり、全非常用電源の起動不良、運転不良は第二層の破損となります。これにより全交流電源喪失した原子炉は防護レベル第三層の事象へと移行しますが、ここで直流電源を喪失すると防護レベル4のシビア・アクシデント(SA)へ移行する可能性が極めて高くなります。
 日本での原子力規制では、防護レベル5の原子力防災が法的義務として事業者に求められておらず、事実上存在しません。結果として相変わらず第四層までの薄い多重防護となっています。(正確には自治体の管掌事項となっているが、完全に形骸化しており、実効性は全くない。何かが起これば住民は被曝してください、財産を失ってください、救難活動をやめなさいという福島核災害で起きたことはいまも変化がない)
 多重防護は前段否定が大原則であり、各層は完全に独立して設計運用されます。従って、第三層があるから第二層は不完全で良い、第二層があるから第一層は不完全で良いという考えは絶対に認められません。この誤りは、素人原子力愛好家に極めて顕著に見られます。
 北海道電力泊発電所の適合性審査合格のためには、ここまでに例示してきたすべての異常、欠陥が根絶される必要があります。

◆先行事例としての「2003年北米大停電」

 具体的先行事例として2003年北米大停電が挙げられます。

【事故概要 】

発生日時:2003年8月14日(木)16:10頃
停電状況:停電地域:米国北東部及びカナダ五大湖周辺
供給支障:約6,180万kW
発電支障:原子力発電所22基を含む100ヶ所以上の発電所
影響を受けた人:約5,000万人
被害額:40億ドル〜60億ドル(約4,750億円〜約7,100億円)(AP通信)
推定原因:オハイオ州北部で発生した送電事故により、系統動揺が発生し、次々と 発電機が脱落、広域的な供給支障となった模様。
復旧状況:16日(土)昼までにほぼ復旧

以上、日本エネルギー経済研究所資料(*8)より抜粋。

(*8:“IEEJ:2003年8月掲載 北米東部大停電について” 平成15年8月25日(財)日本エネルギー経済研究所 電力グループ 主任研究員 小笠原 潤一、研究員 守谷 直之)

 2003年北米大停電は、北海道大停電以降、頻繁に泊再稼働待望論に論拠として上げられ「原発を止めているリスク」の事例とする人々がいます。しかし実際には2003年北米大停電は、合衆国、カナダの原子力銀座と言うべき原子力発電所集中地帯で生じたものです。
 2003年北米大停電は、原因が完全には解明されていませんが、支配的な仮説は、倒木による送電支障を発端として北米全域にドミノ倒しのように障害が広がっていったというものです。このとき電力が足りていなかったという問題は存在せず、あくまで送電網がドミノ倒し(カスケード現象)で破綻したという点では支配的仮説が合意されています。合衆国では、日本のような大規模な電力会社は少なく、都市単位、郡単位程度の小規模電力会社が極めて多くを占めています。従って広域送電網は、小さな電力会社の集合体となっています。ここに電力自由化によってさらに小規模発電会社が加わったことと、エンロン破綻による混乱が生じていたことが事故の背景としてあります。このことは電力を語る上での基礎的な常識です。
 むしろカナダから合衆国東北部一帯のブラックアウトで多数の原子力発電所が外部電源喪失を起こすという深刻な事態が生じたのが2003年北米大停電です。このためカナダ原子力委員会、同原子力安全委員会は、原子力発電所の外部電源喪失対策と原子炉の運転手順等の見直しを行っています。
 これらの教訓によって米欧の広域送電技術は分散型電源に対応して飛躍的に発展し、一方で原子力依存の日本は、遠隔地集中電源に特化した送電網を発達させた結果、再生可能エネ革命と新・化石資源革命への対応に大きく取り残されることとなっていると私は考えます。
 これは断言出来ますが、2003年北米大停電は、原子力発電所集中地帯で発生したものであって、原子力発電所があれば避けられたと言うことはありません。むしろ原子力発電所が接続される送電網は無謬ではなく、前触れもなく突然に多数の原子力発電所が同時に外部電源を喪失する危険性を示したもので、多重防護の重要性を如実に示す事例です。
 これを「原発を止めているリスク」の事例として取り上げるのは極めて悪質な嘘であり、さもなくば誤りであるといえます。
 このことは、前掲の「平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会最終報告 電力広域的運営推進機関 2018年12月19日」 にも明記されており、仮に泊発電所が適合性審査に合格した場合、泊が何らかの異常で脱落した際に送電網が破綻しブラックアウトする可能性すなわち、泊が長時間外部電源喪失する可能性はあるとして、その条件を洗い出し、送電網がそのような事態に陥らないよう対策を求めています。
 2003年北米大停電については日本でも調査報告書が公開されています。(参照:2003 年 8 月 14 日 北米北東部停電事故に関する 調査報告書 2004/3 北米北東部停電調査団)
 更に大前提として既述のようにサイト内のF-1断層が活断層である疑いがある限り、立地不適格として原子炉の設置そのものが認められません。これは多重防護以前の問題です。この疑いが晴れない限り、「何をやって無駄」です。これは原電敦賀2と全く同じ状況といえます。

◆泊再稼働に経営上の合理性はあるのか

 このように泊発電所は、三号炉単機ですら立地適格性に強い疑義があり、更に多重防護は満身創痍といえます。この状態から適合性審査合格までまっとうな手段で達成するには、原子炉サイト内のゼロからの見直しと立て直しだけでなく、全道の送電網そのものへの大規模な投資を必須とします。結果として要する費用は、泊3号炉の建設費を大きく上回ることになりかねません。そしてその投資は立地不適格によって水泡に帰する可能性が極めて高く無視出来ません。
 このような切迫した状態では、日本原子力産業界の宿痾である国ぐるみの不正行為への誘惑は極めて強いものになりますが、その結果が福島核災害という国を滅ぼしかけた前例であって、そのような国家的不正行為を成し遂げる実力が北海道電力にあるとは考えがたいです。
 まっとうな経営者ならば、このような金食い虫に固執せず、天然ガス火力や石炭ガス化複合発電(IGCC)といった高い経済性と信頼性を持つ発電手段に乗り換えます。それが合衆国でいままで生じてきたことです。今となっては、新・化石資源革命と再生可能エネ革命によって合衆国では天然ガス、風力、太陽光によって原子力だけでなく石炭火力も駆逐されつつあるのが経済的合理的選択の結果(*9)となっています。
(*9:日本において再生可能エネは、制度設計の大失敗によって量こそ増えたものの極めて高コスト化した迷惑電源となってしまったことから再生可能エネ革命に失敗したと言うほかない。政策的にもたらされた再生可能エネバブルによって風発は、金融商品化に伴う乱開発でNIMBY<Not in My Backyard 迷惑施設>化し、太陽光に至っては極めて不健全な金融商品化しNIMBY化もしている。このような性質の異なる両電源が5年余りの時間をあけて同じ失敗を繰り返すことは世界的にきわめて珍しい珍現象といえる。再生可能エネ制度の健全化とそれに伴う低コスト化、公害の抑止を達した上での再開発は、必須といえる。再生可能エネは、日本を除く世界では健全かつ順調に育っている)

 建設からわずか10年、うち運転期間は2年でしかない、ほぼ新品の泊3号炉は、その建設が三菱重工を中心としたPWR陣営の原子炉建設能力維持のためという性格を持っていたこともあり、北海道電力にとっては諦めきれない心情は理解し得ます。しかしここまで述べてきたように、泊発電所再稼働への試みは、極めて高リスク、ローリターンの博打と化しており、経営上の合理性は全くありません。
 北海道の需要家にとっても風発を中心とした再生可能エネと天然ガス火力、北海道の地域性からIGCCを中核とした電源整備を迅速に行うことによって質・量ともに優れた電力を安価に得られる事が望ましいです。
 「原子力とは規制の上に成り立つ」ものです。原子力安全の論理を無視した政治遊びや失敗した経営者の保身やメンツのためのものではありません。いまがまさに選択の時です。

『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』第2シリーズ原発編−−番外

<取材・文/牧田寛 Twitter ID:@BB45_Colorado 写真/Mugu-shisai via Wikimedia Commons CC BY-SA 2.5>

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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