[2018_06_29_02]更田原子力規制委が東電に迫る「踏ん切り」(FACTA2018年6月29日)
 
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更田原子力規制委が東電に迫る「踏ん切り」

 「1千基のタンクに貯まったトリチウム汚染水の責任主体は誰なのか。東電なのか、国の問題なのか」と、小早川社長を問い詰めた理由。
 5月30日原子力規制委員会臨時会議――。更田豊志規制委員長の口調が厳しくなる。「二者択一で答えてもらいたい。処理済水の問題はどこが責任主体なのか。東京電力なのか、それとも国の問題なのか?」。返答に窮した東電の小早川智明社長が頭を抱える場面が延々と続いた。
 福島第一原発(1F)事故対応は汚染水との戦いでもあった。事故から3週間後の4月1日に2号機海側ピットから湾に向けて高濃度汚染水が勢いよく流れているのが確認された。水ガラスや果ては新聞紙まで投入して何とか流れを止めたのは5日後。この6日間に流れ出た高濃度汚染水が、その後の海洋汚染の大半を占めたと言っても過言ではない。流れ出た汚染水は520トン、放射性物質の総量は4700兆ベクレルという天文学的な数字だった。その後は綱渡りとはいえ、2度と高濃度汚染水を海に流さない策を講じてきた。

■国と東電が結論先延ばし

 東電と国はセシウム吸着装置としてフランス製「アレバ」、アメリカ製「キュリオン」、そして国産の東芝製「サリー」と次々に新装置を開発してセシウムを分離することに成功する。その2年後には決定打として62種類もの核種を取り除く世界初の多核種除去設備「アルプス」、さらに1年半後に「高性能アルプス」を導入し、最大の危機を脱したかに見えた。しかし最後にどうしても取り除けない63番目の核種、放射性物質トリチウムが残った。かくして1F敷地内にトリチウム水を貯めた巨大なタンクが約1千基も林立し、実に100万tもの処理済水が貯蔵されるに至った。
 トリチウムは水素の同位体でβ線を放出するが、紙1枚で遮蔽が可能で外部被曝がほとんどないとされる。また水と同じ性質を持つため特定の生物の体内での濃縮も確認されていない。トリチウムを工業的規模で分離できる技術はまだ人類が開発しておらず、世界中で濃度規制を作り、海や大気中に放出されている。日本の原子力発電所でのトリチウム放出の濃度規制基準は6万ベクレル/Lである。今、1F敷地内タンクに大量に貯められているトリチウム水の濃度は概ね100万ベクレル/Lとされており、このままでは海に流せない。しかし例えば海水で数十倍に薄めれば数字の上では放出可能になる。しかし東電は現在敷地内で地下水を汲み上げて海に放出する中で、トリチウムは1500ベクレル/Lというより厳しい濃度で自主規制を行い、さらに敷地境界での放射性物質濃度を年間1mSvに抑える規制もあり、これも守らなくてはならない。
 世界の専門家の意見は「規制濃度以下に薄めて海に流す」で一致しているが、1F事故から2年以上、責任ある立場の人物がトリチウム水の処理に関して発言したことはなかった。初めて組織として意見を出したのは2013年8月の福島第一原発・原子力学会事故調査委員会(学会事故調)の中間報告で「希釈して海中へ放出することが現実的である」とした。この翌月、原子力規制委の田中俊一委員長(当時)が外国特派員協会で「基準値以下に希釈して海に流すことも検討すべき」と発言したが、当の国と東電は「住民の理解が重要」として、今日に至るまで結論を先延ばしにしている。
 国と専門家が作った「トリチウム水タスクフォース」は13年12月から1年半にわたり15回の会合を持ったが、地層注入、海洋放出、水蒸気放出など5種類の処理方法での長所短所を整理しただけで結論を出すものではなかった。これを引き継いだ「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」が16年11月に立ち上がり、現在まで8回の会合を開き、現在は風評被害の検討などを行っているが、「いつまでに何を決める」という意思決定プロセスはない。
 冒頭のシーンに戻るが、規制委の更田委員長は、どこか他人任せ(国任せ)にして、トリチウム問題に死に物狂いで取り組む様子が見えない東電トップの姿勢を非難したのだ。今後の廃炉作業を考えると、1F敷地内には核燃料が溶け落ちたデブリなどがあり、トリチウム水よりはるかに高濃度で危険な放射性物質の処理を控えている。広大な敷地を埋め尽くす汚染水タンクの処理は廃炉計画のスタートラインとも言える。

■青森の海なら放出可能

 もちろん、トリチウムは薄めさえすれば無限に流してよいわけではなく年間の総量規制がある。原発事故前から、1Fより放出可能なトリチウム総量は年間22兆ベクレルに制限されていた(現在もこの数字は生きている)。ところが1Fの汚染水タンクに貯められているトリチウムの総量は1千兆ベクレルなので、単純計算で海への希釈放出に50年近くかかることになる。
 ところが世界を見渡すと全く桁数の違う規制が行われている。例えばフランスのラ・アーグ再処理施設では、15年の1年間で1京3700兆ベクレルのトリチウムが合法的に海洋放出されているのだ。一瞬目を疑う単位かもしれないが、1Fの汚染水タンクに貯められたトリチウム総量の13倍以上を1年間に放出しているのだ。実は意外に知られていないが、今も日本国内で合法的に大量のトリチウムを放出できる場所が1カ所だけある。それは青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設だ。原発と再処理施設は規制法律が違うため、六ヶ所村では1年間に1京8千兆ベクレルのトリチウムを合法的に流すことができる。現実に07年度の1年間に青森の海に1300兆ベクレルのトリチウムが海洋放出された。これは1Fの汚染水タンクに貯蔵されている1千兆ベクレルを上回るトリチウム量だ。この海域では今も昔も漁獲規制が行われておらず、しかもこの放出規制は現在も有効である。風評被害対策は確かに重要だが、単なる先送りでは負の遺産を次世代に付け回すことになる。福島の海はダメだが青森の海ならよいでは国民に説明がつかないと、更田委員長は「基準値以下に希釈して海に流すしか選択肢はない」と、繰り返し説いているのだ。
 1F廃炉は半世紀を要する、世界が注目する国家プロジェクトだが、国と東電に当事者意識がないと永遠に終わらないだろう。更田委員長は、「先送り」を続ける国と東電に「踏ん切り」を求めているのだ。


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