[2011_10_18_01]揺らぐ地震学 予知予算_乏しい成果(朝日新聞2011年10月18日)
 

 純米吟醸でお清めされた長さ8.2メートルの金属棒が、やぐらにつるされ、地下514bの穴にゆっくりと下りていった。
 岐阜県瑞浪市で9月、ひずみ計と呼ばれる岩盤のわずかなゆがみを検出する機器が埋められた。費用は約2億円。ひずみ計は、気象庁などが東海地震の予知を目指して34カ所に設置して、前兆となる岩盤の変化をとらえようとしている。
 だが、前兆があるかは、24時間態勢で監視する気象庁も「わからない」。東海地震と同じ海溝型地震だった東日本大震災では同種の前兆は確認されなかった。

 「実用性を無視」

 瑞浪市のひずみ計を設置したのは財団法人「地震予知総合研究振興会」。年間予算は十数億円で、所管の文部科学者の補助金のほか、経済産業省や電力会社から事業委託収入を得る。常勤の役員は国立大を退職した3人の地震学看で、文科省から2人が天下る。
 「地震予知」名目の予算は、文科省によると最近では少なくとも年平均で百数十億円。地震予知を長年批判してきた東京大教授のロバート・ゲラーは「地震予測が実現性を無視した『公共事業』となっている」と指摘する。
 「明日起きてもおかしくない」と指摘された東海地震説を受けて、1978年、予知を前提とした「大規模地震対策特別措置法(大震法)」ができた。発生の恐れが高まると首相が警戒宣言を出し、社会活動を制限する。成立から33年。東海地震は起きておらず、予知の判断を迫られる変化も観測されていない。地殻変動に詳しい名古屋大教授の鷺谷威(さぎやたけし)は「当時は予知に楽観的な見方があったが、研究が進んで簡単ではないとわかってきた」と話す。
 2009年、イタリア中部のラクイラの地震で309人が犠牲になった。断続的な地震が続き、見解を問われた学者が安全宣言を出した。その1週間後、大地震が起き、7人の地震学者が過失致死罪に問われた。
 遺族会会長のビンチェンツォ・ビットリーニは、安全宣言を問題にするが、予知失敗は責めていない。「予知が難しいことぐらいは、理解している」

 「信用せぬ方が」

 日本では95年、阪神大震災への警告を出せなかった地震学者が批判された。
 その教訓で政府は地震調査研究推進本部を設立。直前の予知ではなく、将来、大地震が起こる場所や規模を予測して、その発生確率を示す「長期評価」を続けてきた。東海地震は30年以内に起きる確率を「87%」と算出された。前首相の菅直人は、これを浜岡原発を止める理由とした。
 だが、長期評価もほころんでいる。
 00年の鳥取県西部、04年の新潟県中越、05年の福岡沖、07年の能登半島、08年の岩手・宮城内陸、いずれの地震も長期評価の対象外。そして東日本大震災。
 長期評価は、同じ場所で同規模の地震が繰り返す考え方が前提だが、過去に地震を起こした活断層の調査は十分でなく、古文書に残る地震も解釈がわかれる。元地震予知連会長の茂木清夫は「役立たないわけではないが、あまり信用しない方がいい」と話す。
 日本地震学会が15日に静岡市で開いたシンポジウム「地震学の今を問う」。約500人が参加、会場からあふれた。大震災が「想定外」だった反省や研究への疑問が語られた。ある地震学者は「防災に役立つからと大きな予算を要求してきた。どんな成果があったか。純粋な科学で数百億円の予算は下りないことを認識するべきだ」と強く言った。
 「大震法が地震学と防災をゆがめている」「地震学の社会的役割を議論しよう」。15年前にもされた議論だった。=敬称略(小宮山亮磨)

 地震予知の予算

 文科省のほか気象庁、国土地理院、海上保安庁、国立大学などに幅広く投じられ地殻活動の観測や理論的研究などに使われている。総額10億7千万円だった1965〜68年の「地震予知第1次計画」から増え続け、94〜98年の第7次計画では786億円に。以降は減っているが、一部の組織の独立行政法人化に伴い集計されなくなった予算がある。

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