[2014_05_20_02]「美味しんぼ」問題 自覚と責任 作り手に促す 漫画の力・・・政府神経とがらす(東奥日報2014年5月20日)
 
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 漫画の描写が焦点になった「美味(おい)しんぼ」問題。掲載した「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)編集部は、19日発売号で「表現のあり方について見直す」と総括したが、政府は依然神経をとがらす。漫画の影響力をかつてないほど示した今回の問題は、作り手に新たな自覚と責任を促すことになりそうだ。
 最新号が各地の書店に並んだ19日。東京・神保町の大手書店は普段の倍を仕入れたが、午前中でほぼ売り切れた。書店員は「漫画の力をあらためて感じた」と驚いた。
 原発事故をテーマにした作品は「美味しんぼ」だけではない。これまで多くの漫画家が取り組んできたが、原発に対する評価が対立しているため、それぞれ表現の難しさを感じているという。

 「復興に水を差す」

 「電気の恩恵を受けてきたので事故後、心苦しさがあった」と話すのは漫画家の萩尾望都さん。原発を取り上げる際は論点を二極化せず「みんなで一緒に考えてもらえればいいな、と思いながら描いている」と語る。
 「根拠のない風評には全力を挙げて対応したい」。菅義偉官房長官は19日の記者会見で、放射性物質と健康被害について、正確な知識と情報を伝えることが不可欠との認識を示した。
 政府が神経質になるのは、安倍晋三首相が東日本大震災からの復興を最優先課題に掲げてきたためだ。第2次政権発足後、首相の福島県視察は計7回に上る。汚染水などさまざまな問題を抱える中で「復興に向けた取り組みに水を差さないでほしい」(政府筋)との思いが強い。
 17日に首相は視察先の福島で「正しい情報を出すことが大切だ」と強調したが、「表現の自由」が絡む問題だけに、相次ぐ政治家の強い抗議には「違和感を覚える」という声もある。
 「京都国際マンガミュージアム」館長で解剖学者の養老孟司さんは、今回の騒動について「あまり感情的にならない方がいい」と冷静になるよう呼び掛ける。
 養老さんは鼻血と被ばくとの関係には否定的だが、「『美味しんぽ』は、主要メディアが取り上げにくい部分を、あえて取り上げたかったのでしょう。サブカルチャーにはそうした役割もあり、政治家がわざわざ反応してあおることはない」と指摘。

 出版社は娯楽重視

 「自由な表現がベスト」と強調するのは漫画家、しりあがり寿さん。表現が誤っていれば批判や批評を甘んじて受け、正していけばよいという立場だ。
 「作り手が漫画の影響力の大きさを見誤った可能性がある」。京都精華大マンガ学部の吉村和真学部長はこうみている。
 戦後の漫画はほとんど、純粋な娯楽として作られてきた。現実の出来事を素材にしたドキュメンタリー的手法で面白さを追求してきた「美味しんぼ」だが、出版社の意識はあくまで娯楽重視だ。
 今月1日に編集部が12日発売号のゲラ(校正刷り)を、環境省に見せていたことも分かった。同省によると「放射線との関係をどう思うか」といった内容の質問メールに添付されていたという。発表前の出版物を関係省庁に安易に提供してしまったのは、編集部がいかに、社会への問題提起より娯楽に軸足を置いているかの証左ともいえる。
 だが吉村学部長は「『美味しんぼ』の連載が始まった約30年前と今とでは読者層が老若男女にまで広がり、受けとめ方も様変わりしている。より慎重な判断が求められる時代になっているのかもしれない」と話す。
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