[2021_11_08_07]多士才々 科学史家 杉山滋郎さん 「基本押さえて」の一念(東奥日報2021年11月8日)
 
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 自然科学の分野で懸念されている基礎研究の軽視は、社会科学にも当てはまる。それを科学史家で北海道大名誉教授の杉山滋郎さんは早くから問題視し、穴埋めに取り組んできた。「社会や政治の問題にどういう意見を持つにしろ、事実関係は踏まえなければならない」。いま注目しているのは放射性物質トリチウムを巡る議論である。
 東京電力は、福島第1原発の処理水を2023年春ごろにも海に放出し始める計画を発表している。その処理水に含まれるのがトリチウムだ。
 トリチウムは水素の同位体で、微量だが自然界にも存在する。自費出版した「重水素とトリチウムの社会史」は、トリチウムが水爆の製造に深く関わり、軍需物資とされてきた歴史や危険性を詳説した一冊。他方「安全性が高い」とされてきたトリチウムは、時計の針や文字盤の夜光塗料としても使われた。現在までで内部被ばくによって死亡したのは2人で、いずれも夜光塗料の製造に長年関わった技術者だった。
 歴史を調べた上で、東電の説明に憤る。「トリチウムを取り除けるという研究者はたくさんいるが、東電は『実用的な技術はない』と言う。東電の本音は、巨大な費用がかかることをしなくても、水で薄めればいいという考えだ」と指摘。「除去がコストに見合うかどうかを決めるのも東電で、コストをかけてでも取り、除いてほしい漁民や住民は蚊帳の外だ。そういう真撃な議論をしないのは、僕はずるいと感じる」 自費出版した体の価格は、原価とほぼ同額。「もはや認められたいという欲もないですから、社会の人々に基本を押きえてもらいたいという思いだけです。専門家は内輪に閉じこもらず、社会に沿った議論をすべきだと思います」
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