[2021_03_11_04]原発特設サイト 東電福島第一原発事故 日本の原子力政策 原発事故10年 「トリチウム水」「処理水」どう処分する(NHK2021年3月11日)
 
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原発特設サイト 東電福島第一原発事故 日本の原子力政策 原発事故10年 「トリチウム水」「処理水」どう処分する

 東京電力福島第一原子力発電所の構内に立ち並ぶ巨大なタンク群。中に入っているのは、汚染水を処理したあとに残るトリチウムなどの放射性物質を含んだ水、「トリチウム水」や「処理水」と呼ばれているものです。いま、この「処理水」をどのように処分するかが、福島第一原発の廃炉を進める上で大きな課題となっています。

タンク満杯近づく?

 福島第一原発では、事故で溶け落ちた核燃料の冷却などによって1日140トンのペースで汚染水が発生しています。
 この汚染水は敷地内の専用の浄化設備に送られ複数の吸着剤を使って多くの放射性物質が取り除かれますが、「トリチウム」という放射性物質は取り除くことが難しく処理された水の中に残ってしまいます。この水が大型のタンクにためられているのです。
 福島第一原発の構内に設置されたタンクの数はおよそ1000基。容量はあわせて137万トンにのぼりますが、すでに9割にこの水がためられていて、さらに日々増え続けています。
 福島第一原発の敷地内には空きスペースもありますが、国や東京電力はタンクを増やし続けることはできないとしています。
 今後、▽溶け落ちた核燃料いわゆる「燃料デブリ」の一時保管施設や▽解体作業などで出る廃棄物を保管する施設などを建設する必要があるためです。
 東京電力は、タンクが満杯になる時期について当初、2022年夏ごろとしていましたが、2020年1年間に発生した汚染水の量が目標より少なく抑えられたことから先に延びる見通しを示しました。
 それでも、政府は、敷地がひっ迫するなか、いつまでも方針を決めずに先送りすることはできないとしていて、対応が注目されているのです。

6年以上かけて検討

 こうした課題は今になって初めて明らかになったわけではありません。国は、この水をどのように処分するかについて有識者による委員会などを設け、2013年から6年あまりの時間をかけて検討を行ってきました。
 まず、専門家チームによる処分方法の技術的な検討がおよそ2年半にわたって行われ、報告書では、次の5案が示されました。
 ▽基準以下に薄めて海に放出する案
 ▽加熱して蒸発させ大気中に放出する案
 ▽電気分解で水素にし大気中に放出する案
 ▽地中深くの地層に注入する案
 ▽セメントなどにまぜて板状にし地中に埋める案
 このとき、トリチウムを分離して取り除く技術についても検討されましたが、すぐに実用化できる段階の技術ではないとの結論になりその後の検討には加えられていません。
 そして、2016年からは社会学者や風評の専門家などを交えた国の小委員会が総合的な検討を3年あまりかけて行い、5案のほかにタンクなどでの保管継続を加えたおおむね6つの方法について議論を交わしました。
 そして、小委員会は2020年2月、基準以下に薄めるなどして▼海に放出する方法と▼蒸発させて大気中に放出する方法が前例もあって現実的だとした上で、海の方が確実に実施できるとする報告書をまとめました。

トリチウムとは

 では、そもそもこの「処理水」に含まれているトリチウムとはどういったものなのでしょうか。トリチウムは、日本語では「三重水素」(さんじゅうすいそ)と呼ばれる放射性物質で、水素の仲間です。
 宇宙から飛んでくる宇宙線などによって自然界でも生成されるため、大気中の水蒸気や雨水、海水、それに水道水にも含まれ、私たちの体内にも微量のトリチウムが存在しています。
 水素の仲間で、水の一部として存在するため、水から分離して取り除くのが難しいのが特徴です。
 そして、トリチウムは、通常の原子力施設の運転に伴っても発生し、各国の基準に基づいて薄めて海や大気などに放出されています。
 国内の原発では、1リットルあたり6万ベクレルという基準以下であることを確認した上で海に放出されていて、福島第一原発では事故の前の2010年に2兆ベクレルあまり放出されていました。

人体への影響は

 では、人体への影響はどのように考えればいいのでしょうか。
 トリチウムが出す放射線はエネルギーが弱く、空気中ではおよそ5ミリしか進みません。
 このため人体への影響は外部からの影響に比べて、体内に取り込んだ時のリスクを考慮すべきとされています。
 トリチウムが体内に入った場合、体内の物質と結合して濃縮するのではないかといった指摘もありますが、こうした指摘に対して国の小委員会は、「体はDNAを修復する機能を備えている」とした上で、「これまでの動物実験や疫学研究からはトリチウムが他の放射性物質に比べて健康影響が大きいという事実は認められず、マウスの発がん実験でも自然界の発生頻度と同程度だった」としています。
 放射性物質の性質に詳しく国の小委員会の委員をつとめた茨城大学の田内広教授は、「トリチウムが体内に取り込まれてDNAを傷つけるというメカニズムは確かにあるが、DNAには修復する機能があり、紫外線やストレスなどでも壊れては修復しているのが日常。実験で、細胞への影響を見ているが基準以下の低濃度では細胞への影響はこれまで確認されていない」と話していて、低い濃度を適切に管理できていればリスクは低いとしています。

地元は風評被害を懸念

 国の小委員会が3年あまりの議論を経て現実的な選択肢だとした「海」か「大気」への放出。小委員会はいずれでもの方法でも「風評被害は起こる」とし、海洋放出の場合、社会的影響は特に大きくなると結論づけました。
 これに対し、地元、福島県の漁業者は大きな懸念を抱いています。
 福島県では、原発事故のあと、漁の回数や日数を大幅に抑える試験的な漁が続けられてきました。
 水揚げのたびに放射性物質の検査を行い安全性を確認した上で出荷しているほか、首都圏のスーパーに福島県産の魚の常設コーナーを設けてもらうなど風評の払拭に向けた取り組みを重ねてきました。
 その結果、少しずつ信頼を回復し、福島県の沿岸漁業の2020年の水揚げ量は震災前のおよそ17.5%と過去最高に。
 現在は、「本格操業」の再開を目指し、水揚げを2021年4月から段階的に増やす議論が進められています。
 もし福島県内でトリチウムを含む水が海に放出されれば、再び風評被害が起き、積み重ねてきた努力が台無しになってしまうのではないか。地元にはそうした懸念があります。
 相馬双葉漁協の立谷寛治組合長は「福島県の魚も大丈夫、おいしく食べていますと言われるようになった今になって、海洋放出ということになれば福島の漁業はどうなるのか。これまでやってきたことがすべて崩れてしまう。国の施策と言われても絶対容認はできない」と話します。
 一方、福島第一原発が立地する大熊町や双葉町からは異なる声が上がっています。
 タンクでトリチウムを含む水を保管し続けることが復興の妨げになっているとして、政府に対し、対応策を早急に決定するよう要望を出したのです。双葉町の伊澤史朗町長は、「みずからの自治体に処理水が置かれ続けたら同じように受け入れられるか考えて欲しい。陸上保管は問題の解決につながらない。国としてどう解決するか判断の時期に来ていると思う」と話しています。
 地元の福島県内でも意見が分かれ、この問題の難しさがあらわれています。

対話なき決着か

 福島第一原発の廃炉と地域の復興の両立が求められるなか、政府はこの難しい問題にどう道筋をつけるのか。政府が方針の決定に向けて2020年4月から7回にわたって開いてきた関係者から意見を聞く会には、地元自治体や農林水産業者のほか流通や消費者の全国団体など29団体43人が参加しました。
 ここでは、▼風評被害を懸念して海への放出に反対や慎重な意見が出されたほか、▼具体的な風評被害対策を示すよう求める声や▼国民の理解が進んでいないといった指摘が出されました。このほか、書面での意見募集も行われましたが、寄せられた意見に対し、政府としての見解は明らかにしていません。
 NHKは2021年2月、福島県に住む20歳以上の男女1200人を対象にインターネットでアンケートを行い、トリチウムなどの放射性物質を含む水をめぐる議論についても聞きました。
 この中で、「地元住民への説明や対話は十分だ」と思うか尋ねたところ、▼「そう思う」、「どちらかと言えばそう思う」は合わせて14.2%だった一方、▼「そう思わない」、「どちらかと言えばそう思わない」はあわせて65.6%で、説明や対話の不足を感じている人が多数を占めました。
 また、「政府が責任を持って早期に決断すべき」かどうかについては、▼「そう思う」、「どちらかと言えばそう思う」は合わせて61.2%、▼「そう思わない」「どちらかと言えばそう思わない」は合わせて24.8%という結果で、政府が責任を持つことには賛同する人が多い結果となりました。
 その一方で、トリチウムなどを含む水の扱いについて、「誰の意見をもとにして決めるべきだと思うか」複数回答で尋ねたところ、▼政府(政治家)は27.4%、▼関係省庁は30.2%と少なかった一方、▼福島県が59.5%、▼地元住民が53.8%、▼周辺市町村が51.2%と地元の意見を意思決定に生かすべきとの答えが多くなりました。
 これについて、アンケートを監修し、国の小委員会の委員も務めた東京大学の関谷直也准教授は「国が責任を持って対処すべきというところには違和感がないが、方向性としては地元の意見を踏まえて決めていくべきだと思っていて、だからこそ、県や周辺市町村への期待や地元住民のことを聞いて欲しいという思いが出ているのだと思う。そこが十分に納得できていない状況で決めることに対する不満が調査結果から出ていると思う」と話しています。
 地元を含めたより多くの関係者の納得が得られる形で処分方針を決定することができるのか。今後の政府の対応が問われています。
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