[2021_04_19_01]漁業者の反対鮮明 東電・賠償姿勢冷ややか【緊急特集:原発処理水海洋放出】(農業協同組合新聞2021年4月19日)
 
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漁業者の反対鮮明 東電・賠償姿勢冷ややか【緊急特集:原発処理水海洋放出】

 政府は4月13日の関係閣僚会議で、東京電力福島第一原子力発電所の汚染処理水を、放射性物質の濃度を下げ福島沖で海洋に放出する方針を決めた。政府の計画だと、実際の放出は2年後の見通し。懸念される風評被害は東電が賠償する。全国漁業協同組合連合会(全漁連)は放出に抗議する声明を出し、地元自治体や福島県内の農林漁業関係者などの理解が得られるかは不透明だ。(取材・構成:客員編集委員 先ア千尋)
 処理水の海洋放出を決めた会議で菅義偉首相は「処分は廃炉を進めるのに避けては通れない課題だ。政府が前面に立って安全性を確保し、風評払拭(ふっしょく)に向けあらゆる対策を行う」と表明した。福島県には梶山弘志経済産業相が向かい、内堀雅雄知事らに会い、放出への理解と協力を求めた。
 政府が決定した「処理水の処分に関する基本方針」では、国内実績があり、放射性物質トリチウムの濃度検知が確実だとして、海洋放出を選択した。放出時の濃度は国の基準の40分の1未満にして、安全確保に努めるという。今後たまり続ける分も含め、流し終えるまでには30〜40年かかる見通しだ。
 放出を実施するのは東電で、今後、その計画や設備について原子力規制庁の審査を受ける。審査や工事に2年程度かかる。原子力規制委員会では、審査会合は公開で開催すると言っている。
 福島第一原発では、事故発生から10年経った今でも1日当たり140トン前後の汚染水が発生し、これを多核種除去設備(アルプス)で浄化した後の処理水も増え続けている。現時点での貯蔵量は約125万トンで、2022年秋ごろには137万トンある貯蔵用タンクが満水となる見通し。東電と政府は処理水を処分したスペースに、廃炉に必要な施設を設置したいとしている。
 海洋放出を巡っては、政府は当初、昨年10月に決める方針だった。しかし、漁業関係者の反対やコロナウイルスのまん延などで先送りしてきた。今月7日になって菅首相は全漁連の岸宏会長と会談し、放出への理解を求めていた。岸会長はこの席で「海洋放出反対の立場は、いささかも変わらない」と突っぱねたが、政府は放出決定の下準備は整ったとして、13日の関係閣僚会議をセットした。
 政府は今後、風評被害の防止に全力を投じる考えで、海洋専門家も含めて、水質の安全性を示すデータの収集を強化・拡充する方針を示している。また、国際原子力機関(IAEA)は、放出作業を監視するため専門家を派遣し、常時関与する考え。
 基本方針では、さらに風評被害対策として「政府は農林水産業の販路拡大や観光誘致などを支援する」、被害が生じた場合には東電が賠償する、としている。
 事故で壊滅的な打撃を受けた福島県沖の漁業は、試験操業を3月に終え、本格操業への移行期間に入ったばかり。一方で、東電は2月の地震対応で不手際が続き、新潟県の柏崎刈羽原発でもテロ対策の不備や核物質防護不備などのミスが重なり、規制委は14日に同原発の運転禁止命令を出し、信頼は失墜している。
 その最悪とも言える時期に放出を決めたのは、夏の東京五輪や秋までに予想される衆院選への影響を考慮してのようだが、突然の決定には、野党だけでなく与党の一部からも「処理水の海洋放出には反対。タンクのための敷地を確保し長期保管すべきだ」(山本拓・自民党総合エネルギー戦略調査会長代理)などと反発の声が上がっている。
 国内の世論では「政府が風評をつくる恐れ。県漁連との約束をほごにするな。政府はその場しのぎを続け、ろくな対策を講じてこなかった」(福島民報)、「政府が全ての手立てを検討した形跡は見られない。説得はおろか、十分な議論もないまま、ごり押しは許されない」(中国新聞)、「風評被害を恐れる漁業者。健康被害を疑う市民。不信と不安を残したままで海に流すべきでない」(東京新聞)など、政府の方針に批判的な声が多い。
 福島県内では、59市町村の約7割に当たる41市町村議会が、これまでに海洋放出に反対または慎重な対応を求める決議や国への意見書を採択している。

海外からの反響はどうか。

 IAEAや米国政府は、日本政府の決定を支持、評価するとしているが、中国や台湾、韓国などは「国際社会や近隣諸国と協議をしないまま、一方的に放出を決めた。原発の汚染水は、正常に運転されている原発の廃水とは全く異なるものだ」と反発している。韓国は、海洋放出は海洋投棄規制条約、海洋汚染の防止を目的としたロンドン条約などの国際法に違反するとして、国際海洋法裁判所への提訴の構えを示している。
 汚染水の処理方法について、経産省はこれまで有識者会議や小委員会を開き、そこで選択肢として(1)濃度を薄めて海に流す、(2)蒸発させて大気に放つ、(3)セメントなどで固めて地下に埋める、(4)パイプラインで地下に注入、(5)電気分解して処理後に大気に放出、(6)貯蔵タンクで長期保管の6案が出されていた。今回の政府の決定は、最も安価に済ます第1案を採用した。
 これに対して、技術者や研究者が参加している民間のシンクタンク「原子力市民委員会」は、大型タンク貯留案、モルタル固化処分案の二つを提案している。大型タンク貯留案は、ドーム型屋根、水封ベント付きの10万トンの大型タンクを800m×800mの敷地に20基作れば48年は使えるという。モルタル固形化案は、汚染水をセメントと砂でモルタル化し、半地下の状態で保管するというものだ。
 近畿大学では、2018年までにトリチウムの分離技術を実用化する研究を進めていたが、政府や東電は開発に乗り気ではなかった。
 処理水の海洋放出まで2年。国や東電は、農林漁業者や消費者の不安を取り除く説明をどう進めていくのだろうか。果たして納得が得られるのだろうか。名案は見つかるだろうか。
 福島の原発事故に対しての住民からの補償、賠償要求にこれまで東電は冷たく当たってきた。また国は、沖縄辺野古への新基地建設に対する沖縄県民の要求、声を無視してきた。「日本経済新聞」は14日の社説で「方針を決めてから説得するという姿勢は反感を生む」と書いている。
 菅総理は「安全性を確保し、あらゆる対策を行う」と言っているが、この社説は今後の成り行きを暗示しているかのようだ。
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