[2017_07_16_06]【社説】中越沖地震10年 「地域と原発」考える日に(新潟日報2017年7月16日)
 
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【社説】中越沖地震10年 「地域と原発」考える日に

 祝日の「海の日」の昼間、柏崎市などを震度6強の激しい揺れが突然襲った。2007年7月16日午前10時13分に発生した「中越沖地震」である。
 あの日から10年となった。地震で命を奪われた15人の遺族や周囲の人たちの心情を思うと、今でも切なさが胸に迫る。改めて亡くなった方々の冥福を祈りたい。
 犠牲者に報いるためにも、地震を乗り越え、復興への歩みを着実に進めてきた地域の未来を考える日としなければならない。

◆東電とどう向き合う
 被災地となった柏崎市と刈羽村には東京電力柏崎刈羽原発1〜7号機が立地する。地域の未来を考える上で最大のテーマに位置付けるべきは、「原発との共生は可能か」だろう。
 中越沖地震が浮き彫りにし、今に残した最大の教訓といえるのが原発とそれを運転する東電がはらむ問題だからである。この10年の流れを振り返れば、そのことは一層はっきりする。
 中越沖地震は原発が大地震に見舞われた初のケースだった。
 地震による揺れは設計時の想定を大きく上回り、動いていた4基が緊急停止した。同時に、原発敷地内にある建物や道路、機器類が壊れる被害が出た。
 3号機に隣接する変圧器では火災が起きた。消火用の配管などが被災したため、東電は自力で消火できなかった。原発から黒煙が噴き上がるテレビのニュース映像を不安とともに見つめた人は少なくないはずである。
 それまで東電は、「地域の安全と安心を重視する」と強調していた。地震は、この約束がいかにずさんだったかをあらわにした。
 中越沖地震は原発に対し、自然災害への備えを徹底する重要性を伝えた警告だったといえる。にもかかわらず東電は、11年3月11日の東日本大震災に伴う福島第1原発事故を防げなかった。
 未曽有の原発事故の後も、柏崎刈羽原発免震重要棟の耐震性不足を巡る問題が発覚するなど東電の失態は続いた。

◆「地元への責任」とは
 柏崎刈羽原発は現在全号機が停止している。東電は6、7号機の再稼働に意欲を見せている。福島第1原発事故対応費用の確保や収益の改善のためだ。
 東電側は柏崎市の桜井雅浩市長が6、7号機再稼働の条件として1〜5号機のいずれかの廃炉などを求めていることについて、桜井市長に直接考えを確認する意向を示している。
 こうした中で、東電は原発の運転を担うに足る会社なのか、原発は地域の将来にとって本当に必要なのかを問い直す必要がある。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長は先ごろ、福島第1原発の廃炉作業に触れ「覚悟と実績を示すことができなければ、柏崎刈羽原発を運転する資格はない」と東電を批判した。
 規制委員会が東電新経営陣から原発の再稼働方針などを聴取した臨時会合でのことだ。
 東電の小早川智明社長は、福島第1原発内にたまり続ける汚染水への対応について「まず国の委員会から出てくる提言を注視している」などと答えて委員の不信を招いた。その結果、東電の主体性に疑義が呈された。
 原発事故を防げなかった東電が原発の再稼働を目指すとはどういうことなのかを、新経営陣は安易に捉えていないか。
 原発を運転する電力会社にとって安全と安心の確保は、立地地域への責任と同義である。主体性を疑われるようでは、重い責任を果たせるはずがない。
 東電は、社外の常識や立地地域の意識と乖離(かいり)した社内の「安全文化」を再三批判され、組織体質を問われてきた。自らの足元を厳しく見つめることが不可欠である。

◆安全安心が最優先だ
 中越沖地震発生からこれまでの原発と東電を巡る情勢を踏まえれば、再稼働についての議論にはやはり慎重であるべきだ。
 米山隆一知事は、福島第1原発事故の検証など三つの検証がなされない限り議論は始められないとの立場だ。
 検証には3、4年かかるとしている。それを丁寧に進めることが最優先である。
 原発事故が起きれば、立地地域のみならず、広範な地域の暮らしが脅かされる。福島の事故はそれを見せつけた。
 福島と同じ東電が運転してきた原発を抱え、中越沖地震を経験した本県が、決して忘れてはいけない事実である。
 県土全体の安全と安心を守るために、原発と東電を巡る問題意識を県民全体で共有し続けなければならない。

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