[2021_01_20_04]国の責任問う原発訴訟、「本丸」高裁判決の行方 判決次第では、国の原発政策は行き詰まりも(東洋経済オンライン2021年1月20日)
 
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国の責任問う原発訴訟、「本丸」高裁判決の行方 判決次第では、国の原発政策は行き詰まりも

 東京高等裁判所で予定されている2つの民事訴訟の判決が、日本の原子力行政に根本的な見直しを迫ることになるかもしれない。
 2つの訴訟とは、事故を起こした東京電力・福島第一原子力発電所の事故で群馬県および千葉県に避難を余儀なくされた住民によるものだ。2017年3月の前橋地裁および同年9月の千葉地裁での一審判決を踏まえ、東京高裁で控訴審が争われてきた。それぞれ1月21日および2月19日に判決が予定されている(原告の数は群馬訴訟、千葉訴訟でそれぞれ37世帯91人、17世帯43人)。
 先行した仙台高裁の訴訟では、東電のみならず安全対策に関する規制権限の行使を怠ったとしての国の損害賠償責任を認める判決が2020年9月30日に出されている。さらに今般、群馬および千葉訴訟の高裁判決で国の法的責任が認められた場合、「国は原発の規制のあり方について根本的に見直しを求められることになる」(仙台高裁で勝訴した「生業訴訟」原告弁護団事務局長の馬奈木厳太郎弁護士)といわれる。
 ちなみに群馬訴訟の一審の前橋地裁判決では国の法的責任が認められた一方、千葉地裁判決では津波の予見可能性を認めたものの、有効な対策を取ることは難しかったとして国に法的責任はないとされた。
 また、2020年12月には、大阪地裁で関西電力・大飯原発の原子炉設置変更許可の取り消しを命じる判決が出されており、原子力規制委員会による安全審査のあり方に裁判所がノーを突き付けた。大飯原発をめぐる訴訟では、耐震安全性に関する審査が新規制基準にのっとって実施されていないと判決で指摘された。

責任を認めない国の姿勢のかたくなさ

 国はすでに生業訴訟に関して最高裁判所への上告手続きをしているが、相次ぐ敗訴にもかかわらず原発事故の被害救済を棚上げして徹底抗戦した場合には世論の反発は必至だ。
 菅政権の看板政策である「2050年カーボンニュートラル(脱炭素化)」では原発の最大限の活用に言及しているが、規制当局の信認が失われれば、原発の推進自体のつじつまが合わなくなる。
 東京高裁において明らかになってきたのが、原発事故を防げなかったことへの責任を認めない国の姿勢のかたくなさだ。
 原告の一人で、福島県いわき市から群馬県前橋市へ避難した丹治杉江さん(64歳)は、「今回の裁判を通じて、原発というものが、国民の生命と財産、暮らしを守る絶対的安全規制の下で建設されているのではないことが身にしみてわかった」と話す。
 丹治さんは夫(67歳)との避難生活が10年近くに及ぶ。「私たちのような避難指示区域外からの避難者は『自主避難者』と呼ばれているが、自主避難者に対する国の姿勢については『絶対に許せない』」と丹治さんは語気を強める。

国の準備書面に記されたものとは?

 丹治さんが憤るのは、東京高裁に提出された国の「第8準備書面」に記述された次の一文だ。
 「自主的避難等対象区域からの避難者について、特別の事情を留保することなく、平成24年(2012年)1月以降について避難継続の相当性を肯定し、損害の発生を認めることは、自主的避難等対象区域での居住を継続した大多数の住民の存在という事実に照らして不当」
 「自主的避難等対象区域は、本件事故後の年間積算線量が20ミリシーベルトを超えない区域であり、そのような低線量被ばくは放射線による健康被害が懸念されるレベルでないにもかかわらず、(原告の主張を認めることは)平成24年1月以降の時期において居住に適さない危険な区域であるというに等しく、自主的避難等対象区域に居住する住民の心情を害し、ひいてはわが国の国土に対する不当な評価となるものであって、容認できない」
 丹治さんら避難指示区域外に住んでいた住民が避難し続けることについて、その境遇に思いを致すどころか、その存在自体が元の地域の評価を不当におとしめるというのである。「そもそも原発事故により放射性物質を拡散させ、愛すべき動植物すべてのいのちと国土を汚染させたのは誰なのか」と丹治さんは問いかける。
 避難指示区域外からの避難者の困苦やその被害については、これまでほとんどすべての民事訴訟において被害額の多寡はともかくとして認められてきた。
 また、衆参両院で全会一致の賛成によって成立した「原発事故・子ども・被災者支援法」でも、避難指示区域とは別に支援対象地域(放射線量が年間20ミリシーベルト未満だが、一定の基準以上の地域)が決められるとともに、国に対して被災者生活総合支援施策を実施する責務があると定められている。避難者に対しても住宅の確保や学習・就業の支援などが盛り込まれている。
 同法の立法趣旨として、原発事故によって放射性物質が広く拡散したことや、年間20ミリシーベルト容認という低線量長期被ばくが人の健康に及ぼす影響について科学的に十分解明されていないことが指摘されている。
 健康被害の問題については、被災者に対していわれなき差別が生じないよう適切な配慮が定められているが、東京高裁に提出された国の書面の内容は、子ども・被災者支援法の趣旨に反していると言わざるをえない。群馬のみならず全国の原告、弁護団が、東京高裁で出された国の書面の内容に抗議の意思を示したのも当然だと言える。

国や東電が恐れていること

 なお、高裁判決で国や東電の責任や損害賠償が認められた場合、これまでに国が定めた賠償の目安である「中間指針」の見直し論が国政の場で持ち上がる可能性も高い。指針の見直しが実現した場合、さまざまな事情によって裁判を起こすことのできない大半の被災者への賠償額の上積みにもつながる。国や東電が恐れているのはそのことにほかならない。柏崎刈羽原発の再稼働にも影響が及びかねない。
 「ふるさとにとどまった人たちから避難生活を心配されることはあっても、後ろ指を指されたことはない。高裁で国の言い分を聞いた時には、加害者が被害者・主権者に何の根拠も無くここまで言うのかと悔しくて眠れなかった」
 1月21日に出される判決での勝訴を、丹治さんは祈るような気持ちで待っている。
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