【記事45290】 そこが聞きたい 熊本地震の教訓 山岡耕春氏(毎日新聞2016年7月16日)
 
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そこが聞きたい 熊本地震の教訓 山岡耕春氏

防災は個人の意識改革 日本地震学会長(名古屋大教授)・山岡耕春氏
 熊本地方を襲った地震から3カ月がたった。現在でも復旧は進まず、梅雨の大雨が追い打ちをかける。地震の専門家には知られた断層が原因だが、多くの住民には「寝耳に水」の震災だった。改めて活断層の脅威を知らしめた熊本地震から学ぶ教訓は何か。5月に地震学会長に就任した山岡耕春・名古屋大教授(57)に聞いた。【聞き手・森忠彦】

3カ月が過ぎました。改めて、熊本地震の特徴と教訓を。
 4月14日夜にまずマグニチュード(M)6・5の前震が起き、28時間後の16日未明にはさらに大きいM7・3の本震が続きました。震度7級が前、本震と続いた今回のタイプは地震全体で言うと5%程度の比較的珍しいものでした。住民にすれば、想定していなかった大きな揺れが2度も続けて襲った。特に2回目は不意を突かれた上に規模も大きく、被害を拡大する形となりました。
 震源となった布田川、日奈久(ひなぐ)断層帯は専門家の間ではよく知られた活断層で、未知の断層などではありません。またこの地域は、地震による強い揺れが懸念される地域として政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が作った全国地震動予測地図=1=でも「今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」として、濃い赤色で色付けされています。今回、想定外だったのは断層が阿蘇山の南麓(なんろく)まで走っていたことが分かったことくらいでしょう。
 ただ、日本海溝付近で起きた東日本大震災や南海トラフ地震=2=のような海溝型地震は90年とか100年というサイクルで起きているのに対して、活断層型は500年とか1000年というサイクルで発生します。阪神大震災の時もそうでしたが、活断層型の地震はほとんどが突然起こります。熊本でも「言い伝えにもそんな話は聞いたことがない」と言われたようですが、人間社会の時間軸とはかけ離れた時間の中で発生を繰り返しているのです。
 ですから今回も油断があった。近年の地震学の進歩で活断層の存在はかなり分かってきました。熊本県も建築物耐震改修促進計画でハザードマップを作り、今回最も被害の大きかった益城(ましき)町あたりは「震度6強」と示されていました。
にもかかわらず、被害が大きくなった。
 先日、被災地を見てきましたが、やはり倒壊した家は古い木造家屋が大半で、同じ地区でも耐震対策が進んだ比較的新しい家は全壊を免れています。阪神大震災以来、各地で耐震化が進み、全国平均で耐震化率は8割以上になっていますが、益城町は6割程度。つまり、行政も住民もあまり地震に関心を持たなかった。この地域の防災は大雨や土砂災害が中心で、地震は二の次だったということです。
 これは全国的に言えることですが、農村部は過疎化と少子高齢化が進んでいるため、古い家は高齢者しか住んでおらず、数百万円をかけて耐震工事を行う余裕がないという事情もあるようです。
 しかし、活断層が走っているような地域は、まずは行政がきちんとした情報を伝えて、住民の意識を高めてもらうしかありません。防災というのは結局は「自助」なんです。いくら国や都道府県が喚起しても、最後は個人の意識が変わらないと進みません。地震から身を守るには、まずは家を丈夫にして、家具を固定して、いざという時に避難できるだけの備蓄をする。これが基本。まず自分でやって、近所で「共助」して、それでもできないことを自治体や国がやる。国が普段からできることって、せいぜい情報を出して、法律を備えることくらいなんです。

結局、日本は地震から逃れることはできないわけですか。
 確かに、人間の一生のうちに大きな地震に遭遇しない所はいくらでもあるでしょう。しかし、日本全体で見ると、2、3年に1度は震度6強級の大きな地震がどこかで起きています。それが自分の所に回ってくることはなかなかないかもしれない。大抵がよそ事なんです。だからこそ、万が一に向けてどんな準備をするかで、運命が決まるんです。命への投資と思うしかない。濃淡はありますが、基本はどこで地震が起きてもおかしくありません。この国に住み続けるのであれば、やはり建物はちゃんと耐震化をしたいですね。

地震学会の課題は。
 確かにこの40年で研究は進歩してきましたが、予知がそう簡単でないことも分かってきました。我々の仕事は、地震に関する新たな知見を積み重ね、それらを災害軽減に生かすということです。例えば断層がずれる仕組みを明らかにすることで、揺れの予測精度が向上し、耐震対策が進む。
 課題もあります。地震学会の会員は約2000人ですが、大半は東京、京都、名古屋などの大都市圏の大学に集中しています。地元の熊本大学には一人も会員がいない。情報が中央集権化しています。地震や火山の知見はそのまま地域の防災に直結します。もっと各地の大学に地震、火山の専門家がいて、自治体と一緒になって地域の防災力を高めるようにしないと。
 防災教育も重要です。日本で地震や火山、風水害と無関係の生活はありません。防災を学ぶことは生きるための基礎知識なのですが、学校教育ではずっと軽視されてきました。基幹産業を支える人材作りが優先されてきましたが、その産業を脅かす自然災害への知識や備えがあまりにも薄い。
 できれば好奇心が旺盛な小学生のうちに自然災害への知識と備えを身につけさせたいですね。最近、防災教育推進協会の理事長に就任しました。「ジュニア防災検定」などを通して若い人の関心を高めていますが、何よりの教科書は被災地の現場を見ること。現場に行けば、どういう家が倒れ、一方で被災を免れたかがわかります。マスコミに映るのは壊れた家ばかりですから。
 ボランティアという形でもいいし、そうでなく観光客としてお金を落とすことでも復興につながります。若者の意識が変わることは、この国の防災力を高めることに直結してくると思います。
聞いて一言

 山岡さんが地震学を目指したきっかけは母親の地震体験だという。中部地方に大きな被害をもたらした、1944年の昭和東南海、45年の三河、46年の昭和南海などの話を聞いて育った。さらに中高生の時に大ブームになった映画「日本沈没」(小松左京原作)。東日本大震災直後に小松氏に話を聞いたことがあるが、「津波だけは想像を絶したね」と驚いていた。山岡さんも「動画の普及が地震とともに津波の怖さを教えてくれました」。現在、太平洋岸に被害を及ぼす「南海トラフ地震」の警鐘を鳴らし続ける理由も、そこにある。

 ■ことば
1 全国地震動予測地図
 政府の地震本部が毎年発表する地震発生確率を示した地図。5段階に色分けされる。太平洋側が高く、6月に発表された2016年版(1月1日現在)では千葉(85%)、横浜(81%)、高知(73%)などに対して熊本(7.6%)。活断層は対象地域が限定的なため、「熊本は極めて低い」と誤解された面もあり、表記の見直しが検討されている。
2 南海トラフ地震
 東海地方から西日本太平洋側の海底「南海トラフ」を震源としたM8〜9クラスの巨大地震。東海、東南海、南海の地震が連動して発生する可能性がある。周期は100年程度で、1946年の南海地震以降は起こっていないため、今後30年以内の発生確率は70%。東海や近畿の津波被害による日本経済への打撃が懸念される。首都直下型地震とともに深刻な被害が想定される。

 ■人物略歴
やまおか・こうしゅん
 1958年生まれ。静岡県出身。名古屋大学地球科学科卒。同大学院、助教授などを経て2003年から教授。16年4月から防災教育推進協会理事長、5月から日本地震学会長に就任。地震予知連絡会副会長。火山噴火予知連絡会幹事など。近著に「南海トラフ地震」(岩波新書)。

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